南の空に
aco
お兄ちゃん探し
ーーー君は死ぬまでに神様の名前を知らなくちゃならないーーー
「……ちゃん!……ちゃうよ……」
見慣れた天井、カーテンの隙間から差し込む光。
「やっと目が覚めたかな? あ・さ・ご・は・ん、で・き・た・よ」
耳元で囁く妹の鼻声がくすぐったい。
「……んむ」
「じゃあ、ちゃんと伝えたからね♪」
トントントン……小気味のいい足音が階下に消え、頭がはっきりとしてくる。
水曜日の時間割は現国からだったはず。変な外国人の書いたわけわからん日本語の文章とは昨日でおさらば。今日からは俺の大好きな賢治先生とのフォーリンラヴ♪
ゆっくりと体を起こし、冷蔵庫の上に挨拶する。
「おはよう」
本当は妹にもきちんと挨拶すべきなのだろうが、短期間でも習慣ってのは恐ろしいもので、今の俺は妹にかける言葉を失っている。
……?水曜日?水曜日ってなんか……?
「攻城戦の日だ~~!!」
うちのギルドには砦を持ってない。
最近ギルマスのエスタは「砦が欲しい」が口癖になっており、ギルドメンバーには陰で”グリード”なんて呼ばれていたりする。
もちろん俺も砦は欲しいし、他のギルメンも欲しいだろう。しかし人はネトゲで食える訳ではないので、ギルマスには、もう少し人を”おもんばかる?”気持ちを持ってもらいたいものだ。俺が言うのもなんだが……。
首をならしながらPCを起動し、冷蔵庫からミルクティーを取り出すと、渇ききった喉に一気に流し込んだ。
人形の形がクルクル回り、画面が切り替わると同時に新しいウィンドウが開く。
エスタ の発言:おはよう
クリス の発言:おはようございます
エスタ の発言:今日は早いんだね
クリス の発言:今日は早いです
エスタ の発言:君はオウムかい?
クリス の発言:そんなつもりはありませんが
:気に障るなら改めます
:攻城戦がんばります
エスタ の発言:攻城戦のことなんだけど
:ありがとう。あと気には障らない
:僕は言いたいことは言った
:用がなければもう切るよ
クリス の発言:今はありません
:お疲れさまです
エスタ の発言:では、また後で会おう
「ふぅ~」
あの人と話すのは肩がこる。出会ってもう二週間、そろそろもう少し仲良くなれても良さそうなものだ。
エスタについて考えてみる。
学生ではない。ログオンしてエスタを見なかった事はほとんどない。24時間オンしているような節すらある。同様に仕事もないだろう。俺が社長なら、勤務中にずっとネトゲをしているような社員は速攻クビだ。
まぁ、多分年上の人なんだろう。俺みたいな奴に、あれだけ丁寧に話しかけられるのだからたいしたものだ。まともな仕事に就けば、それなりの所までいけるだろうに。
ふと時計を見ると8時30分を指していた。そろそろ妹も行っただろう。
飯でも食おうかとドアを開くと、対面のドアがゆっくりと開き、お岩さんが出てきた。違う。目を腫らした姉が出てきた。もしかして、朝だ徹夜か?
「おはよう」
「おう」
「仕事は?」
「休んだ」
「あー。自分がこういう事をいえる立場にないのは重々承知なのですが~、あなたに仕事を休まれると~、一家の生活と言いますか~」
「うるさい」
ーバタンー
トイレのドアが閉まる音が響く。
まあいっか、取りあえず腹を満たそう。
一階に降りると、テーブルの上にはトーストがあった。
それはいいのだが……。
その周りには、バター、マーガリン、苺ジャム、ピーナッツクリーム、それが何か判別のつかないものまで並べられている。
「お供え物か?」
なんとなく、一番苦手なブルーベリージャムを残して冷蔵庫に入れ、トーストにかけられたラップをとる。
姉にもつらいことがあるんだろうか?父と母が失踪してから、姉は一人で俺たちを育ててくれた。小遣いも、バイトしなくてもやっていける程度には与えてくれる。
ブルーベリーはやっぱり嫌いだ。
IDとパスワードを打ち込み、ログオンボタンを押す。いつもなら瞬時に切り替わり、ゲームを始められるのだが、今日は画面が止まってしまった。
一瞬フリーズを疑ったが、ctrlとaltに指をかけ、delを押す直前に心地よい音楽が流れ始める。大きな剣を腰に刺し(痛そうだな)、銀色の甲冑に身を固めた美少女が現れ、自分の顔が引き攣るのがわかった。少女の頭上を確認し、そこに見慣れた名前を確認して諦める。
w.エスタ:さっきぶりだね
ウィスパーモードに切り替える。
w.クリス:さっきぶりです
w.エスタ:君の表情が目に浮かぶよ
w.エスタ:きっと額に手を当てているに違いない
w.クリス:・・・。
w.エスタ:開始時間まではまだ少しあるけど
w.エスタ:それまで何か狩るかい?
w.クリス:少し一人で歩きたい気分なので
w.エスタ:OK
w.エスタ:狙いは黄金の砦だ
小さな光の輪がゆっくりと浮上して消え、仰々しい杖を右手に持った貧弱そうな美男子が現れる。エスタの右腕、トバルだ。
w.エスタ:遅刻は厳禁だよ
w.クリス:わかってます
g.トバル:おはよう
g.クリス:おはようございます
g.クリス:今日はがんばりましょう
g.トバル:ああ、頑張ろう
g.クリス:では後ほど
フィーネル南門をくぐり、草原の中の街道沿いを進んで行くと、ゴブと対峙する女性の姿があった。
ゴブはこのゲームでもっとも弱く、雀の涙ほどの金か、最低ランクの体力回復アイテムくらいしか落とさないので、初心者中の初心者や暇人にしか相手にされない。動きを見ると多分初心者なのだろう。
「まあ頑張ってくれ」
通り過ぎようとしたとき、小さな十字架のエフェクトが出て女性が倒れた。
「おいっ!」
いくら初心者とはいえ、ゴブ相手に死ぬヤツは久しぶりに見た。コイツ、もしかしてネトゲ自体初心者じゃなかろうか?
「あとでエスタに請求だな」
”yuka”か。自分の名前をそのままつけたような名前だな。
そんなことを考えながら、yukaにカーソルを会わせF10キーを押すと、天使のエフェクトが舞い、yukaが立ち上がった。
「『ありがとうございます』か?それとも『助かりました』かな?」
……。
…………。
………………。
動かない。嫌な思い出がよみがえる。
あのときエスタはなんて言ったっけ?そのときのことを思いだし、同じように行動してみよう。
w.クリス:俺の言葉が見えるか?見えたら一歩動いてみてくれ
突然yukaが走り出した。慌てて追いかける。
w.クリス:chatの下の三角をクリックしてくれ
w.クリス:そしたら文字入力欄が開く
……。
s.yuka:ありがとう
w.クリス:気にしなくていいよ
s.yuka:兄を知りませんか?
w.クリス:兄?名前は?
s.yuka:コアラかミナかJJかペルシアか
w.クリス:おいおい
s.yuka:ミーナかミカエルかサキか
w.クリス:ちょっと待ったー!
s.yuka:違うかも・・・
w.クリス:・・・。
w.クリス:要約するとわからないって事だな
s.yuka:はい
w.クリス:所属しているギルドとか
s.yuka:ギルドって何ですか?
一瞬エスタの顔が頭をよぎる。同時に彼の言葉を思い出した。
「できるところまで自分でやってみなよ、どうしても無理だと思ったら僕に頼ればいい」
この感情は『面倒くさい』だ、『無理』じゃない。そう思い直し、再びyukaに話しかける。
w.クリス:わかった
w.クリス:一から説明しよう
s.yuka:はい
w.クリス:ゲームの説明は読んだ?
s.yuka:読んでません
w.クリス:読んできて
s.yuka:でも兄に会いたいんです
w.クリス:名前もわからないんだろ
w.クリス:物事には順序って物がある
w.クリス:お兄さんに会いたいなら、まずゲームの説明を読んできて
s.yuka:わかりました
クルセイダーズオンラインのゲーム説明は結構長い。しばらく時間ができたので、家事でも進めておく事にするか。
洗濯から済ませておこうとドアを開くと、不動妙王がいた。違う。静かに怒れる姉がいた。
「勉強してたの?」
背筋の凍りそうな声を聞き、一瞬言葉に詰まるが、ネトゲも勉強の一種だと思い直し、返事を返す。
「ああ」
姉はなにか言いたげな顔をしていたが、黙って自分の部屋に戻っていった。
あの表情からするとバレてるな…。
まぁいい。来年合格すれば文句あるまい。気持ちを切り替え洗濯に集中する事にしよう。
カゴから洗濯物を取り出し、洗濯機に入れる。スイッチを押す。終了。
最近の洗濯機は便利になっており、乾燥機と一体化していたりする。洗濯板なんか使っていた頃は、その服を着ている家族のことを考えながら擦っていたんだろうか?
だとすれば、俺たちは何か大切な物を失ったのかもしれない。そんなことを考えていたら、自分の部屋の前にいた。
PCの前に座り、画面を見る。あれからyukaに動きはない。この機会に家族のことでも考えてみよう。
父、克己、生きていれば現在48歳。
一言で表すなら”変人”。いつも何を考えているかわからない。
小学校の宿題で『お父さん、お母さんにアンケート』というのをやった事がある。父はたっぷり一時間は考えたあと、座右の銘の欄に自分の名前を書いた。座右の銘について説明すると、目をまん丸にして、はにかむように笑いながら『敵を知り己を知れば百戦してまた危うからず』と書き直していた。
彼のことを知る人は、みんな口をそろえるだろう『変人とはあいつを表現するためにできた言葉だ』
現在失踪中だが、どこかで元気にやってるだろう。
母、和子、46歳。
一言で言うと”柔和”。母が本気で怒った所は一度しか見たことがない。
小学生の頃、友達と本を万引きしたときの事だ。
母は「コウちゃんが、本当に正しいと思ってしたことなら、お母さんは何も言いません。でも、それが本当に正しい事か、本当によく考えてみてね」と、俺の目をまっすぐに見据え、怒りと悲しみにひきつった笑顔で、一言一言、はっきりと、震える声で言った。
今も父の隣でニコニコしていることだろう。
座右の銘は『はじめに言葉ありき』らしい。
姉、愛、24歳。
一言で言えば”堅実”。目標を決め、達成するためのクエストを一つずつ着実にこなしてきた。
将来の夢は”およめさん”だそうだ。お金持ちで、優しくて、私といつでも話してくれて、友達がいっぱいいて、何でも知ってて、背が高くて……な人の”およめさん”らしい。
まぁ、俺の知っている範囲にはいないが、世の中は広い、どこかにそんな人もいるかもしれない。早く姉の旦那を見てみたいとは思う。
座右の銘は『綺麗なバラには棘がある』
俺、以下略。
自分のことは、自分が一番よく知っている。
妹、恵、14歳。
今の妹を表す言葉は”素直”。まあ、あと2、3年もすれば思春期突入で妹も変わるだろう。今はただ、少しでも長く無邪気な妹でいてくれる事を願うばかりだ。
そういえば、昔言われたことがある。「兄ちゃん、背中がススけてるよ」
あれはどういう意味だったんだろう?
マンガを読むのが大好きで、いつもマンガを読んでいる。
座右の銘は『大切なことは全部漫画に教わった』だそうだ。
そういえば、姉は本当に休んだようだった。あの人が理由もなく会社を休んだ事なんて今まで一度もなかった。
何かあったんだろうか?攻城戦が終わったら、それとなく聞いてみようか……。
PCの画面に動きがないことを確認し、冷蔵庫の上に立てかけた写真の父と母の顔に目をやり、今頃二人はどうしているんだろうと思った。
父が失踪するのは今回が三度目だ。二回目からは母も連れていくようになったので、あまり心配はしていない。
俺は学校へ行っていたので見ていないが、初回の失踪から戻った父と母の邂逅は下手な映画顔負けのドラマだったらしい。ボロ雑巾さながらの父と、赤子のように泣きじゃくる母の抱擁はアイシーのエス784だったと、後に姉が語ってくれた。
うん。意味が分からない。
yukaは多分まじめな子なのだろう。まだ、時間がかかると判断して席を立つ。
意味が分からないことは、意味を知ってる人に聞こう。姉の部屋をノックしてみたが返事はなかった。
おかしい。
部屋を出た気配は無かった。
さっきの姉の表情が脳裏をよぎる。
……。
「愛ねぇ!」
ドアノブを回す時間すらもどかしい…。
「へぇー」
俺の手には、一枚の絵があった。
抱擁する二人。背の高い男性が、肩に手を回してもう一人を支える。その舌は絡み合い、唾液もまた混ざりあうように滴り落ちる。
愛ねぇ、腐ってたか……。
この部屋は、姉と妹が共用している。腐ったみかんの話じゃないが、恵に変な病気移してないだろうな……。
今すぐ問い詰めようかとも思ったが、机に突っ伏して寝息をたてる姉を見て、後回しにすることにした。
あと姉よ、ヨダレってのはもう少し粘度高めに描いた方が雰囲気出るぞ。起きたら自分のヨダレをよく観察しろよ。
「……ん」
やばい。目を覚ましそうだ。
手に持った絵をそっと机の上に戻し、足音を忍ばせながら部屋から出て、ゆっくり静かにドアノブを回す。
自分の部屋に戻り、PCに目をやると、画面の下部に動きがあった。
a.yuka:お兄ちゃんいますか?
……。
やりやがった……。
もう少し賢いかと思ったが、甘かった。今すべき事は……。
w.クリス:yukac、ついてきてくれ
a.yuka:どこへ行くんですか?
w.クリス:あとで話す
確か西の方に行けばギルド”グッドラック”の奴らの溜まり場があったはず。そこまでたどり着ければ何とかなるか?
後ろを振り返るとyukaは何とか付いてきていた
北に人影が見える。腰に刺さった大きな影から察するにファイターだろう。マジシャンかシューターだったら終わってたな。
幸運の女神は踵を返しちゃいない。まだ諦めるな……。
少し走ると、荒れた畑に数人の人影が見えてきた。
w.サマツ:エスタのところの新入りじゃん
s.サマツ:って、もしかして追われてたりするか?
後ろから付いてくるyukaに気が付いたのか、さらに十人近くが集まってきた。
s.クリス:助かりました。ありがとうございます
s.スロプー:礼には及ばんよ
s.スロプー:エスタに虹は最後にするよう伝えておいてくれ
s.クリス:え?・・・わかりました。
s.スロプー:俺たちはそろそろ砦に向かう
s.クリス:防衛戦頑張ってください
s.スロプー:ああ
”グッドラック”の人たちは連れ立って西の方へ消えていった。彼方に、こちらに向かって手を振る人影が見え、やがて消える。
w.クリス:でだ、まず言っておかなければならないことがある
w.yuka:はい
会話モードは気付いてもらえたらしい。手間が一つ省けた。なら次は……。
w.クリス:religionの項目が二つあると思う
w.クリス:信仰する宗教の事なんだけど
w.クリス:もし二つとも同じになっているのなら
w.クリス:Sの方を変更しておいてくれ
w.yuka:MとSは違いますが、何でですか?
w.クリス:おいおいわかると思うけど
w.クリス:同一relは低レベルのうちは
w.クリス:メリットに比べてリスクが大きすぎる
w.yuka:わかりました
w.クリス:一番大事なことは伝えた
w.クリス:何か質問があれば答えるよ
w.yuka:兄はなんという名前でしょうか?
w.クリス:・・・。ものすごくツッコみたいんだけど
w.クリス:ツッコんでいい?
w.yuka:はい
w.yuka:斬鉄剣より鋭いツッコミをお願いしますm(_ _)m
w.クリス:・・・ん?なんかキャラ変わってないか?
w.yuka:人は些細なきっかけで変わるものです
w.yuka:お気になさらず全ての敵を真っ二つにする様なツッコミをどうぞ
w.クリス:そこまでハードル上げられて越えられる人はいるのか?
w.yuka:うぅ・・・頭が・・・
w.クリス:大丈夫か?
w.yuka:大丈夫です
w.yuka:何かの霊に操られていたようです。5と3が見えました
w.クリス:そいつはツインテールじゃなかったか?
w.yuka:はい。大きなリュックを背負ってました。
w.yuka:仕切り直します。兄は何という名前でしょう?
w.クリス:知らん。兄に聞け
w.yuka:ツッコめてません
w.yuka:そんなあなたにはMSCへの入学をオススメします
w.クリス:お笑い目指してないから!
w.クリス:俺が目指してるのは大学だから!
w.yuka:クリスcは浪人生だったんですね
w.yuka:こんな所で遊んでて大丈夫なんですか?
w.クリス:男にcをつけるな!
w.クリス:平日6時間の勉強ノルマは守ってる
w.yuka:あなたの性別は今初めて聞いたような気がしますが?
w.yuka:3年間それをやってきて大学合格できたんですか?
w.クリス:今始めて言った。君を確認もせず女扱いしたことは謝る
w.クリス:あと、大学は不合格だったわけじゃない
w.yuka:不運は誰にも平等に訪れます。
w.yuka:わかりました。この話は終わりにしましょう
w.クリス:不運と言うより判断ミスだが・・・
w.yuka:そうですか。
w.yuka:では今日から兄に会えるまで毎週水曜日は創立記念日です
w.クリス:・・・。今日中に見つけるぞ
g.エスタ:クリス、集合時間は過ぎてるよ?
まずい。時間を忘れていた。本来ならフィーネルの武器屋前に居なければならないのに、町外れの作物も育ちそうにない畑で油を売っている。こっちは大事なことをしているつもりだが、エスタ達からはそう見えても仕方ないだろう。
g.クリス:すみません。遅刻します
g.エスタ:1条遵守かい?
g.クリス:2条遵守です
g.エスタ:なら問題ない
g.エスタ:もしかして、yukaって子が近くにいる?
g.クリス:はい。兄を捜しているそうです
g.エスタ:・・・。ふむ
g.エスタ:二つ頼みたいことがある
g.クリス:何でしょう?
g.エスタ:まず、その子をギルドに勧誘してくれ
g.エスタ:一時的に加入してくれたらそれでいい
g.クリス:お願いしてみます。もう一つは?
g.エスタ:攻城戦終了までにその子を僕の所へ連れて来てくれ
g.クリス:わかりました
g.クリス:では後ほど
g.エスタ:任せたよ
エスタはこっちの概況を把握してくれたようだった。というか、それ以上が見えているようだ。
「っと……。”勧誘”と、”連れてこい”か。楽勝だな」
w.クリス:すまないyuka。ギルマスと話していた
w.yuka:かまいませんよ
w.yuka:こちらはこちらでする事がありましたから
w.クリス:でだ、とりあえず君にはうちのギルドに加入してほしい
w.yuka:だが断る
「は?」
目を擦って、何度見直しても、そこには「だが断る」と書いてある。なぜ即答で断る?理由がわからない。
わからなければ聞いてみる。
w.クリス:理由を聞いてもいいかな?
w.yuka:私のゲームクリアは兄に伝言を渡すことです
w.yuka:ギルドに守ってもらわなくても大丈夫です
w.yuka:ギルドから与えられた恩恵に報いることもできません
w.クリス:君はその年でそんな事を考えているのか・・・
w.クリス:えぇと・・・
w.クリス:高校の時の校長先生が話してくれたんだけど
w.クリス:”照らしあいの精神”っていうのがあるんだって
w.yuka:調べてみます
……。
w.yuka:先生は教えてくれませんでした
w.クリス:先生と一緒にいるの?
w.yuka:あはは・・・。みんな知ってる先生ですよ?
w.クリス:”グ”から始まるあの先生?
w.yuka:その先生です
w.クリス:じゃあ、校長先生が考えたのかなぁ・・・
w.クリス:学校側は卒業生や在校生、関係者を照らす様な学校を目指すから
w.クリス:それらの人は学校や関係者を照らすような人を目指してください
w.クリス:て意味・・・だったかなぁ?
w.yuka:・・・。少し考えさせてください
……。
w.yuka:わかりました
w.yuka:ギルドに入れてください
w.yuka:私はギルドを全力で利用します
w.yuka:ギルドは私を全力で利用してください
w.クリス:ありがとう
w.yuka:あと、その校長先生のお名前を知りたいのですが
w.クリス:えぇと・・・。
w.クリス:うん。いつか君と直接会えたら教えるよ
w.yuka:わかりました。ありがとうございます
ほどなく、yukaの名前の下に”フェーデ”という文字と、ギルドの紋章が浮かび上がる。エスタか、彼から話を聞いた誰かが早速承認してくれたらしい。
「一つ目クリアっと」
おっと、忘れるところだった。
w.クリス:ギルド規則っていうのがある
w.yuka:そういう事は先に言って下さい
w.クリス:ごめん
w.クリス:こっちにも事情があって・・・
w.yuka:それを聞いてからギルドを脱退するのはありですか?
w.クリス:もちろん”あり”だ
w.yuka:教えて下さい
w.クリス:第1条 自分の信念に従え
w.クリス:第2条 困ってる人は助けろ
w.クリス:第3条 ギルド拡大に努めろ
w.クリス:以上。
w.yuka:・・・。
w.yuka:それを規則にしなければならない時代って事でしょうか・・・
w.クリス:脱退するかい?
w.yuka:しません
w.yuka:エスタさんに会ってみたくなりました
w.クリス:あれ?ギルマスの名前教えたっけ?
w.yuka:教えてもらってませんよ
w.クリス:え?でも?
w.yuka:あはは・・・
w.yuka:クリスさんは頭いいのか悪いのかわかりませんね
w.クリス:なんでギルマスの名前を知ってるの?
w.yuka:”ギルマスの”名前は知りません
w.クリス:なんでエスタを知ってるの?
w.yuka:私の加入申請に許可をくれた人だからです
w.クリス:なるほど
一つ目は以外と梃摺ったが、二つ目は簡単だろう。
この子は小手先のテクに頼るより単刀直入にいった方が早そうだ。
w.クリス:あと、攻城戦終了までにエスタに会ってほしい
w.yuka:攻城戦終了は・・・
w.クリス:12時だから、あと40分ぐらいだ
w.yuka:了
w.クリス:途中でリターン押しちゃったの?
w.yuka:自衛隊の人がそう言うって聞いて試してみました
w.クリス:ミリオタじゃないから分からない
w.yuka:えへへ
w.yuka:今から行っても役に立たないでしょうね
w.クリス:レベル1と3じゃ何の役にも立たないと思う
w.クリス:ギリギリまでyukaのお兄さんを捜してみようか
w.yuka:ありがとうございます!
w.クリス:まず、君のことから知りたい
w.yuka:何でも聞いて下さい
w.yuka:答えられることは答えます
w.クリス:まず、年は?
w.yuka:なんかナンパされてるみたいです
w.yuka:された事ないですけど
w.クリス:話そらした?
w.yuka:14才です
w.クリス:中学生?
w.yuka:はい
w.クリス:将来の夢は?
w.yuka:今のところありません
w.クリス:尊敬する人物は?
w.yuka:お父さんです
w.クリス:座右の銘は?
w.yuka:”蒔かぬ種は生えぬ”です
w.クリス:難しい言葉を知ってるんだね
w.クリス:まあ、だいたい分かった
w.クリス:次はお兄さんについて
w.クリス:年は?
w.yuka:18才です
w.クリス:学生?
w.yuka:いいえ。少し前までアルバイトをしていたのですが
w.yuka:最近やめたそうで連絡が取れません
w.クリス:ふむ
w.クリス:yukaはこのゲームをどこで知ったの?
w.yuka:兄の部屋にあったノートにアドレスがありました
w.クリス:そこからアクセスして
w.クリス:世界の中心で”お兄ちゃんいますか?”って叫んだわけだ
w.yuka:何かまずかったですか?
w.クリス:いや、問題はなかった
w.クリス:君のrelのMとSが同じだったら
w.クリス:24時間のログイン禁止を食らってた可能性があった
w.yuka:それで、さっき変えるように言ってたんですね
w.クリス:ああ
w.yuka:リスクはわかりました
w.yuka:同一relのメリットも教えて下さい
w.クリス:例えば”ケプラ”を信仰していた場合
w.クリス:いつ、どこででもPK・・・つまり対人戦を仕掛けることができる
w.yuka:”スカラ”と”エクト”のメリットは何でしょう
w.クリス:スカラは強力な魔法らしいけど
w.クリス:詳しくは知らない。どうしても知りたければエスタにでも聞いてくれ
w.yuka:はい。ところで時間は大丈夫でしょうか?
w.クリス:忘れてた。そろそろ砦に向かおう。
w.yuka:はい
w.クリス:じゃあ、ついてきてくれ
歩きながら、yukaについて考えてみる。どう考えても14才とは思えない。年上の人と話しているみたいだ。しかし、現時点では確認の取りようの無い事なので、額面通り受け取るしかない。まあ、彼女の”お兄さん”に聞けばわかるだろう。
フィーネル南門をくぐり、大通りを走り抜けようとして、かすかな違和感を覚え立ち止まる。いつもは喧噪に包まれている大通りだが、今は人影も疎らだ。攻城戦中なのだから当然だろう。違和感の源を探して視線をさ迷わせ、やがて画面の角に見える露店に辿り着いた。
名前の下を見ると”マーチャント”と書かれている。マーチャントは黄金の砦を占有しているギルドで、そこのギルメンがこんな所で露店を開いているのはどう考えてもおかしい。
まぁいっか。
いつもたまり場にしている武器屋前を抜け、右に曲がると、フィーネル北東門にトバルが立っているのが見えた。
g.トバル:護衛する。急いでくれ
g.クリス:はい
g.yuka:はい
トバルは確かカンストしていたはず。心強い。
黄金の砦。アシュハル5神のうち、商売を司る神”フレイヤ”の庇護を受ける砦。その城郭は燦然と輝き、周囲には金色の花が咲き乱れる。
もっとも、その花は背景で、売ることはできないんだが……。
いつもは、占有ギルドのメンバー以外には堅く閉ざされている城門が、大きく開け放たれている。門の下にある二つのオーブの片方が砕け散り、門の上にある二つのオーブには、”マーチャント”と”フェーデ”の紋章が浮かび上がっていた。
攻城戦は、砦の最深部にあるコア・オーブを破壊することで勝利となる。その前に入り口にあるポータル・オーブのどちらか片方を壊さなければ、砦に進入することすらできない。
ポータル・オーブの破壊には成功したらしい。フェーデ設立以来の快挙ではなかろうか。
g.トバル:ここからは敵の攻撃がくる
g.トバル:俺の姿が見えなくなる直前を付いてきてくれ
g.クリス:はい
g.yuka:はい
トバルが城門をくぐり、その姿が彼方に消える。
……。消えてしまった。
あれ?確か消える直前に付いて来いって言ってたような……。しかし"直前"って言われても難しいよなぁ……。
どうしたものか考えていると、向こうからトバルが引き返してきた。
g.トバル:悪かった。俺が動き出してから3秒後に付いてきてくれ
g.クリス:はい
g.yuka:わかりました
道中、マーチャントの連中の姿はなかった。入り組んだ迷宮のような砦を、トバルは迷うことなく進んで行き、やがて今までとは明らかに違う部屋の前で立ち止まった。
しばしの沈黙。
そして、トバルは俺にも話しかけてきた。
w.トバル:この中にコア・オーブがある
w.トバル:雷のエフェクトが見えたらそいつを全力で攻撃してくれ
w.クリス:やれるだけやってみます
w.トバル:期待しているぞ
トバルが部屋の中に走り込み、雷のエフェク……
ーピシー
何だこれは?
ーピシャーンー
サンダーボルトじゃない。
ーガリガッガリガッガッー
やがて落雷は部屋中を埋め尽くす。
これが神の裁き(トールハンマー)か……。始めて見た。
しばらく……時間にして12秒ほど神の雷槌が駆け巡ったあと、部屋の中には静けさが戻り、残されたのは五人だけだった。
s.エスタ:yuka。たぶん、そのJ.J.って人が君のお兄さんだ
s.エスタ:伝えたいことが有るなら言ってごらん
……。
s.yuka:お兄ちゃん、お母さんが今日中に家に来て今の状況を説明しないと
s.yuka:お母さんもこのゲーム始めるって言ってたよ
時が止まる。母の顔を思い出し、頭を振ってコア・オーブに襲いかかる。
s.J.J.:…。君の父親の誕生日は?
オーブにエスタの剣が振りおろされ、俺の魔法が突き刺さる。
s.yuka:11月20日です
……。
s.J.J.:ユダ、あとは任せた
J.J.の姿が光の点になり、消えた。
何度か攻撃が繰り返され、ついにオーブは砕け散り、その中からフェーデの紋章が刻まれたオーブが再生成された。
g.エスタ:完遂
g.マガダン:おめでとう
g.トバル:ありがとう!yuka、クリス
g.久遠:おめでとうございます
g.佐伯:クリスはわかるけどyukaって誰?ギルメン?
g.P.P.:俺のおかげだな
g.佐伯:ともかくおめでとうございます
g.クリス:おめでとうございます
g.エスタ:みんなありがとう
g.エスタ:みんなのおかげで砦を占拠できた
g.エスタ:特にクリスとyukaには感謝している
g.エスタ:午後から時間のある人は茶室に集まってくれ
g.yuka:おめでとうございます
g.yuka:私はこのゲームをクリアしたので、ここでお暇しますね
g.yuka:またどこかで会えたら声をかけて下さい
g.クリス:俺も午後から勉強する予定なのでチャットには参加できません
g.クリス:また来週お会いしましょう
s.ユダ:ちょっといいかな?
誰だこいつ?
周りを見回すと、部屋の隅に露店があった。名前の下には”マーチャント”の文字。
s.ユダ:お前らに情けってもんがあるなら、なんか買っていってくれないか?
s.エスタ:砦の露店は相場の二倍。何もいらないよ
s.エスタ:戦の終わった砦で何か売れるとでも思ってるのかい?
s.ユダ:そりゃそうだな。値段を変えよう
s.ユダ:これでどうだい?
露店を覗いてみると、相場の9掛けで消耗品が並んでいる。消耗品の相場は定価の9掛け。ということは約20%オフ!これはお買い得だ。
俺は所持金を確認し、HP回復とMP回復のアイテムを買いあさった。
しかし、あの雷槌の中を生き残ったということは、この人はカンストしている。俺たちに何もしてこなかった訳が分からない。
s.クリス:なぜ攻撃してこなかったんですか?
s.ユダ:仕事中だったからさ
……?
s.クリス:答えていただいて、ありがとうございます
s.ユダ:こちらこそ、お買い上げありがとうございます、だ。
エスタも買い物が終わったのか、部屋の奥に向かって走り出した。突き当たりで立ち止まり、動きがとまる。そこの壁には木製のプレートのような物が掛けられていた。
マウスをプレートに乗せクリックする。
History
・ヘーベー
・マーチャント
・フェーデ
ーーー
ーーー
砦の来歴か……。
うちのギルドの名が刻まれているのを確認し、『ありがとう』と言い残し、エスタはログアウトした。
完
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