空腹でのご飯は美味い




 ぶわり。


 息をする度に鼻へと飛び込む、切り分けられた肉と様々な野菜の唾液腺をがすがすと刺激する、香ばしくも感応的な、食欲という住民を掻き立てる香り。


 腹の魔王の勢力はそれに続発されて雄叫びとばかりにぐごご、と低音を響かせた。




「ん〜、旨そうな匂いだ」




 カウンターに備え付けてある食器の入れ物の一つに手を伸ばす。


 もちろん、選ぶのは箸だ。


 シラタマ?もちろん箸だ。器用だろ、うちの子は何でも取れる箸の便利さが気に入ったようだ。


 ルギくんというとフォークのようだ。




「頂きまーす。どーれ?俺はこのサラダから……」




「オレは……この肉と野菜の炒め物から……」




「にゅー♪」




 シラタマは当然の如く肉のみの皿を選んだようだ。


 用意された取り皿からこれでもかと言う程にこんもり盛ってふんにょりふんにょりと嬉しそうに揺れている。


 ちゃんと野菜も食べるんだぞお前。


 俺が選んだサラダには何か赤いソースのような物がかかっている。


 ドレッシングみたいな物だろうか?とりあえずは一口ぱくり。




「…ん!うめぇ〜!」




 野菜の瑞々(みずみず)しいシャキシャキとした食感と、口に広がる柑橘系の香り。


 ソースの酸味と塩気、そしてほのかなぴりりとした辛み。なるほど、ソースはフルーツと調味料を混ぜた物か。


 一口食べる度に食欲が増加が加速する。


 気付けば皿は無くなりそうになっていた。




「うまーい!!」




 ぺかっと笑顔を放ちながらルギくんが叫んだ。


 その笑顔の通りルギくんの小さな腹の魔王もその旨さに満足している事だろう。


 どれどれ俺もその肉野菜炒めを頂こう。




「んん〜!これも美味い!」




 一口含むと広がる肉の芳潤な旨味と油の甘味、様々な野菜の食感と肉を引き立てる辛みと僅かな苦味。


 生姜焼きのような後味引く味わいは食欲を加速させ、皿によそった分はあっという間に腹の魔王へと消えて行く。


 んー、止まらん。堪らん。旨すぎる。


 ちなみにシラタマはひたすら肉をもしゃついている。


 もっそもっそ満足気に食ってる間に野菜も入れてやろう。


 ふはは、ちゃんと食えよシラタマや。


 おっと俺も食べよう……んん……美味い。




「ああ…美味い……やっと食えた飯がこんなに美味いなんて……幸せだ……」




 旨味、塩気、辛み、そして甘味。


 様々な要素が身体へと染み入る。


 腹を空かせて食う飯が美味いのは当たり前だが……それがこんなにも美味い飯なんて格別だ……あ、イカン思わず目尻から涙が。




「やだカナタちゃんたら泣く程美味しいなんて嬉しいわ。そんなに忙しかったのかしら?食べながらで良いからルギちゃんが居る理由も教えてくれる?」




「そう!聞いてくれよバルちゃん!実はさ───」







「で?ここがこの国で一番うめぇ店だってーのか?」




「らしいぜ。確かに見てくれはあぶねー店に見えるなぁここ……」




「あ、あ、争い事は辞めておくれよ?オラ達は大会が目的で来たんだから頼む。ギ、ギルドで目を付けられてから一人減っちまったんだがらな?折角まともな人だったのに……」




「うるせぇーダグ。此処でまた新たな出会いがあればもーけじゃねぇか。大体あんな〝へんてこなかっこ〟した奴なんていらねぇよ。女女!女の子が欲しいんだよオレのパーティーにはよ!!」




「…はぁ…学べよゼーベック。だからギルドに目を付けられたんだろ?此処(ここ)には飯と情報収集。それが目的だからな」




「はいはい、分かりましたよロス。さー入ろうぜ」







「───なるほどねぇ……それは大変だったわねぇ。ルギちゃんも無事で良かったわ」




 顎髭を触りながら艶かしくくねっとしてバルちゃんが息を漏らす。


 ざっくりだがバルちゃんにここまでの出来事を話しておいた。


 ふんふんと黙って聞いてくれたバルちゃんがとても有難い。


 ランさんは言うと仕事に戻っている。


 時間は止まって居ない訳で注文は人が居る限り来るのでしょうがないね。




「んぐっ…んぐっ……ぷはぁ!水も美味い!!とりあえずは俺の能力を調べてもらうのが今の目的の一つかな」




 グラスに注がれたキンキンの美味しいお水を飲み干してそう告げる。


 能力の詳細。それは俺が王都に来た目的の一つだ。




「あら?てっきり知ってるかと思ってたわよ?」




「身体系、無属性って所だけ。まぁそれだけ知れただけでも良いと思いはするけど折角だからきっちり知りたいしさ」




 それにワンチャン何かあるかもしれないし。


 俺だけのふしぎなぱわー……あると良いなぁ。




「そう言えば兄ちゃんは能力の使い方は知らないよね。オレは『放出系』の『無属性』だからなんとなく使えるけどさ」




 そう言って口元からしゅるるーと真っ白な糸を数本出したルギくん。


 もしやとは思ってたけどルギくん『放出系』か。あとそのしゅるるー可愛いぞ。




「〝使い方〟……ねぇ……よいせ、ふん!見よこのちからこぶ!……こんなん誰でも鍛えりゃ出来るな……」




 上着を脱いで右腕に力を込めると盛り上がる見事なこぶ。


 それとは対照に沈む気持ち。


 うん、こりゃ〝使って〟ねぇわ。いとかなし。


 能力の使い方ってどうすんだべ?姉御に聞いときゃ良かったかな。




「あら良い筋肉。でもギルドとかでも調べられるけどこの時期は混むからオススメ出来ないわよ?」




「にゃんですと?大会が終わるまで分からないというのか……むぐむぐ」




 そういえばそうだとしょげながら肉を口に運ぶ。


 うーん…参ったなー。このお祭り騒ぎが終わるまでは辛いなー。使い方が分からないんじゃ鍛(きた)え用もないし…うーん、困った。


 初めてお祭りが憎く感じてしまうぞ。うーんうーん、肉うまい。


 俺が唸っていると遠くから小さく入り口の鈴の音が聞こえて来ている。新しいお客もどんどん来てますねー、うーんお祭り効果。




「それならアタシの友人に調べてもらう?カナタちゃんなら性格的に〝乱暴しない〟と思うし大丈夫だと思うわよ」




「…!!バルちゃん最高か!?お願いします!!」




「良いのよ良いのよ。あの子達なら久しぶりのお客で喜ぶと思うし」




 まさに渡りに船とはこの事か。そんで〝乱暴しない〟…ね。


 乱暴とかできる筈もないです。チキンだし争い事嫌いですしおすし。あ、お寿司久しぶりに食べたくなってきたな。


 そげなどうでもいい事も考えているとバルちゃんが左腕に着けている例の物に気付く。




「───あら?カナタちゃん【ベッセル】の最新型じゃない。やーだアルちゃんたら本当に貴方の事気に入ってるのね」




 そう、俺が外の世界へと行く時にポーチごと渡された通信機【ベッセル】である。


 実はハウィさんの城から出て来た時にしれっと着けていたのだ。




「え、〝最新型〟なのコレ?」




「そうよ?アタシも【ベッセル】は持ってるけど旧型だからそれ程機能はないわ。アタシの連絡入れといて上げるわね。───はい、何かあったらいつでも連絡してオーケーよ」




 バルちゃんが手渡した【ベッセル】にさらっと連絡先を入れてくれた。


 王様ことハウィさんもそうだったけど連絡先入れる動作早すぎませんかい?


 あ、良く見たらバルちゃんの左腕にも小さい腕時計見たいな黒い【ベッセル】着いてるわ。お洒落かよ。




「バルちゃんありがと。まぁ使い方まだ知らないんだけどさ」




「大丈夫よ。カナタちゃんの魔力を流せば全部〝説明してくれる〟筈だから」




 んん?〝説明してくれる〟とな?ハウィさんは説明が出てくるって言ってたけど……まぁ、良いか、実際にやってみりゃ分かんべ。




 そんなやりとりをバルちゃんとしていると、突然の悲鳴が聞こえて来ていた。




「───あの!やめて下さい!!」




────────────

カナタ


「値段にしたら一体幾らの…いや考えちゃダメだ俺よ」




ルギ


「やめて兄ちゃん、オレも貰ってる身だから辛い」




シラタマ


「もっきゅもっきゅもっきゅもっきゅ」

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