「………」




 物音ひとつしない、だだっ広い和室のど真ん中。


 広さは道場ぐらいはあり、壁際の隅に三つの名札のみがかかっていた。


 その名札の前にて座禅を組む、一人の老人。


 灰色の袴に朝色の着物、まっさらな白い衣(ころも)を羽織り、白い髪を後ろに撫でつけられたその老人の顔は凛とした静かさが宿っていた。




「……やはり、貴方ですか。兄者よ」




 歳を感じされる事のない、真の通った背筋の後ろに居るであろうその人物へ向けて言い放つ。


 開眼したその灰色の瞳に宿る活力はおよそ老人とは思えない強さを宿した。




「クカカカカ…流石我が弟だ。未だ実力は衰えていないようだな」




 響くのはまるで獣の如く低く、唸るような重い声。


 立てた片膝の上に腕を乗せて座る、なんとも荒々しい風格を持つ、黒い獅子の様な大男がそれに答えた。


 いつの間に居たのだろうか───いや、『いつから居た』のかはこの場の二人のみが分かる事だろう。




「ご冗談をいいなさる。『約400年ぶり』だと言うのに眠りに着いたあの日と全く『変わらない』兄者と違って私は衰えましたよ」




 身体をそちらへと振り返っては、はは、と眼を細めては軽く笑い飛ばして皮肉を言葉に混ぜる。


 その皮肉に対して大男は「そいつはちげぇねえ」と同じく笑い飛ばした。


 二人の姿はまるで対極。


 静と動を具現化したらこうなるのではないのだろうか。




「…三馬鹿のガキどもは元気でやってるか」




 不意に大男の目線が老人の真後ろへと向かう。


 恐らく名札を見ているのだろう。




「今も存命ですよ……一人を除いて」




「ゼル…の坊主か……ギリアンの野朗から少し聞いたが……」




 ふぅ…と一息ついて眼を閉じた。


 そしてある言葉を告げる。




「お前は本当にゼルが『道を誤った』と思っているのか?」




「ッ!?…兄者…!?」




 その言葉に動揺を隠せる筈もなく、老人は眼を見開いた。


 そんな筈は、いやしかし。様々な言葉が浮かんだがそれを老人は飲み込む。




「…『昏(くら)き者ども』の痕跡があった」




「…ではゼルの奴は…!」




「ああ、奴らにしてやられたんだろうよ。幸いにもアイツのおかげで『古代聖霊』共は目が覚めただろうよ…まぁ軽く『お仕置き』してきたがな」




 鼻で笑う大男とは対照的に老人の顔はあまり優れなかった。


 私も歳を取ったものだ───声には出さずに口の中で呟く。


 老人の額を一つの滴(しずく)が伝(つた)った。




「…ふふ、やり過ぎないようにして下され兄者。貴方のお仕置きは洒落にならない」




「クッカッカ!流石に存在が消えない程度に留めているわ!……この世界、『壊しちまう』しな」




 よっこらと大男が膝をじくに立ち上がる。


 何気なく口にした大男の言葉を老人は聞き逃さなかった。




「今から見込みのある奴らに会いに行く。お前も『その姿』にいつまでもなってねぇで動きな。『楔(くさび)』は打っておいた。じゃあな、元気そうで良かったぜ」




 すう、と大男の姿が霞の如く消え失せた。


 立ち上がった時には確かにした物音も無く。


 またこの空間が静寂で満たされていく。




「…『至った』というのですか。オメガの兄者よ」




 その老人の呟きに答える物は既に居らず、静寂という海へと溶けていった。


 誰かに告げる訳でも無く、老人は再び口を開く。




「…私も『兄弟の封印』から離れる時が来たか。なぁゼルよ」




 『ガイゼル』と書かれた名札が答える事は無い。


 そしてその名札を見るのは『皺一つない美麗の男性』へと変わっていた。

 



「お前が死んであれから約五年程か?私も耄碌(もうろく)したものだ…今思えば…いや、やめておこう。さて、我が弟子達にも知らせねば」




 くるりと名札に背を向け、男は歩き出した。




「…悪にも善にもお前の思いは受け継がれている。尻拭いは私がやらねばならぬ。『師匠』としてな」




 人の居なくなったその場所で、風もない筈だが名札が僅かに揺れた気がした。


 その真実は誰も知らない。







 その頃カナタ達───




「ぬがぁー!!!!ヴィレットテメェ!!!俺達の肉を返しやがれぇ!!!」




「ふにゅあー!!!!!」




「ぐはははっ!!!油断したオメェが悪い!!瞬動で我に敵うと思うなよ!!!」




「このクソ野郎!!行けっ!シラタマ!!」




「ふんにゅうううう!!!!」




「ぐあああっ!!!」




「親父。アイツ修行で死んでたんじゃなかったか?」




「よし、精神が発狂するような細か〜い修行を追加してやろう」




「カナタは大分瞬動に慣れたね〜。よし、ご褒美に肉焼いておいてやろうか」




「ヴァネッサ。丁度バルム殿から頂いたサラダの盛り合わせが残っているぞ。それも持っていきなさい。アレはカナタ殿も好物の筈だ」




「お、アタシも少し貰うね。あいつのサラダめっちゃ美味いんだよね」




「勝利!!」




「にゅややっ!」




「ぐおお…」




「「お、終わったか」」




 騒がしい昼食を取っていた───




「長。連絡が来ています」




「ぬ?誰からだヴォルグよ」




「王都のギルドから…『アルフ』と言えば直ぐに分かる…と」




「…分かった。すぐに向かう」




「ん?どうした親父。いつに無く真面目な顔じゃないか」




「なに、気にするな。食事を続けててくれ」




「あいよー」










「嫌な予感がする…『師』よ、どうなされたのだ」




────────────

カナタ


「我が肉を取る奴は許さない」




シラタマ


「にゅやや!!」




ヴィレット


「…何かいや予感がする…寒気がするぞ……」




ヴァネッサ



「お、シーザーサラダじゃん。バルムの奴さっすが分かってるねぇ♪」

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