人それぞれ




「じゃあまず【滑歩(かっぽ)】は出来るだろ?やってみな」




「まって姉御それ知らないんだが?」




 初っ端から謎のワード出て来て疑問符が止まらん状態なう。


 どうやら姉御の中では出来るもんと思われてるらしい。


 なんだ【かっぽ】って?かっぽかっぽ…馬しか出てこんかったわ。いや呑気か俺は。




「ありゃ?ヴォルグから出来るって聞いたんだけど違ったかい?」




 あれー?と首を傾げながらぽりぽりと頭を掻く姉御。


 そんな仕草をやるとは思わなかったのでギャップが可愛いと思います。


 ヴォルグから?なんか俺教えてもらったっけか?


 おーん?うぬ?うぬぬ?




「それとも名称は教えてもらってないとかかい?アレだよ、鹿みたいなぴょいんぴょいんする奴」





 姉御が両の人差し指を下にぴんと伸ばしながら跳ねる動作をしてくれたのでやっとこ気付いた。


 この村に来る時に使っていたあの天狗走法の事らしい。


 だから姉御、ギャップギャップ。死人が出てしまいます。居ないけど。




「ああ、あの移動方法ってそういう名称なんすね。あのめっちゃジャンプしてく移動方法」




「ああ、それそれ。瞬動はそれの平行版。縮地は瞬動の隙を無くした上位互換だとでも思えばいいさ。ちょいとやって見せようか」




 じゃあ行くよー、と姉御が言いながら身体を斜に構える。


───身体がブレたと思った瞬間に抉れる足場と、響く鋭く短い破砕音。





「おお…」





───感嘆の声を上げるのも束の間。


 少し遅れて少し遠くに移動した姉御の停止の際に巻き起こる土埃と、また短く鋭い破砕音が響いた。




 今度は縮地で戻るよー!




 手をふりふりしながら姉御が声を上げる。


 そして姉御の身体がブレた───今度は瞬動の際に発生した音を出さずに。




「おいしょ───ま、こんなもんだね」




  トン───と、軽やかに俺の側にいつの間にか来た姉御の息は全く乱れていない。




「おー」




 これは凄い。簡単にやってるから余計凄いと思う。


 やはり姉御は相当な実力者だというのが改めて思い知らされた。




「流石姉御。お見それしやした」




「あっはっは、アタシなんてまだまだだよ。親父なんて物音せずに縮地を使えるからね。ああ、ちなみに縮地までならバルムも使えるよ」




 バルちゃんも使えるとかぱねぇ。こいつぁ負けちゃいられねぇな。




「しゃあっ!俺もやったらぁ!」




「その息だよ。さ、やってみな。イメージは滑歩を上じゃなくて前にする感じだよ」




「よーっし」




 イメージは滑歩を上じゃなくて前に…なるほどなるほど。




───まぁ、実際はそんなに上手くいく筈も無く───




「おらっ───あっ」




───途中で突っ掛かってしまい───




「ぶべらららろろろろれれれれッ!!」




───盛大に地面に顔面を擦り付ける事になっていた───



 後に残るは耕されたような削られた地面の道。




「カナターーーー!!!?」




 先は長い。







───その頃シラタマはというと───




「──ふんにゅっ───ふんにゅっ───ふんにゅっ───」




「わぁーい!楽しーい!!」




「ふわふわ楽しーー!!!」




「あははは!もっともっとーーー!!」





───重力魔法を使いながら子ども達をお手玉のようにして遊んでいた───




「ふんにゅあーーーーっ!!!」




「「わーいっ!!」」







「…よし、瞬動はなんとか大丈夫そうだね」




「あざーぅす……」




 

 満足気な姉御と裏腹に俺の気持ちは消沈していた。


 付近に何かが不時着したかのような荒々しい跡。


 これは俺が瞬動の際に突っかかるという天然によって起きたモノである。


 しかし顔にはダメージはそんなに無く、擦り傷すら付いていないのは自分の身体に感謝である。




 なんと恥ずかしい。穴があったら入りたい。掘るか。




「なぁにしょぼくれてんのさ。その後に無駄な力抜けてちゃんと出来たじゃないか。偉い偉い」




 カラカラと笑いながら姉御が俺の頭をぐわっしぐわっしと撫で回した。


 恥ずかし嬉し。穴が無いから掘るか。




「最初から初めて見た事すぐ完璧に出来る奴なんてそうそういる訳ないじゃないか。アタシなんか最初は滑歩にそーとー時間掛かったからね」




「あ、姉御が?」




「アタシは能力の制御をするのに係りっきりだったからね。身体能力的には圧倒的にレトの方が上だよ」




 そう言ってはにかむ姉御の顔は少し…悲しそうだった。


 あの姉御がこんな顔をするなんて思いもしなかった。


 いや……この感情は俺も知ってる。優れた下を持った兄、姉が持つ【独特の悲しさ】だ。




「アタシが滑歩を覚えた時にレトがやったのが【空脚】さ。やるせないだろ?」




「姉御…」




「あん馬鹿は人化を覚えれば縮地の派生、【虚空駿動】はすぐ覚えちまうだろうさ。…でもいいんだよ。アタシはアタシでレトはレト。生きるのにはちっぽけな事さ」




 ああ…そうか。この世界じゃあ生きるのが主軸だからその他の事は遅いか早いという微々たる物に過ぎないのか。




「『なぁにそんな事で腐ってんのよ。そんな事は美味しい物と一緒に食べちゃいなさい。悩み事なんて今を生きる事に比べたらちっぽけな物よ』……前にバルムがアタシに言ってくれた言葉さ。カナタはカナタらしくやっていきな。折角良い身体能力してんだからさ!」




 撫で回す手をやめて今度はバシバシと背中を叩いた姉御の顔には既に悲しさなど消えていた。



 ああ、『本当に強いわこの人』。




「…うっす!!頑張りやす!!!」




「よっしゃ!ならこのエックスジャイロぶん投げてるから地面に着く前に瞬動で取って来な!!」




「おっしゃあっ!!」




「行くよっ!!…そりゃっ!!!」




 そう言った姉御から解き放たれたエックスジャイロはとてもとても───




「───うおおおお!!待って!!!!見えなくなるぅっ!!!!!!」




───凄い速さでカッ飛んでいたのだった。




「…やっべ。投げ過ぎた。まぁ、カナタなら行けるだろ」




 後日見事な筋肉痛に襲われたのは言うまでもない。


 姉御が楽しそうだったので許した。


 俺、ちょろい。




────────────

カナタ


「進んでるのにしばらく距離が変わらなかった…」




シラタマ


「ふにゅへあう〜…」←魔力切れ

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