幕間─兆(きざ)し─




 風切り音が響く。


 まるで雄叫びのように。


 それはこの地形によるものだ、しかし、知らない者はそれに恐怖を覚えるだろう。


───が、〝今日〟はまるで叫び声のように聞こえる。


 そして───風が………凪(な)いだ。


 ここは高く、生命などごく僅かな植物程しか生えない山の上だというのに。




 ある男の意識が覚醒した。


 真っ暗闇の、ど真ん中で。




 ふむ、久方ぶりに目覚めたな。




 男は目を開けた。


 真っ暗闇だというのによく見えた。


 なにも変わらぬ、当たり前の事。




 起きた理由はある『気配』だった。




 世界の境界を越え、数多(あまた)にある存在の中で一際目立つ…『其奴等(そいつら)』に…起こされた。




 この眠りに着いた身体は何も変わらない。


 悠久(ゆうきゅう)の時を過ごした身体は至って変わらない、眠りに着いたその時と変わらない。




 ここの匂いも最早懐かしくさえ感じるな。


 どれ、ひとまずは陽の光を拝むとしよう。




 眼の力をす───と強めた。




 ぎしり。




 重々しい音が響いた。


 きしきしと纏わり付いた植物の根が悲鳴を上げながら引き裂かれていく。


 次第に増していく陽の光。


 やがてその両の扉はぱっかりと口を開いた。




「ええい、邪魔だ。相当な日が経ったようだな」




 己に絡みつく植物達をか細い毛糸のように引きちぎりながら男は座禅状態から立ち上がった。




「気配には気付いていた。中々面白そうな男がいるでは無いか」




 クカカ、と男の顔には悪戯な笑みが浮かんでいる。




「退屈で眠りに着いた『あの日』から幾つの時が経った?クカカ、あの餓鬼供(がきども)は生きているのか?」




 久しぶりであろう大地を踏みしめながら男は外へ出た。


 陽の光に照らされ、出てきた姿は黒い獅子のようだった、


 黒髪を無造作に伸ばし、肩から引き千切られた黒い道着。


 男は丸太かと見間違うほどの太く、金剛石のように筋肉で張り膨れた両の腕を組んで景色を眺める。


 履物なぞは無い。


 その姿はまるで武神か、或いは悪鬼羅刹(あっきらせつ)か。


 人がその場に存在出来ていればそう零(こぼ)した事だろう。


 だがここに生存出来る生物は彼と限られた植物しか居なかった。




「陽の光なぞ幾年ぶりか。…ほう、中々の世界へと変わっている。…この大気へと満ちる魔力。まだ『古代聖霊』供は存在しているか」




 髭をなぞりながら男は広がる世界を『見下ろした』。


 森や川がただの色のようにも見えてしまう程に高い、この山の上で。




 ここに己を封じて正解だったな。ここは良く景色(時代)が見える。




「まずは『其奴等』を見てから現存しているだろう『弟』へと会いに行くとしよう。……なぁ………ラムダよ」




───気付けば男はその場から消えていた。


 その場にあるのは開いたままの石の扉。


 再び叫び声のような風の音だけが切なく辺りを撫でていた。


 男の目覚めはこの世界にとってどうなるのか。


 その答えはまだ誰も知らない。




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