時空を超えるリング

@KaedeDog

第1話 少女の輪

 透き通るような街道、その傍をゆるやかに流れていくのは真っ白な雲。地上から遥か彼方の上空でも、故郷を離れた植物たちはそんなことは気にもせずにそよ風に身を揺られている。

「ここは未来でも俺たちがいた時代に似てるよなぁ」

「ああ、確かにこの時代だと本物の植物とかは珍しいものね」

 心地いい陽気の中を歩く四人。アルドにエイミ、サイラスとリィカ。時空を超える冒険者たちはここ、浮遊都市ニルヴァを訪れていた。

 エルジオンでの生活に疲れた人々が集って作られた街のとおり、まるで田舎のような安心感のあるここは未来では貴重な場所だろう。

「しかし、いつもに比べて何やら人が多い気がするでござるな」

「あら、そういえばそうね。何かイベントでもやっているのかしら」

 エイミの疑問に自称高性能アンドロイドのリィカがツインテールをくるくると回しながら応えた。

「ドウヤラ、本日はマクミナル博物館で東方のブッピンが特集されているようデス!」

「へぇ、東方の特集かぁ」

 確かに、街ゆく人もここに住んでいるわけではなく、カーゴに乗って訪れた観光客のようだった。


瞬間、二ルヴァの街に轟音が響き渡った。街路がぐわんぐわんと波立ち、道行く人々はその衝撃にしゃがみ込む。

「な、何ごとでござるか!?」

「アルド、見て、博物館が!!」

「なんだって!?」

少し離れた浮島、マクミナル博物館があるはずの場所から黒煙が立ち上るのが見えた。

博物館の方から人が雪崩のように押し寄せてくる。悲鳴と怒号の中で四人ははぐれないようにがっしりと手をつなぐ。

「おい!いったい何があったんだ!?」

「博物館から化物が現れたんだ!みんなよくわからないまま逃げてる!」

 アルドの問いに逃げるおやじが応えた。

「兄ちゃんたちも早く逃げねえと喰われちまうぞぉぉぉぉ・・・・!」

 猛スピードで駆け抜けていくおやじの風圧で人混みがかき分けられた。

「アルド、どうするの!」

「EGPDが来るまでまだ時間がある・・・・逃げ遅れた人を助けないと!」

「人命救助はアンドロイドの使命デス!」

四人は人の波とは反対方向、博物館に向かって走り出す。


※※※


 轟音を響かせて、異形の怪物がガラスの路を闊歩する。逃げる人を踏みつぶそうとその脚を大きく持ち上げる。

「アルド!あれが件の怪物ではござらんか!」

「皆、やるぞ!」

 間一髪、間に合った四人がそれぞれの武器で受け止める。ぎりぎりときしむ音を立てながら怪物は四人を新たな標的と定めたのか、その首をこちらへと向ける。

 それは、何物にも形容しがたい姿だった。アルドはそれを竜だと思った。リィカはそれを工場都市で見るようなドローンかと認識した。エイミには、合成人間が自分たちハンターに向けるような純粋なる憎悪を感じた。

 それは、剣の集合体。そう呼ぶしか無かった。がちゃんがちゃんとぶつかりあう剣が何振りも、まるで竜のように形をつくり、金属音で雄たけびを上げていた。

『ッッッッッッッ!!!!!!!!』

「むう!なんたる面妖な!」

 剣竜が両腕を振り上げる、降ろされたそれを受け止める。アルドとサイラスの体に今まで感じたことのないほどの衝撃が走った。普段戦っている魔物などとは比べ物にならない、強者の一撃。魔獣王やオーガゼノンにも匹敵するのではあるまいか。

「っ!リィカ、エイミ!頼む!」

「了解!」「デス!」

 二人が攻撃を受けたその一瞬の隙、リィカとエイミが各々の武器を頭らしき場所に叩き込む。剣竜は、ぐらり、と体制を崩した。重圧が消えた瞬間、サイラスが連続で刀を振るった。『無為・涅槃斬り』。

「アルド!今でござる!」

 相当な強敵、出し惜しみはしていられない。アルドは腰の魔剣に手を掛けた。

「オーガベイン!」

 群青の刀身が鞘から解放される。握りしめた柄がうなるようにぶぅんと震えた。

「アナザーフォース!」

 時さえ切り裂く魔剣の斬撃、止まった時の中、それが剣竜に叩き込まれる。がらがらと音を立てながら、剣竜は形を失って崩れ落ちた。

 時が再び動き始める。風が吹き、雲が動き始める。

「はぁ・・・・アルド、大丈夫?」

「ああ、なんとか・・・・」

 震える足で立ち上がる四人。突然の強敵との戦闘でぼろぼろだった。

 EGPDが到着するのはいつごろか、怪我人の救助は始まっているのか、自分たちもと歩き始めようと、その時。剣竜がぐらり、と体を持ち上げた。

「なっ!?」

「内部エネルギー、急上昇!これハ!?」

 蘇った剣竜の口から、雄叫びでない言葉が発せられた。

『ロ炉路ロ路炉呂の二似にのく区々九く・・・・破壊破壊破壊破壊ハハハハハハハハハハハハ・・・・』

 ぎょっとして動きを止める、発せられた中で唯一理解できる『破壊』の言葉。

「みんな!まだ・・・・動けるか!?」

「やるしかないようね・・・・!」

 構える四人、だが、剣竜は攻撃を仕掛けるわけでは無く、その背中から巨大な翼を広げた。あっけにとられた一行の前で鋼鉄の体が空へと舞い上がる。

「に、逃げた・・・・?」

 猛スピードで空を駆ける剣竜は、あっという間に見えなくなった。


※※※


「結局、見つからなかったわね。あの機械竜」

 エイミの言う通り、あの後駆け付けたEGPD、更にはCOAも駆り出した大捜査にも関わらず、剣竜を再び見つけることはできなかった。

「しかし、あのような怪物が野放しとは、大変なことになってきたでござるな」

「結局あれは何だったんだろうな・・・・」

 博物館から現れた、それは恐らく今回の展示の品々だったのだろう。だがそれは恐ろしい怪物となってケースの中から飛び出したという訳だ。何が原因かは想像もできなかった。

「そういえば、アルドが斬った時に飛び散った破片がここらに落ちてなかったかしら。あれ、分析してもらえば何か分かるんじゃない?」

「分析って?」

「ほら、そういうのが得意なのがいるでしょ」

「・・・・セバスちゃんか!」

「ご名答」

 飛び散った破片を拾い集める。古い鉄、くすんだガラス玉、砕けた宝石のようなもの。博物館での東方展で展示されていたものには間違いなかった。(最も、あの博物館の展示は実際とはかなり異なる説明書きが添えられていたが)

「・・・・ん、何だこれ?」

 アルドが拾い上げたものは、輪っか状のパーツだった。それは、指輪というには大きすぎ、腕輪というには小さすぎた。なぜそれが特別目に留まったのか。

「この破片だけ妙にきれいだな・・・・」

 周りに散らばった破片はみな一様に砕け散り、あるいはくすんで錆びついている。ところが、その破片はまるで今の今まで磨かれていたかのように静かに輝きを放っていた。

 そっと拾い上げると、それは陽光を反射してきらりと光った。

「おお、アルド。なんでござるかそれは?指輪・・・・にしてはちと大き過ぎるような」

「サイズの間違ったアクセじゃない?あの博物館そういう変なの多いし」

 そう言った、次の瞬間。掌の中がぶぉんと震えた。

『・・・・おぬしら、ずいぶんと失礼な物言いじゃのう』

 本日二度目の唖然とした四人にそう言って『それ』は話しかけたのだった。


※※※


『全く!人が話しかけた途端に叫ぶとは一体何ごとじゃい!』

「いや、驚くなっていう方が無理でしょ・・・・」

 エイミが漏らした言葉に『なんじゃ?』と反応しながらも、それは宙に浮いてくるり、と一回転した。

『さて、自己紹介が遅れたの。わしは・・・・うむ!今はただのリングじゃ!気軽にリンちゃんと呼ぶがいいぞ!』

「ええっと、リンちゃん・・・・?」

 リンちゃんは宙で嬉しそうにくるくる回り続ける。

「それでおぬしたちは・・・・?」

「ああ、俺はアルド。こっちは旅の仲間の・・・・」

「ハンターのエイミよ」

「拙者はサイラス、侍でござる」

「ヘルパー・アンドロイドのリィカ、デス!」

 各々の自己紹介、と、リンちゃんが突然興奮したように話す。

『むむむーっ!そこのカエル、最初は魑魅魍魎の類かと思ったがおぬし、侍じゃと!?あれから幾年月、数え切れぬ春と秋が過ぎ去ったと思っていたが・・・・いや、それよりも!』

 リンちゃんが今度は慌てたようにうろうろと浮遊する。

『わしがこうして浮世にいるということは・・・・封印は?わしと共にいたあの者たちはどこへ行ったのだ!?』

「封印?」と聞き返す。思い当たるのは先ほど博物館から現れ、彼女(?)を残していったあの剣竜。そのことを聞いたリンちゃんは明らかに絶望していた。

『結局、封印が解かれてしまったとは・・・・その上、空を飛んで逃げたじゃと!?やつめそんな芸を一体どこで・・・・』

「リンちゃん、あのよくわからないのが何か知ってるの?」

 あれは、古の呪い。奇妙なリングはそう応えた。

『人の憎しみが生み出した、破壊の呪物じゃ』

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