エクロージョン

@1640

第1話

 古代の闘技場を模した円形のスタジアムに、第三回高等学校ロボット武道大会の横断幕が掲げられている。

 快晴の空の下、試合開始を待ち望んでざわめく観客の視線が、中央の舞台で向き合う二体の人型ロボットに注がれていた。

 ロボットは電気刺激で伸縮する流動繊維に、五歳前後の子供を思わせるずんぐりとした青白い外骨格をまとう。昆虫に似た構造からサナギと呼ばれている。

「これで武器の密度は命いっぱいだ。残りでリーチを伸ばすか」

「いや、防具の厚みにまわそう。初戦だし、まずは守りを固める」

 客席下に設けられた操作室で出場チームのムスとチャドが、手元のモニターを眺めながらロボットの調整を行っていた。

「無理に規定量を付けることもないだろう。デットウェイトになるだけだ」

 二人の後ろで、操縦士用シートの座るレミが不満を口にした。

「相手は前大会のベストエイトだ。慎重にいくべきだろう」

「敵にあわせる戦い方じゃ勝てないって」

 レミはムスの意見に聞く耳持たず、必要なのはスピードとパワーだと唸りながら、シートの肘掛をつかんで体をゆする。

「やかましいだけだから、もう同期させてしまおう」

「そうだな。レミ、同期を始めるからヘッドギアを付けろ」

 調整を続けていたチャドのなげやりなつぶやきを受け、ムスが指示を飛ばす。

 レミは笑顔を浮かべて側らに置いてあったコード付ヘッドギアを被る。シートに深く座りなおすと親指を立てた。

「起動準備完了。あとは認証コードだ」

 ヘッドギアに赤いラインが流れる。

 How hard can it be

 レミの読み上げたコードをヘッドギアが認識し、ラインの発光色を青に変える。

 この競技最大の特徴は操縦士の脳神経をロボットの制御機能と繋げて、文字通り一体になること。レミの短い奇声が操作室に響く。

「なんだ。足が動かないぞ」

「レッドシグナル前で拘束は解けていないって。それよりバイザーを下ろせ。それじゃ見えないだろ」

 シートで踏ん張っているレミに、ムスが顔の前に手のひらをかざして忠告する。

「見えてるって」

 そう言ってレミが操作室の先、舞台を指差せば、ロボットが上半身をひねり、ムスに向かって手を振る。観客席に歓声が起きた。

 同期したレミの視神経は、ロボットのカメラ映像を認識している。そこに肉眼の映像が重なる。目をつむるなりバイサー下ろして視界をさえぎらなければ、めまいを起こす。はずなのだが。

 器用なものだと、ムスは何事もなくロボットの腕を回し、同期の感触を楽しんでいるレミの様子にあきれた。

 試合開始を予告するベルが打ち鳴らされ、舞台周囲のレッドシグナルが点灯した。

「こんなものかな。それじゃ、プラズマコーティングをかけるよ」

 黙々とモニターを見つめていたチャドが顔を上げた。するとロボットの周りに無数の細かな光の粒が浮かび上がる。サナギを破り、羽を伸ばすように。

 プラズマコーティングと呼ばれる粒子を各自で自由に形成し、それが戦うロボットの武器や防具になる。規定の用量をどのように配分するか。それが戦略の一つになっている。

 レミの操るロボットは手足に粒子が集中していく。密度が濃いためその部分が一層輝いている。対する相手のロボットは剣と盾を形成し、全身を粒子の鎧でくまなく覆っている。

 勝敗はこの粒子を相手の素体正中線に当てることで決まる。

「結局、防具に回したのか。視界が悪くなってる」

「でも、かっこいいだろ」

 チャドの言葉に、レミはまんざらでもないと歯を見せる。頭部や胸部の一部に施された粒子の鎧にはいくつもの角がついていた。

 足の拘束が解除され、レミのロボットはその場でステップを踏む。対戦相手はフラフラと足取りがおぼつかない。自身とまったく違うロボットの体格に感覚がつっかえている。

 酔っているな。まぁ、普通はそうなるだろう。二体を様子を見比べていたムスは、レミの適正に改めて感心していた。

 レッドシグナルの中に数字が表示され、短いブザー音とともにカウントダウン、試合開始のグリーンが点灯した。

「よし、相手の間合いを計ろう。じっくりと接近し」

 ムスが戦略をめぐらせる矢先、手足を輝かせているロボットが駆け出した。

 その独断行動をとがめるよう怒りに任せて操縦士の名を叫ぶが、歓喜に吼えるレミには雑音でしかない。いい走りっぷりだと、チャドの乾いた笑い声が混じる。

 歓声の中をまっすぐに正面から距離をつめていく。対する相手ロボットは盾の後ろに身を隠して構える。

 二体の激突に高まった観客の期待が、ふと途絶える。レミがロボットを跳躍させた。人間同士の格闘技ではありえない高さだ。

 盾の裏に潜んでいた対戦相手だけがその動作に気づいていない。標的を見失い、あわてて左右を確認するその頭部を真上から蹴り飛ばす。

 粒子の干渉で光がはじけた。密度で勝るレミの飛び蹴りが相手の鎧を砕く。

 蹴りの反動で後方に両手を突いて着地したところで、試合終了のベルが鳴った。初戦に勝利を収めたレミたちのロボットは、沸き返る歓声に包まれた。

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