第1話 窮地

時はAD1100年

雨の降りしきる廃道ルート99をアルド達は駆けていた。

シエルはアルドの逞しい背中を追いかけ、

シエルの後ろをイスカが後方の敵に警戒しつつ、息を切らせない様に、

しかし速度を保ちながら駆ける。

その後ろを、音を立てず影の様に、サイラスが続く。


シエル「お兄ちゃん危ないッ!!」

アルドは振り返ろうとすると、視線の斜め上ををサーチビットの

銃撃がかすめた。

直後、廃道の下から縦横無尽にサーチビットたちが襲い掛かる。

イスカ「ちっ…下からか!」

アルドは複数のサーチビットの照準に捕らえられていた。

やばい!撃たれる!!

アルドは体勢を整える時間がなかった。

シエルは脚を止めて弓を構えた。

シエルの濡れた金色の長髪が揺れ、そこから弾かれた水の粒が宙を舞う。

竪琴のような形をした弓の弦が極限まで張り詰める!

刹那、一寸の光が放たれ、遅れてハープの音色が雨音をかき消した。

光の矢の風圧に煽られ、アルドを捕捉していた複数のサーチビットの統制が乱れた。

その隙をアルド達は見逃さない。

アルドとイスカとサイラスはほぼ同時に炎と水と真空波を纏った剣技を放つ。

周囲のサーチビット達は赤いスパークを纏い、白煙を吹きながら堕ちていった。


いつも通りの連携技で、多くの死戦を潜り抜けた彼等だが、

いつも通りではない、この敵の物量になんとか逃げるのが精一杯なのだ。

イスカ「アルド…この状況はまずい!こんな戦力は計算外だ!」

アルド「それにしてもコイツら恐ろしく硬いな!」

サイラス「機動力も桁違いでござる、このまま長引いては不利でござるよ。」

シエル「こんな…ところで、負けられない!!」


明らかに、何かがおかしかった。

敵勢力の規模もそうだが、単純に敵の個体レベルが

圧倒的に跳ね上がっている。

あの時と同じ。《2日前のニルヴァの時》と同様に。

KMS社の新技術というわけではない。

サーチビットやアガートラムの機体は何ら変化はない、

それどころか、敵の機体には所々に錆や経年劣化の跡がある。

紛れもなく此処は、いつもの廃道ルート99であり、

現在戦っているのは工業都市廃墟で倒した敵勢力の残党だった。

敵の本隊はエルジオンにテロを仕掛けようとしていた合成人間の一個師団で、

兵士十数名から成る小部隊だった。

アルドはいつも通り、少数精鋭でこれを見事打ち倒した。

そして、今戦闘中の残党はアルド達の敵ではない…筈であった。


ところが、十数名の本隊に対して、現在戦闘中の敵の数は不明。

偵察用である、軽量化のために武器を制限されている筈の

サーチビットでさえ、先に倒した《本隊》以上の戦略を必要とした。

確実に近づいてくる限界に4人は焦っていた。

徐々に敵の攻撃を交わせなくなってくる。

致命傷は避けているが、4人とも徐々に手傷を負い、ダメージが蓄積されていく。

特にシエルは他の3人と比べて幼く、体力が続かないようだ。


しかし、これ以上逃げ続けるわけにもいかなかった。

アルド「みんな、ここで踏ん張るぞ!!これ以上下がったらエルジオンが…」

サイラス「心得たでござる!」

イスカ「了解した!」



―――??

シエルの返答がなかった。

反射的にシエルの姿を探したアルドが見たものは、

異常な速度で突進してきた、アガートラムの一撃をまともに受けるシエルだった。

シエル「ぅぐえぇ!!」

巨大な鉄のアームの重い一撃を鳩尾に撃ち込まれ、鈍く嫌な音がして

シエルの小さな身体が宙を舞った。

アルドは咄嗟にシエルを抱き止め、なんとか廃道からの奈落への落下を食い止めた。

シエル「…おにい…ちゃん…ごめ…なさ…」

今にも消えそうな小さな声でシエルが言う。

アルドは恐怖した。もし万が一にもシエルを…仲間を失うなんてことになったら?

守りきれなかったら?


此処は今まで何度も往復し、難なく切り抜けた場所である。

勝手知ったるこんな場所で、仲間の1人を失う?そんな馬鹿な…!

背中から寒気にも似た不安、寂しさがアルドを包み込み、

腹から灼熱の如く湧き上がる自分への怒りと不甲斐なさがアルドの身を焼き尽くす。

自身を引き裂かんばかりの感情をアルドは理性で抑え込む。

自分の負の感情を払拭するために、シエルに笑いかける。

アルド「守るからな!…オレが!」

シエルは申し訳なさそうに目を閉じた後、嬉しそうにアルドに微笑み返した。


アルドは少し、救われた気がした。

シエルはアガートラムの重い一撃のダメージで立ち上がれそうにない。

それでも、なんとか呼吸を整えようとしていた。

シエル「大丈夫…だから、ボクは!」

イスカとサイラスも二人のもとに駆け寄り、

2人を守る様に大勢の敵に向き合う。

サイラス「シエル!無事か?」

アルド「一体どうなっているんだ、こいつらのこの力は?」

イスカ「今考えても解らないさ、囲まれるぞ!動けるかい?」

アルドは抱きかかえているシエルを窺う。肩が弱々しく震えている。

呼吸が浅く、早い。

シエル「お兄ちゃん、ボクは大丈夫。…逃げて、早く!」

シエルはまだ動ける状態じゃないのは明らかだった。

それどころか、早急に治療が必要だった。

逃げて…とは、自分を捨てて行けという意味だった。


アルド「お前を置いて逃げるなんて、

そんなことは絶対にしない。お前を見捨てない。絶対にだ!」

サイラス「うむ、その通りでござる…が…」

イスカ「…修羅場…だね!でも、これ以上我らの歌姫に怪我を負わせるわけには行かないよ。そうだね、アルド!!」

イスカの喝はアルドの不安を和らげ、アルドは力強くそれに応える。

アルド、シエル、イスカ、サイラスの4人がこの修羅場に立ち会うことになった

理由はいつも通り、アルドのお人好しのせいか?それとも…。


―――ジェミ?…お前のせい?何でだよ?…―――


アルドは剣を握りしめて立ち上がる。

最早 完全に逃げ道は無かった。周囲は完全に合成人間に包囲されていた。

桁違いに強化された合成人間の部隊。

桁違いの勢力の敵。


しかし、アルドは彼等から一切の意思を読み取ることが出来ないでいた。

まるで何かのコントロール下にあるようだと思った。

無論、その違和感にイスカもサイラスも気づいている。

彼等はアルド達を囲い込み、幾重にも層を形作り、波の様に襲いかかった。

襲ってくるのは、アルド達に近い内側のみ、内側が倒されたら次の層が

順番に襲いかかる。

敵勢力は大きな渦を描いて、その渦にアルド達は飲み込まれようとしていた。

個にして全。まるでひとつの大きな敵と戦っている様だとアルドは思った。

イスカもサイラスも、疲弊し、傷ついている。

アルド「ちくしょう。応えろオーガベイン!」


―――アルドが提げている大剣は意思を持つ。

その意思は人類への復讐であり、悪意であり、人類から歴史と未来を奪われた

オーガ族の悲しみである。

しかし、今のところアルドとは協力関係にある筈だったが、

先程からアルドの呼びかけには応えない。

応えないというより、アルドの声が届いていないと言った方が適切だろう。

もし、オーガベインの意思がアルド達の死を望んでいたとしたら、

その時は彼自身がアルドを殺そうとする筈なのだ。

声が届いていない、封じられている。

しかし…こんな真似ができるやつが存在するのか?


解らないことだらけだったが、このままでは仲間達が…!!

アルドは仲間を失う不安に押しつぶされそうだった。

そして、それは現実になりそうだった。

合成人間の兵に取り囲まれて、倒されつつあるイスカに、

アガートラムが振りかぶり、兵士ごとイスカを叩き潰そうとしていた。


アルド「やめろおおおおお!!」


アルドの絶叫と共に見慣れたスパークと共に、蒼白い歪みが上空に出現した。

アルド「な…時空の穴?」

アガートラムの一撃を既の所でかわしたイスカは冷静だった。

イスカ「偶然にしては出来すぎているね。」

サイラス「ここはひとつ飛び込むでござる。多分ここよりはマシな場所でござろうよ!」

アルド「そうだな。とにかくここから離脱だ。はぐれるなよ、みんな!」

アルドはシエルを抱き抱えると、ぐったりとしていた。

シエル「けほ…けほっ…ぅえっ…」

弱々しく咳き込んでいるシエルの顔を見ることが、アルドには出来なかった。

思った以上に傷が深いのかも知れない。今、もしかしたら…血を吐いているのかも知れない。

それは、怖いことだった。仲間が苦しむ姿というものはアルドにとっては

直視し難い事だった。

特にシエルは、アルドの最初の仲間なのだから。




――そう、たしか、ジェミと会ったとき――

――あの子に会ってからだ――


――シエルの笑顔が曇ったのは――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る