第38話 満天姫、イケメンにも塩対応する
「それにしても、姫……。なかなかの沙汰。若いのによい判断をなさる」
(何、この人、上から目線……)
若いと言うが九郎も十分に若い。年の頃は二十四、五歳である。
幕府の役人の態度も気になるが、実に謎の人物である。
雪乃が見たところ、目付や奉行よりも上役か、藩内でまことしやかなに噂されている上様の隠し子説が濃厚かもしれない。
ただの浪人というわけではなさそうだ。
「お主はわらわの考えに賛成ではないのか?」
不意に満天姫が聞いた。
褒めてはいるのに、言葉に何か言いたげな臭いを感じたからだ。これは雪乃も感じていた。
満天姫にそう言われて九郎はニヤッと笑った。
雪乃は何だか嫌な笑い方だと思った。
イケメンのこういう何でも知っているというような笑いは、乙女ゲーで何度も体験している。もう食傷気味なのだ。
ただ、こういう態度でコロっと落ちる女もいる。
というか、最初の頃。初心うぶな雪乃はコロっと騙され、選択を誤ってライバルキャラにイケメンを獲られたことがあった。
(まさか、満天姫様……)
雪乃は満天姫を見る。
能面のような無表情。
(わけないよね~)
塩対応である。
この姫、イケメンに反応しない。
「姫は勇ましくても女性。男の……武士の心情は理解できますまい」
そう九郎は答えた。満天姫は顔をしかめる。
答えに納得してないようだ。
「では、お主ならどう裁定するのじゃ」
パチンと扇を鳴らした満天姫。
変な答えならこのイケメン食客を罵倒するつもりだろう。
「そうですね。私なら……」
九郎は後ろの庭を見ている。白石が敷き詰められた美しい庭園。三十五万石にふさわしい雅な風景だ。
この男はちょんまげスタイルではない。きれいなロングストレートの長髪男子。リアルEDOなら、絶対にいない髪形だ。
乙女ゲーで見飽きている雪乃は別に違和感がない。この江戸時代風異世界に暮らしている満天姫も三女中も同じであろう。
「前原の家は長男に継がせ、石高も姫の提案通り減封。その差額は被害者への救済に当てます。違うのは、左近丞は遠流ではなく切腹」
「死罪とするのか?」
満天姫の口調は少し悲し気である。
雪乃は満天姫がその裁定を考えになかったわけではなかったことを悟った。
「まあ、恐らくはそうなるでしょうね」
九郎はそう意味ありげなことをつぶやくと、部屋の中の満天姫や雪乃に会釈して去って行った。
左近丞が自ら切腹したということを満天姫と雪乃は聞いたのは二日後のことであった。
幕府からの裁定待ち中に、自ら腹を切ったのだ。剣豪を自慢とし、町民を見下して人斬りを楽しんでいたゆがんだ性格であった左近丞。
女性である満天姫の剣に敗れ、ふんどし一丁姿にされて縛られたという恥辱を晴らすには、そうするしかなかったのであろう。
「気の毒ですが、十一人も死傷させたのですから、その報いでしょう」
雪乃はそう言って満天姫の顔色を窺うと、姫は重い口を開いた。
「男とは本当に馬鹿な生き物じゃ。名誉などというものに縛られる。それに死では償えぬものじゃ……」
どうやら満天姫は死刑廃絶論者らしい。
罪は生きて償うもの。そう考えているのだ。
前原家をお家断絶にしなかったのも、被害者への救済のためということが最初にあったのであろう。
雪乃は満天姫の考え方に共感した。
ちなみに背中を斬られた留吉は、傷も治り、前原家から得た見舞金で町に小さな露店の魚屋を構えることができた。
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