第30話 満天姫、勝利する
(さっきから、思いますけど……この展開……)
満天姫の後方二間ほどで待機している雪乃は、この急展開に戸惑っている。
目の前には鬼の面を付けた人斬り。
相対する満天姫。
忍びに間一髪で助けられたお栄。
そして斬られて倒れている留吉。
(この展開はお江戸日記に合ったけど……全然、違う~っ)
雪乃が知っているこのイベントは複数分岐の重要イベントだったはずだ。
ここにいる忍びのアルト。そして幼馴染の魚屋の留吉。
この二人はお栄の攻略キャラである。
そしてここに能登守が現れる。
この人斬り鬼と対決するのはメイン攻略キャラの能登守だったはずだ。
(この状況では、どう考えても能登守は来ない~っ)
お栄が能登守に助けられると、能登守ルートへ足を踏み入れる。
アルトや留吉が助けに入るとそれぞれが攻略ルートになるはずだ。
しかし、留吉は斬られて倒れている。
アルトはお栄に飛び掛かって助けたものの、鬼に対しているのはゲームでは、『悪役』だったはずの満天姫である。
(あなたが助けちゃダメでしょ!)
そう思いながらも雪乃は人斬り鬼と満天姫の対決を見守る。
いやいや、本当は見守っていてはいけない。
満天姫が人斬り鬼に負ければ、ここにいる者は全員殺されることは間違いがない。
満天姫の次に戦闘力があるのは、忍びのアルトであるが、この男、情けないことに満天姫より弱い。
よって、満天姫が負ける相手に勝つことは期待できない。
(だから、あんたはさっさとお栄さんから離れて、加勢しなさいよ!)
雪乃は目でアルトを見るが留吉の応急手当を終えて立ち上がったアルトは、加勢をする気が全くない。
どうやら満天姫の戦いを観戦する気のようだ。
(そうか……。こいつだけなら、満天姫が負けたらさっさと逃げる選択もある)
そう思いもしたが、そんな考えがあるようには思えない落ち着きぶり。
満天姫が勝つことを疑っていないような眼だ。
「あちゃ~っ。こりゃ、だめだ」
思わず、小声でそうつぶやいてしまった。
忍びのアルト、完全に満天姫の犬状態。主人が勝つこと以外考えていないのだ。
(私は違うよ。ここは冷静に……。いくら満天姫が強くても勝てないでしょ。そもそも人斬りの方が体格も大きい。パワーが違う。勝てるはずがない)
満天姫の身長は百六十cm。この時代なら大柄とも言えなくはないが、
令和じゃ華奢に分類されるレベル。対する鬼の面の人斬りは身長百八十cmを越える。刀を握る腕の筋肉を見ても、体はプロレスラー並みのポテンシャルである。
「いくぞ、紅い血を散らして咲き誇るがいい!」
人斬りが突っ込んだ。その速さは雪乃では追うことができない。が、満天姫も抜刀した。これもしたように見えただけで、目で追えない。
人斬りが満天姫の後方に振り上げた刀を下にして静止した。満天姫は抜刀した刀を納刀している。つばがパチンと言って鞘に納まる。
同時に満天姫が被っていた奇妙な竹製の兜が真っ二つに割れて、ちょっと意地悪そうだけど、美形の顔が露わになった。
「満天姫様!」
「満天姫様!」
思わず雪乃は叫んだが、お栄も同じタイミングで社の木々にこだました。
が、次に人斬りの付けた鬼の面が割れた。そして額にツツツ……と血が流れていく。
さらに両足の踵から血しぶきが起きる。
満天姫はあの一瞬の剣撃で額を切り裂き、さらに両足のアキレス腱を断ったのだ。満天姫はあのへんてこな兜が斬られただけである。
「ば、ばかな……いくらなんでも……速すぎる……」
人斬りは白目をむいた。そして崩れるように倒れる。
「し、死んだ?」
雪乃はそう言ったが満天姫が否定する。
「殺してはいない。動けないように足の腱を斬り、後頭部に峰打ちした」
(はいはい……三連撃ですか。もう驚きません)
「留吉、留吉!」
対決が終わり、我に返ったお栄が留吉に駆け寄る。背中を斬られ、出血はしているが意識はあるようだ。
「アル、すぐに血止めをせよ」
淡々と満天姫はそう命ずる。アルトは忍びであるから、こういう時の応急処置はお手の物だ。すぐに布で傷口を抑えて止血をする。
「姫、血は止まりそうですが、医者に見せないとまずいですよ」
「……仕方ないのう」
満天姫がそう言って首を傾げた。
「屋敷へ連れて行こう。お栄の幼馴染だ。秋葉藩邸には藩医がおる」
「あの、満天姫様……。あの人斬りはどうしますか?」
雪乃は白目をむいてまだ気絶している人斬りを指さした。少し白髪まじりであるが、品のある中年の侍である。噂どおり、どこぞの旗本の殿様かもしれない。
「吊るしておけ」
満天姫はアルトに命じて、人斬りの男をふんどし一丁にして、社の柱に括り付けた。
「この者、世間を騒がした人斬りなり。よって成敗」
そう書きつけた紙を貼る。着ていた着物や割れた面。
凶器の刀をたたんで足元へ置く。
これで見つけた人間が番屋へ通報するだろう。人斬りは捕らえられる。
「それでは急ぐぞ」
満天姫に言われてアルトが留吉を担ぎ、秋葉藩邸へと急ぐ。
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