第29話 満天姫、鬼と戦う
「お栄、雪乃の傍におるがよい」
そう言って満天姫はお栄を地面に下ろす。お栄は言われるまま、雪乃の傍に移動する。
「さて、今から鬼退治をしようではないか」
鬼の面を被った人斬りの男と五間(約9m)ほど離れた場所に堂々と立っているのは凛とした袴姿のお姫様である。
左腰には一振りの刀。鞘が茜色に染められた満天姫の愛刀『紅椿』である。
(くうううう……。かっけ~っ!)
先ほどから展開されるイベントに雪乃はそう心の中で叫ぶしかない。
悪役姫なのにイケメン過ぎる。
助けられたお栄も心なしか顔が桃色に染まっている。
「姫さん、こっちの男は早くしないと死ぬな……」
アルトは駆け寄り、背中から斬られた留吉の具合を見ている。
留吉を抱えて、人斬りの後方にいつの間にか移動していた。
「うむ。時間はとらせぬ」
満天姫はアルトの言葉に頷くと紅椿に右手をかけ、ゆっくりと腰を落とした。
急展開に時が止まったように動かなかった鬼の面の男であったが、くぐもるような笑い声を上げた。
いくら般若の面を着けて素顔を見せないようにしていても、普通に考えれば、複数の人間に目撃されることは、自分の面が割れてしまう危険がある。すぐにこの場所から立ち去るはずである。
しかし、人斬り鬼は留吉を切り伏せた刀をゆっくりと上げていく。
「くくく……。満天姫だと……聞いておるぞ。女だてらに刀を振り回す刀姫の異名を取るそうではないか。十二人目は大名の思い人と決めていたが、お前にしよう」
「貴様、十一人も殺したのか……」
(これは相当に怒っていますよ)
満天姫の傍らで対決を見守っている雪乃。
境内の裏手に誰かいるのを感じて様子を伺いに来たらこの修羅場。
普通の女の子ならパニックを起こしてしまう緊迫した場面であるが、雪乃は不思議と落ち着いていた。
もう想定の右斜め上を行く満天姫と一緒にいることがそうさせないのであろう。
例えるなら、ゲームで圧倒的な力をもつ仲間がいる状態。
自分は何もしなくてもこの修羅場は突破できる安心感がある。
(ああ……めらめらと闘争心が燃えているのがわかります。この人、悪役姫なのに正義感ありすぎでしょ!)
満天姫の言葉は静かだが怒りが燃え上がっていると雪乃は感じた。
「正確にはまだ十人だ。そこの男はお前を斬った後にとどめをさす」
そう言って留吉に視線を送る。留吉の顔は徐々に白くなり、手当てを急がないと本当に死んでしまうだろう。
「ふふふ……わらわを十一人目にするとは笑える」
満天姫は笑いながら、頭に被った笠を取る。あの珍妙な竹製の兜を被った満天姫が顔を出した。
その姿に人斬りは一瞬たじろいだ。たぶん、予想の斜め上だったからだろうと雪乃は思った。緊迫した心のせめぎ合いは、満天姫が圧倒している。
そして、マウントするかのような余裕の台詞を吐く。
「十一人目は鬼のお前だ」
(くーっ、かっけー……けど……。姫様、それは主人公の台詞。悪役姫の台詞じゃない!)
雪乃はお栄の方を見る。もう満天姫に釘付けだ。ついでに百姓の格好をした忍びの少年も釘付け。
満天姫は鞘を握るが刀身は抜かない。
抜刀術の構えだ。
(かっけー! 悪役姫じゃなかったら、惚れてしまいそう)
雪乃はそう思ったが、きっとこの場にいる人間は人斬りを除いて、同じ思いであろう。
「面白い。そうではないと十二人斬りの願掛け成就にふさわしくない」
鬼の男は刀をゆっくりと上段へと移動させていく。
「可憐な姫は我が庚午一刀流の技で葬ってやる」
鬼は流派を名乗った。流派を名乗れば、それだけで正体がばれる危険がある。
それを厭わないのは、自分の素性を隠すためにここにいる全員を殺すという意思表示とそれを成しえる自信があるからである
「ならば、わらわの観月無心流の技で返そうぞ」
満天姫も受けて立つ。
その態度が板についている。
まるで歌舞伎役者の決め台詞のようである。そしてそれは確実な勝利を見る者に確信させる。
(満天姫様……イケメン過ぎます!)
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