第22話 満点姫、お団子を食べる
お栄がそんな好意的な想像をしている時、雪乃と満天姫は外に抜け出す計画を密かに練っていた。
満天姫付きの松、竹、梅の三女中は秋葉藩の人間であるから、誰とつながっているか分からない。よって、三人に内緒で準備をするのは容易ではない。
実際には満天姫に恐怖している三女中は、香姫の要求を断り、満天姫側についている。
ばれたら間違いなく成敗されると言う恐怖に抗えないのである。
また、ここまで仕えてきて満天姫の不思議な魅力に感化されていることもあった。
強烈な恐怖とそれとは正反対の優しい態度に三人とも魅了されつつあったのだが、まだ、それを自覚するまでは至っていなかった。
「満天姫様。外に出る方法ですが……思いつきません」
雪乃は知恵を絞ったが屋敷を出る方法が思いつかない。
出入りの商人の一行に交じって出る方法を考えたが、商人を説得する方法がない。
商人だって、この申し出は受けないだろう。
リスクばかりで見返りが何もない。下手をすると正室候補をかどわかした罪で死罪もありえる。
「そんなのは簡単じゃ」
満天姫はそう答えた。どうやら、この姫は外に出る方法を知っているらしい。
(そういえば、満天姫様は幼少の頃より、この屋敷に来ていたとのこと)
どこかに抜け道があるのだろう。屋敷の外に出ることができれば、あとは変装するだけである。
雪乃は自分の分の町娘風の小袖を用意したが、満天姫の格好には頭を悩ませた。自分はともかく、町娘風の格好をすれば返って目立ってしまうだろう。
そこで着物と袴を用意した。令和でいけば女子大学生の卒業式の正装姿である。
江戸時代風のこの世界なら、女剣士である。
女剣士でも珍しいが少なくとも大名の姫には見られないだろう。
この姿に笠を被れば顔は見えないから何とかごまかせる。
そもそも満天姫は愛刀の『紅椿』を手放さないから、この格好でないと目立ってしまう。町娘の格好で刀はもてない。
そこまで準備するのに1日を要した。決行の日は明日の昼過ぎである。
昼の食事をした後は満天姫は一人で過ごす時間がある。いわゆるお昼寝タイムなのであるが、三女中は退席していなくなる。
後からいないことが分かって騒がないよう、手紙を置いておけば黙っているだろう。
自分たちの責任問題にもなるから、満天姫がいないことを隠すしかない。
*
翌日になった。
町へ買い出しに行く日である。
「あの……姫様」
屋敷の裏手の茂みに満天姫と一緒に隠れた雪乃は、抜け道へと進む満天姫の後姿を見てそう声をかけた。
「なんじゃ?」
満天姫はそう言って振り返る。
屋敷の人間に見つからないよう小声である。
「確かに私が用意したお着物を召していらっしゃいますが……」
雪乃は満天姫の顔を見る。満天姫は長い髪を下ろし、ポニーテール風にくくっていたが、それよりもその状態で被っているものに驚いていた。
「その頭に被っておられるものはなんでしょうか?」
「兜じゃ」
「ですから、なぜ兜を被っておられるのですか?」
「これは鉄製ではない。竹でできているから軽いのじゃ」
「答えになっておりません」
雪乃が指摘するとおり、満天姫はまるでスクーターに乗る時に使用するオープンフェイスのヘルメットみたいなものを被っていた。
満天姫の説明によると竹を編んで作ってあるようで、ところどころは鉄板で補強されているという。
「いくら笠で顔を隠すとはいえ、そのようなものを頭に着けていては怪しまれます」
雪乃は必死である。そんな変な格好では目立ってしまう。
「外は危ないと聞いておる。これくらいの武装は許されるのじゃ」
「江戸の町は危なくありません」
雪乃はそう断言したが、実のところ江戸にはつい最近きたばかりで、しかも町を歩いたことは一度もない。
近江の国から歩いて赤坂藩の江戸屋敷に入った時に少し見ただけである。
それでも江戸の治安は比較的よかったという認識は、乙女ゲーム『大江戸日記~春爛漫~』での情報からであろう。
主人公お栄が暮らしていた江戸の町は、基本的には人情溢れるにぎやかな平和な町であった。
「何を言う。武家の女子たるもの。常に備えをしておくことが肝要ぞ」
「ですが……」
そう言いかけたが止めた。満天姫を説得することなど無理だと思ったのだ。
それに考えようによっては、このへんてこりんな格好のおかげで大名の姫とは思われないかもしれない。
「雪乃、ここじゃ」
満天姫は屋敷の塀を叩いた。するとどうだろう。白い壁の一部がぱたりと上へひっくり返った。そこだけ表面が白壁に偽装された板が貼ってあるのだ。
板を上げるとそこにはぽっかりと穴が開いている。ちょうど、大人が一人這いずって通り抜けることができる穴だ。
「姫様、こんな仕掛けをいつ?」
「幼少の頃からじゃ。知っているのは秋之助のわらわだけじゃ」
「はあ……」
通り抜けた側の屋敷は、満天姫の祖母が出家して暮らしているところだ。
小さな屋敷で使用人はわずか。庭を通って通用門から外に出ても気づかれることはない。
そうやって雪乃は奇妙な格好の主君と外に出た。
江戸の町を歩くのは初めてである。赤坂藩の城下町は歩いたことがあるが、さすが将軍様のお膝元である。故郷の町とはスケールが違う。
「雪乃、あれはなんじゃ?」
竹製のヘルメット、もとい、兜を被った満天姫が雪乃に尋ねる。
見ると小さな看板代わりに旗にだんごの絵が描いてある。
「たぶん、団子屋だと思います。団子を買うと店の前に座って食べることができます。お茶も振舞ってもらえます。
城下でも見た店だから、江戸でも同じだろうと雪乃は説明した。
「そうか」
「あの?」
雪乃は無表情であるが満天姫がとても興味をもっているのだと確信した。同じ無表情で短い返答でも何となく感覚で主人の気持ちを察することができる。
「お団子を食べましょうか?」
そう雪乃は満天姫に尋ねた。
「そうじゃな。お主が食べたいのなら、民の食べ物を食べてみるのもよいな」
たぶん、心の中はもっと積極的なセリフをしゃべっているだろう。
雪乃は何だかほこっとした気持ちになった。そして袂から銭を出すと満天姫と自分の分の団子を注文した。
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