第19話 満天姫、香姫を一蹴する
そしてそのちょい悪姫が姿を現した。お付きの女中が十人を従えている。
満天姫でさえ三人なのに破格な待遇は、この秋葉藩の一族だからであろうか。
「満天姫様にはご機嫌麗しく存じます」
畳に手をついて型通りの挨拶をする香姫。
まだ十五歳で色気も何もないが、結構な美形である。
ただ、性格は顔に出ると言われるが、美人なのにどことなく高慢さが感じられる。
ツンとした顎の位置やきゅっと結んだ口がそれを物語っている。笑みを絶やさないがどことなく人工的な冷たさが出ている。
「何用じゃ」
例のごとく、能登守以外にはコミュ症で言葉が素っ気ない満天姫。能面のような表情だから、本人はそんな気持ちは1ミリもないのに威圧感が半端ない。
何かを言いに意気込んできた香姫がその威圧に負けて、再び視線を畳に落とした。
しかし、それではここに乗り込んできた意味がない。再び、決意したのか唇の端を少し噛んで顔を上げた。
「満天姫様、この度の大根を使った料理対決。どうでしょう。私と共闘しませんか?」
ズバリときた。
(共闘?)
正直、そう言うことは予想できた。
ゲーム内では同じ意地悪キャラであるから、共闘してもおかしくはない。
共通の敵は『お栄』であるが、正直なところ、現段階でお栄を潰す気になっているところがあやしいといえばあやしい。
香姫にとっては、お栄は格下。
やっつける相手は自分より身分の高い満天姫と公家の燈子姫である。
それなのに敵である満天姫と共闘したいというのは、裏があると思うべきであろう。
「共闘……お主は一体誰と戦うじゃ?」
満天姫がそう尋ねた。
しかし、目つきが悪いからこれも威圧に聞こえた。
ビクッと体を震わせてお香は目を合わせることができない。
狼狽して畳に視線を落とし、畳の上に置かれた手が震えている。
(ああ……また誤訳されているなあ……)
そう思うと雪乃は可笑しくなった。
「お主のような弱っちいメスガキがわらわの加勢をするだと……ちゃんちゃらおかしいわ」
とでも聞こえたのであろう。
満天姫の後ろに鎮座する愛刀『紅椿』が威圧感に説得力を与えている。
それでもこのちょい意地悪姫は勇気を振り絞ったようだ。
「あ……あの八百屋の娘ですわ」
「……お栄殿と戦うじゃと?」
「あ、あの女、お兄様……能登守様をあのいやらしい体でたぶらかしたに違いないわ。あんな身分の低い女を正室にするわけにはいきません」
香姫はそうはっきりと言った。
どうやら、最初は歯牙にもかけていなかった平民娘であったが、予想外に能登守が惚れていることを知って焦ったように見える。
(だが……)
雪乃は騙されない。そんな単純な話を信じるようでは、乙女ゲーをクリアすることはできない。乙女ゲーの鉄則。
(イベントが起こったときは、裏の裏の裏まで疑えっての!)
「……それで香姫様は満天姫様とどのような共闘をお考えなのですか?」
雪乃はそう聞いてみた。
香姫の本心を探るための一手である。
「満天姫様は今回の料理勝負。何をお出しになられるのでしょうか?」
(ほら、来た)
雪乃は心の中でガッツポーズをした。
香姫は満天姫と共闘するとか言って、実のところ、情報を探りに来たとだと考えた。
いくら能登守がベタ惚れであろうが、所詮は平民のお栄など、香姫がライバル視などしない。 そんなに力を入れなくても簡単に潰せると侮っている。
それよりも気を付けないといけないのが、自分より身分のある満天姫であろう。能登守とは幼馴染。そしてご隠居様にはなぜか気に入られている。
「満天姫様の出す料理はまだ考え中です」
そう雪乃が答えた。情報は与えたくない。
「と申しましても、料理は二日後に作る予定。そろそろ準備をしないと材料をそろえることもできません。本当は何か考えていらっしゃるのでは?」
「いえ、まだ方向性をどうしようかという段階で」
「教えてください。満天姫様と被ってしまっては、申し訳ありませんの」
(あ~めんどうくさい)
これは言わないと食い下がってくる気配だ。
「海の幸と一緒に煮つけるつもりです」
適当にそう答えた。満天姫はと言うと、全く興味ないという表情だ。
能登守と結婚する気はさらさらないらしい。
「なるほど……。今の時期の大根は何と煮ても美味しい。タコやイカ、白身の魚と煮ても美味しいですから」
にっこりとほほ笑んだ香姫。満天姫の出す料理の方向性を知ってこの顔だ。やはり何か企んでいるのであろう。
「こちらの料理を教えたのですから、香姫様のお料理も教えていただきたい……と満天姫様も思っていらっしゃいます」
雪乃は満天姫の方をちらりと見て、そう香姫に切り返した。
満天姫を見たのは、香姫に満天姫の威圧感を感じさせて、口を割らせようと利用したのだ。
「わ、わたくしは……」
香姫は雪乃の思惑にまんまと乗せられた。
たぶん、適当なことを言ってごまかすつもりだったが、満天姫の威圧に嘘を言ったら斬られるとビビったのであろう。
「海の幸……地元から取り寄せた魚と大根を煮る予定ですの」
「あら、それでは満天姫様と被りますわね」
意地悪くそう雪乃が突っ込んだ。
「か、被りません。魚の種類が違いますの。こちらは越後の海でしか採れない魚を使います。江戸前の魚をお使いになる満天姫様とは同じものにはなりません」
(ほう……)
この香姫の情報から彼女が何を出すかが雪乃には分かった。
越後と言えば日本海。
今は冬。
(日本海で冬と言えば、ブリだよね)
香姫はブリ大根を作るつもりだ。
まだ冷蔵技術がないこの時代ではあるが、ブリは鮮度が比較的長持ちする魚。
それで港から内陸部へと運ばれて、食べられていた。
塩や氷に埋められて運ばれたブリが通った道を『ブリ街道』と呼んだくらいだ。
「それで香姫様。具体的にどんなことをなさるのですか?」
香姫は共闘を持ち掛けてきた。他の参加者を蹴落とす提案が何なのか、聞いておく必要がある。
「決まっていますわ。他の候補者……というより、あの町人娘の作る料理の材料を手に入らないように裏から手を回すのですわ」
(あー。やっぱり、えげつない)
雪乃は心の中でため息をついた。
やっぱり、この香姫。ゲームの中と同じでお栄にいやらしい嫌がらせをする。
「わかりました」
雪乃はそう答えた。
「それでは……」
香姫の顔がパッと明るくなった。どうやら、雪乃の言葉を勘違いしたらしい。「コホン……」
満天姫が一つ咳払いをする。
雪乃は慌てて続けた。
「満天姫様のお気持ちを伝えます。共闘はしません。以上」
きょとんとした顔で雪乃と満天姫の顔を交互に見る香姫。
「ど、どういうことですの?」
「香姫様。こういうことは正々堂々と戦って勝つことが大切です。能登守様は正直でまっすぐなお方。悪事がばれていたら、きっと香姫様のことをお嫌いになってしまいます」
「ふん……ばれなきゃいいのよ!」
(黒いわ~)
感心するくらいの悪役である。
トントン扇子で畳を叩く音がする。
満天姫である。
今の香姫の言葉に反応したようだ。
雪乃はそっと満天姫に近寄る。
満天姫は扇子で口元を隠しながら、雪乃になにやら言葉を伝えた。
「コホン……。それでは香姫様。満天姫様の言葉をお伝えします」
雪乃が座りなおして香姫をにらみつけた。
身分が下の雪乃が香姫にこういう態度を取るのは無礼ではあるが、今は満天姫の代理として言葉を発するのだ。
雪乃の毅然とした態度とその後ろに控える満天姫の威圧感で、香姫は蛇ににらまれたカエルのようになる。
「おとといきやがれ!」
「ヒイ……」
どすのきいた雪乃の言葉に思わず飛び上がる香姫。
「と……満天姫様は申しております。お引き取りを……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます