第18話 雪乃、いろいろと思案する
料理対決は『大江戸日記~春爛漫~』の初期にあったイベント。主人公お栄は月路の儀の課題である料理対決で、他のライバル姫たちの料理を圧倒することになる。
お栄のすばらしい一皿は、能登守のハートを鷲掴みにするとともに、周りにも印象付ける結果を残すのだ。
そしてそれを邪魔するのは満天姫。
お栄が用意しようとした料理の材料が手に入らないように邪魔をし、料理の最中には砂を入れようと画策する。
それがばれて能登守の信頼を大きく下げることになる。
(確か、能登守様が関わるお手打ちフラグはなかったと思うけど……)
お手打ちフラグがないからといって、油断はできない。
満天姫はお栄に対する嫉妬の気持ちはこれっぽっちもない。
そもそも邪魔をする動機がないのだ。
(ここまでの様子を見る限り、満天姫様は能登守様のことに全く関心がない。むしろ、会えば喧嘩で犬軒猿の仲……。普通に過ごしていれば正室にも側室にも選ばれることなく、任務達成。だけど……)
雪乃はここに来て改めて不思議に思っていることがある。
それは満天姫のことである。
最初は幼馴染の能登守との結婚を夢見て、満天姫自身が望んでここにやってきたと思っていた。
父である矢部和泉守の話によれば、満天姫は数ある縁談を自分で断ってきたという。
すべて能登守と結婚するためと思われた。
(いやいや……)
別の筋の話では、刀を振り回すとんだじゃじゃ馬姫なので、相手の家からお断りされていたとも聞く。
(決定的なのは能登守への満天姫様の態度)
最初は好き避け現象で、好きなのに反対の態度を取っているだけかと思ったが、ここまでの雪乃の見立てではそうではなさそうだ。
(満天姫様の能登守を見る目……あれはゴミを見る目と同じだ)
満天姫に好意の欠片も見いだせない。それは能登守も同じ。
この二人は幼馴染であるが、その仲は決定的に悪い。
(では、なぜ満天姫はここへやってきたのか?)
幕府のお墨付きもあるからやむを得ず来たという理由はあろうが、満天姫がおとなしくそれに従っていることが不思議でならない。
(能登守も満天姫を指名する理由がない……。あんなこと言って本当は好きという可能性ないことはないけれど……)
能登守のお栄への態度を見るとそれはない。
少しでも好きなら満天姫の前でお栄を気に掛ける態度を取るはずがない。
(もしそうだったら、クズだわ……能登守)
満天姫を候補に指名したのは能登守の祖父だという。
あの最初の宴会で突然、姫たちの芸披露を提案したご隠居様だ。
(ご隠居様の指名……何かひっかかる)
満天姫の思惑、ご隠居の思惑……謎だらけである。
「雪乃様、どんなお料理をお考えですか?」
考え事にふける雪乃にそう尋ねたのは、三女中の筆頭のお松。
二日後に大根を使った料理対決の場が行われるのだ。
一応、満天姫付きとなったからには、仕える姫に勝っていただき、見事正室になっていただくのが家臣の務めである。
いつお手打ちになるか分からない暴君に仕えているとはいえ、正室付きの女中になれば、お手当も大幅にアップする。
それは下級武士の家の出である三女中たちには悪くない話だ。
「……そうですね。大根料理といえば、やはり煮物ですか?」
雪乃は話をつなげるためにそう言ってみた。心の中ではなんとなく煮物はないなと思いっていたけれど、話しを動かすきっかけとしてはよい題材であった。
「そうですね。煮物ならいろいろと考えられます。他の野菜と出汁と醤油で煮ればできますから」
お松がそう答えた。オーソドックス過ぎて候補としては面白みがないが、勝つことを目標としないのなら、大根の煮物でお茶を濁すのも悪くはない。
「それでは面白くありません。お屋敷でもよく出される料理ですから」
そう言ったのはお竹。確かにこの屋敷でも赤坂藩の藩邸でも、大根を用いた野菜の煮物は定番であった。
「けんちん汁などはいかがでしょうか。この寒い季節に体が温まってよいと思うのですが」
「けんちん汁ねえ……」
雪乃は思案する。料理を考えることは好きだ。雪乃の趣味と言っていい。いろんな料理が浮かぶが、この料理は雪乃が作るわけではない。
満天姫が作るというのが前提だ。複雑な工程があるととても作れないであろう。
そうなるとお竹が提案した『けんちん汁』は除外することとなる。ゴボウやニンジン、サトイモ等、大根の他にも下ごしらえをする野菜が多すぎる。
(やっぱり、適当に煮てやり過ごすか……)
そんなことを考えていると、満天姫に面会したいと言ってきた人物がいる。誰かと聞くと『香姫』であった。
月路の儀に参加している最年少の姫。能登守とは従姉妹にあたる。
(なんの用かしら……)
そう普通なら考えるだろう。だが、雪乃には想像がついた。
『大江戸日記~春爛漫~』では、悪役姫として意地悪をやり尽くすのが満天姫だったので、つい見過ごしてしまうのだが、この香姫もかなりの『悪』であった。
主人公お栄に陰湿な嫌がらせをしていた経歴がある。
この姫のキャラは、典型的な妹キャラ。いわゆる小姑の嫌がらせである。
兄を慕う妹の健気な嫉妬どころではない。
満天姫ほど直接的な邪魔はしないが、実にいやらしい地味な嫌がらせをしてきた記憶がある。
そんなちょい意地悪姫が悪役姫に面会を求めてきたのだ。
(何かある……)
そう考えてもおかしくはないだろう。
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