第3話 雪乃、乙女ゲームを思い出す
令和の雪乃が夢中になってやり込んだゲームの一つ。
『大江戸日記~春爛漫』は、日本の江戸時代をテーマにした乙女ゲーだ。プレーヤーは町娘『お栄』になって、イケメン青年大名に見初められ、正室候補として城に上がる。
そこには同じく正室候補として、様々な出自のお姫さまたちがいて、正室の椅子を巡って争うのだ。
プレーヤーは平民の娘と言うハンデを追ってスタートするが、持ち前の明るさとやさしさ。そして平民として培った生活力で若様のハートを掴んで、見事ハッピーエンドを目指すというストーリーだ。
ターゲットはイケメン大名であるが、他にも攻略対象はいて、若様の弟君や若き家老のイケメン男子。剣術指南役の刀男子にお栄の幼馴染の商人の男の子と、それぞれにハッピーエンドが用意されている。
そのゲームで主人公であるお栄に意地悪をし、ことごとく邪魔をするキャラが満天姫である。
満天姫は大名の息女で、一番の正室候補という役であった。美人でスタイルもよく、教養もあるが残念なことに性格が黒かった。
黒い性格全開で、とことん主人公のお栄をいじめ倒すのだ。主人公を操るプレーヤーにとっては『敵』である。
満天姫にどう反撃し、倍返しをして彼女のバットエンドに叩き落とすかが、このゲームの肝であった。
雪乃はゲームをやりつくし、この悪役姫をとことん倒してきた。ほとんどの場合、満天姫は悪事が攻略男子にばれてお手打ちになるというものであった。
この悪役姫は気の毒に死亡フラグだらけの設定なのである。
何だかかわいそうなキャラであるが、徹底的に意地悪キャラなので、この落ちっぷりが気分爽快でプレーヤーのストレス発散の場になっているのである。
その悪役姫のお目付け役に任命されてしまった。
これは悪役姫と運命共同体になったということである。
お手打ちイベントが起これば、巻き添えになる。
すなわち、雪乃の理想とする江戸時代平凡ライフが送れなくなるということだ。
(ああ~っ。確か満天姫が斬られる時に盾になって斬られた女中はいたわ~。あれは私……私だわ~)
悪役だった満天姫は、とにかくいろんなシチュエーションでお手打ちになる。もうバッドエンドだらけである。
(そりゃそうだ)
大体ゲームで憎まれ役は爽快に不幸に落ちる。もうこれは清々しいくらいだ。
悪が酷い目に合わなくては、ゲームとして成立しない。
だが、そのせいで巻き添えになる者は可哀そうである。
(目の前のお殿様もバッドエンドなら、お家断絶からの切腹エンドあり)
そうなると仕えている自分の父親も失業となる。笠張浪人をしながら、貧しい生活を自分もしなくてはいけない。
(いやいや、悪役姫と一緒に斬られるエンドの方が多かったような……)
とにかく、この異世界はどう考えても大人気乙女ゲー『大江戸日記~春爛漫』の中に違いない。
(もう、そう断定する!)
そして自分は満天姫の父親。赤坂藩3万石の当主、矢部和泉守に命ぜられて、お姫様のお目付け役となる。側近として姫を守るのだ。
(そ、それしかない……そうしないと私の平凡まったりライフが消し飛ぶわ)
(しかし……あの悪役姫の側近だなんて……矢部(やべ)だけにやっべー任務だわ!)
心の中で変な突っ込みしても状況は変わらない。
「あの……」
雪乃は恐る恐る質問をした。
「満天姫様のお輿入れをお断りすることはできないのでしょうか?」
雪乃はごく基本的な質問をお殿様にした。奉行の娘とはいえ、主君に向かってまたもや随分と無礼な質問だったが、既に雪乃を運命共同体と認定しているお殿様は、全然気にしていない様子だ。
「できぬ」
和泉守は断言した。
あまりに即答だったので雪乃はきょとんとした。その表情に人のよい和泉守は雪乃にその理由を説明した。
「能登守様は、満天姫の幼馴染なのだ。幼少の頃より、満天のことを知っており、この度の嫁選びに絶対に満天姫をと強く御所望なのだと聞く」
(おかしいわね……向こうが望んでもこちらも小とはいえども同じ大名。将軍様がご所望ならともかく、断ることはできるはず)
雪乃の納得のいかない表情を察してか、和泉守は続けてこう言った。
「さらに……これが考えられないのだが……」
(はよ、言え、おっさん)
和泉守の煮え切らない態度に心の中で毒づく雪乃。
「満天姫自身がこの縁談になぜか乗り気なのだ」
満天姫は今年19歳。大名の姫君にしてはお輿入れが遅い。早い姫君なら12,13歳で嫁ぐこともある社会だ。19歳は行き遅れと言われてもおかしくない歳である。
それは満天姫が数ある縁談を自ら断ってきたという経緯がある。ある時は家同士で進めて決まりかけたこともあったが、満天姫が相手を愛刀で脅し、婚約撤回になったことさえあった。
「今までの無体な所業。幼馴染の能登守様に嫁ぎたい一心の行動かと思うと、親としてはうれしいのであるが……」
(そうは思えないってことですね)
とんでもない娘が幼少のころの初恋を貫こうとしている純情な姿に父親としては、うれしさとさみしさが交錯する複雑な心境であることは想像できたが、どうもそれだけではなさそうだ。
この父親。単純に何か裏があるのではないかと自分の娘を疑っているようだ。
いずれにしても縁談。能登守直々の願いだけでなく、幕府からの指示でもあったから、和泉守としては拒否できない状況になってしまった。きっと、能登守側が根回しをしたのであろう。
(はいはい……)
この辺の設定は『大江戸日記~春爛漫~』通りである。
満天姫は能登守に請われて正室選択の儀、通称、『月路の儀』に参加することになったのだ。
(ただ……)
これはゲームをやり込んだ雪乃も分からないこと。満天姫が主人公じゃなくて、主人公の邪魔をする悪役姫だから、その辺の裏エピソードが明らかになっていないのだ。
(はっきり言えることは、満天姫は最初から能登守に嫌われていたのよね。それなのに正室候補として呼ばれるなんて矛盾してないかしら……)
これはゲームの中でのことだ。乙女ゲー『江戸日記~春爛漫~』の中では、最初から能登守は喧嘩腰で満天姫に接していた。
いくら悪役姫でも、最初から嫌われているのでは気の毒なとまで思ったくらいだ。
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