売れっ子小説家の世話係をする小説家志望者

属-金閣

第1話 彼の視点

「あ~そろそろ次のバイト探すかな」


 俺はスマフォのゲームを止め、ネットで次のバイトを探し始めるが、ある通知が来てそちらのアプリを開きた。

 そのアプリはネットで知り合った人と簡単に会話できる物で、俺はそこでは自分の職業を偽り、小説家としユーザ名は玄人小説家だ。

 ちなみに年齢は26歳として嘘はついていない。


「おっ、今日も彼からの悩み相談か? それとも愚痴的なものか?」


 俺はそこで小説家志望の青年とやり取りを続けていた。

 今までこんなにやり取りが続いているのは、彼だけであり彼のユーザー名は、小説家志望20歳ととてもストレートな名前である。

 写真設定もなく、もちろんこのアプリ上だけでしかやり取りした事などはなく、直接会おうと言う事もない。

 そもそも言われたとしても、俺の方から願い下げた。

 なんせ俺は嘘つき野郎だしな。


「何々、今日の内容は……なるほど、また家庭教師の愚痴か」


 彼は今までのやり取りの中で、裕福な家庭の様で20歳になった今でも家庭教師的な存在がいるらしく、そいつらと全く相性が合わず直ぐにチェンジしているらしい。

 お金持ちの家庭の考えは俺には分からないし、俺は彼に物凄いいいアドバイスが出来る訳でもなく、ただ愚痴を聞く様に話しているだけである。

 今までもそんなやり取りをしているが、彼はそれでもいいのか俺に毎日の様に何かしらのメッセージを送って来る。

 俺も彼からのメッセージは嫌いではないので、来て内容を見たら思った事を小説家らしく返答している。

 小説家らしいと言っても、結局は俺が思った事を直接返しているだけなのだが。


「とりあえず、今は相性が合う奴が来るまで耐えると言うのはどうだろうかっと」


 俺はそう送ると、直ぐに彼から返信が返ってくる。

 そこには、「そうですね、特に害はないんでそうしてみます」とあった。


「いや、害って……まぁ、納得しているならいいか。それより次のバイトっと」


 俺はまたバイト探しを始めると、あるページでいい時給でそこまで辛そうじゃないバイトを見つける。


「おっ、これ良さそうだな。え~っと、ある方の身の回りの世話係を1週間。また、その人の話し相手? へぇ~何か面白そうなバイトだし、何かいいネタになりそうだ」


 そう思い、俺は直ぐにそのバイトに応募した。

 暫くすると、メールが帰って来て面接日程を選択して送り返した。


「次のバイトも決めたし、そろそろ次投稿する小説でも書こうかな。あと、更新分も書くか」


 既に分かっていると思うが、俺は小説家志望であって、まだ小説家ではない。

 今は、ネットの小説サイトに毎日投稿を繰り返しながらいくつかの賞に応募しているが、未だに何も引っかからない小説家志望だ。

 俺が小説家を目指したのは、アニメの影響であり、俺もこんな面白い物語を作りたいと思ったのがキッカケで、初めは漫画家であったが絵を描くのに時間がかかり、小説ならば文章でまだ早く物語を作り紡ぐことが出来ると思い志し始めたのだ。

 だが、まだ結果が出ずに既に26歳を迎え、今では俺より年下の奴がデビューして有名になったりしている。

 俺はそのまま本棚の方に目を向け、ある一冊の本を手に取った。

 一番最近じゃ、2年前にデビューした志々雄って言う作家だ。

 作った物語が次々と大ヒットし、今じゃ売れっ子作家で天才と呼ばれる奴だ。


「くっそ……何で俺の物語は伸びないんだ。俺としては面白いと思うし、そこまで自己中な物語でもないと思うんだけどな……」


 俺は志々雄の本を本棚に戻し、PCと向き合い自分が投稿している小説の続きを書き始めた。

 そして次の日、俺は応募したバイト先から面接場所の変更が言い渡されその場所へと向かうと、そこは何故か有名な出版社であった。


「え? ……本当にここであってるよな?」


 俺は何度も送られてきたメールの内容を読み直し、住所も確認して合っている事を確認した。

 戸惑いながらもそのビルへと入り、受付をすると担当の人が降りて来てある部屋へと案内された。

 そこにはスーツを着た人は2人いて、名刺を渡され応募したバイトの話が始まった。

 要点を言うと、ある方と言うのは有名小説家であり、その人の身の回りの世話をするバイトで俺に決まったらしい。

 そしてその小説家の名前を聞き、俺は驚き耳を疑った。


「あの、本当にあの小説家の志々雄なんですか?」

「はい。本人からも、貴方である事は伝えてあるので問題ありません。それで貴方が良ければ本日から働いてもらいたいのですか?」


 俺は直ぐに「もちろんです!」と答え、それから1人の編集者と一緒にタクシーに乗り志々雄の自宅へと向かった。

 まさかあの志々雄に会えるとは思わず、少し緊張しつつもどんな人物なのかと勝手に想像して期待を膨らませていた。

 そして到着すると、そこはとてつもなく大豪邸で洋風の豪邸で大きな門まであった。


「すっげ~」

「こちらです」


 俺は編集者の後を付いて行き、豪邸の中へと入り玄関でスリッパに履き替えてリビングに行くと、そこにはモデルルーム様に家具が並べられていた。

 そんな中でPCを置いた机の前に椅子に座り、ただ画面を見つめている後ろ姿の女性がいた。

 ん? 家政婦さん? いや、そんな風には見えないな……

 と、次の瞬間隣の編集者が、その女性に向かい「志々雄先生」と呼びかけ、俺は耳を疑った。


「えっ……え!?」


 するとその女性が振り返り、俺の方を見て呟いた。


「皆同じ反応をするのね。つまらないわ」


 それだけ言うと、またPCへ向いてしまい一切話さなかった。

 俺は驚きつつも、編集者から仕事の説明を受け仕事を始めるも、小一時間たらずで全て終わってしまう。

 そしてリビングへと再び戻ると、既に編集者はおらず売れっ子天才作家こと志々雄がPCの前でまだ座っていた。


「まだ座ってるよ。何してんだ?」


 小さく呟いた声に、志々雄には聞こえたのか話し掛けて来た。


「もう終わったの?」

「えっ、あ、あぁ」

「それじゃ、もう帰っていいよ。また明日もよろしく」


 それだけ話すと、まただんまりになってしまい、俺はこのままいるのも話し掛けるのも迷惑かと思いその日は帰った。

 何か想像していたより無口な人だな。

 それよりも、あの志々雄が女だったとは驚きだ。

 まぁ、まだ初日だし初対面の相手にはあんなもんだろうな。

 と、俺はそう軽く考えていたが、二週間経っても変わらず全く相手にもしてもらえずにいた。

 俺がそれを編集者に伝えると、こっそりとある事を教えてくれた。

 それは彼女が今スランプで全く作品を書けずにいると言う事であった。

 その日俺は、また志々雄の家へと出向き仕事をこなした後、いつも通りリビングでPCの前にいる志々雄に話し掛けた。


「あの、志々雄先生? あんた、今スランプなんだってな」

「っ! 貴方、それをどこで聞いたの?」


 志々雄は勢いよく振り返り、俺を問い詰めて来た。


「あんたが全然俺に見向きもしてくれないから、聞いたんだよ。少しは俺とお話しないか? 小説家なら、他人からの刺激も大切だろ」

「何? 貴方も私にアドバイスして上に立ちたいの?」

「何だそれ? 俺はただ話そうと言っているだけだ」

「貴方の経歴などは見ているわ。貴方小説家志望なんですってね? 私と仲良くなっても何の得もないわよ。所詮、今じゃ全く掛けない人なのだから」


 何故か志々雄は、ふてくされた様に話し始めた。

 俺はそんな志々雄の態度に、思った事を口に出してしまう。


「はぁ~めんどくさ。あんたって意外と面倒な人だったんだな、志々雄先生」

「そうよ、幻滅した? それは結構。私はもう小説なんて書けないのよ。今出ているのも、デビュー時に書いていた物を編集者が溜めて間を空けて出しているだけ。いずれストックがなくなり、私は終わるのよ」


 それを聞き俺は励ますとか心配するとかではなく、何故か心がスッと軽くなった。

 俺はコイツの才能に嫉妬していたが、それも健在ではないと知り安心していたのだ。


「そうなのか。なら、辞めてくれよ小説家。そしたら、俺がデビュー出来る枠が増えるしよ、皆の為になるじゃないか。あんたは、誰かにそう言って貰いたかったんじゃないのか? 自分じゃ踏み出せずにいただけで、スランプとかでもないんだろ?」


 俺は嫌な奴だ。

 今俺は志々雄を蹴落とそうとしているし、最悪彼女の心を折ろうとしている最低最悪な奴だ。

 こんな所を編集者に見られたり、知られたら俺は一生小説家としてデビューなど出来ないだろう。

 だが、そんな事分かっていたとしても一度言い出してしまったこの嫉妬の感情は止まらなかった。


 そのまま俺は彼女を嫌な気持ちにするよな言葉を吐き続けており、吐き出しきった所で俺は取り返しのつかない事をしたのだと実感した。

 すると彼女は、俺の方をじっと見つめて「言いたい事は、それだけ?」と問いかけて来た。

 俺は何も言い返す事も、謝る事も出来ず逃げる様にその場から立ち去った。

 何してんだ俺は……何であんな事を言ったんだ……俺は何がしたかったんだ? 彼女を貶めたい? 違う! そんな事考える訳ない! ただ、ただ、言葉が気持ちが抑えきれずに漏れ出したんだ。


 俺は確かに彼女、作家志々雄に嫉妬をしていた。

 だが、それと同時に彼女の作る物語憧れていたのだ。

 だからこそ、彼女があんな風になっている姿に辛くなり、もう物語を作らないと言っている事に絶望してしまい、あんな事を言ってしまったのだと思う。

 それ以来俺は、志々雄先生の世話係アルバイトは辞めた。


 数日後、俺はスマフォのメッセージやり取りアプリをじっと見つめていた。

 アルバイト中も小説家志望20歳の彼と何度もやり取りをしており、今日もその続きを俺は待っていた。

 相手を傷つけた事を後悔している事や、今の気持ちなどを俺は大人げなく年下の彼に打ち明けていた。

 すると、新しいメッセージが彼から送られて来て開いた。


「え?」


 そこには、彼の最近の状況が書かれていた。


「最近僕も、似たような状況を経験しました。でも僕にとっては、心のどこかで本音を言って欲しいと思っていた事であり、その人に全く興味がありませんでしたが、もう少し彼と話してみたいと思う様になりました。でもその家庭教師は、別の仕事とかで辞めてしまい会えていません……」


 俺は、彼が送って来た文章を口に出して読み上げ、そんな捉え方をする人もいるのかと思った。


「もうあの人には会えないと思いますが、僕は言われた事が思ったり胸に来て、逆に見返してやろうと言う気持ちになり今は以前よりやる気に満ちています。だから、貴方も気にし過ぎずに歩き出していいと思います。言ってしまった事は取り消す事は出来ないので、何かに活かせるようにすればいいと思いますか……」


 それを読んでから暫く俺は考え込み、これを小説に活かせないかと思ったがそれは難しいと思い諦めた。

 だが、どうしても彼女に言ってしまった事に後悔があり、謝りたいと思いもう一度編集者に連絡し辞めたアルバイトをやらせて欲しいとお願いをした。

 すると向こうもあれ以来決まっていなかった枠であるので、再び採用されて、彼女の家へと向かった。

 そして彼女のいるリビングに行き、俺は直ぐに頭を下げて以前言った言葉を謝罪した。


「いえ、もう気にしていませんよ」

「……そうですか。それじゃ俺は、仕事をしますんで終わったらまた声を掛けます」


 俺は新たな気持ちで仕事に取りかかり、この環境を活かし何か小説を作ろうと決意した。

 一方彼女はと言うと、立ち上がり廊下の方へと歩いて行く。

 彼女の前にあったPCの画面には、メッセージアプリが開かれており、その相手のユーザ名に玄人小説家と表示されていたのだった。

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