第18話 父さんな……

 上には太い枝を支えに4畳くらいのスペースがあったの。床は木の板を重ねて補強したものみたい。

 床は私たち三人が乗ってもたわみもせず、安定していた。

 これなら安心ね。

 トッピーがその場で座ったので、彼を真似してちょこんと正座する。

 あ、あぐらをかいたファフニールの正面に座っちゃってた、さりげなく彼の隣に移動したわよ。

 ほら、正座するとワンピースじゃない? 太ももの真ん中くらいまでしか裾がないのよね。

 きゃー。

 いや、まあ、分かっているわよ。ファフニールが全く気にしていないなんてことを。

 でも、私は花も恥じらう乙女なの。で、あるからしてほら、分かるでしょ。

 

 あ……。

 私が縄梯子を先に登ったじゃない。かなりたどたどしくて正直途中でもうダメだーって諦めそうになったんだ。

 でも、後ろから落ちても大丈夫なようにファフニールが片手だけで縄梯子を登っていたから、彼の見守りを支えに登り切ったの。

 彼はいつ私が落ちてもいいように見守っていた。

 大事なことだから、繰り返しちゃったのだけど、ワンピースは短いじゃない?

 あひゃひゃひゃ。

 ちなみに紫よ。え。聞いてないって? むしろ興味がないとか言ったらダメよ。ダメなのよ。

 替えの下着を持っていないので、ずっとこれだという。そろそろ下着くらい買わないと。

 イベントとミッションを同時にクリアしちゃったし、服と下着をもう一揃え買おう。うんうん。

 

「よくぞ、おいでくださいました」


 両脇をラナと彼の姉に支えられた小人族の男が支えられたまま頭だけを下げる。

 憔悴した感じで無精ひげが生え、茶色の髪の毛もぼさぼさになっていた。

 年のころは30代半ばくらいかな? 人間と同じとすればだけど。

 

「私はロンと言います。こちらは娘のラン。ラナの命を救って頂いたと聞いております。竜人のお方、聖女様、心よりお礼申し上げます」

「ニールさんだよ。父さん」

「そうでしたか。ニールさん、聖女様、ありがとうございました」


 ラナとランの二人が父のロンを座らせる。

 体が動かないと聞いていたけど、脚はもう完全に動かない様子だった。

 膝を曲げるのだってランが手で動かしていたの。

 痛ましい様子にかける言葉が浮かばなかった。

 私の様子を見てか、先にファフニールが挨拶をする。

 

「ファフニールだ。たまたま、ラナを発見したに過ぎない。真にラナを救ったのはここにいるサエだ」

「い、いえ。ニールさんがラナくんを連れてこなければ」


 あせあせと彼の言葉を訂正しようとしたんだけど、その先がうまく続かない。

 

「お二人のお人柄。短い言葉だけでも分かります。お優しき方々に改めて感謝を」


 ロンがにこやかに合いの手を打つ。

 肘が曲がらないようでとてもぎこちない動きだった。

 

「ラナくん。すぐにお父さんに梨を食べさせてもらえるかな?」

「うん。父さん。ちょっと待ってて」


 ラナは小さな縄梯子を登っていく。あの上に彼ら一家の家があるのだろう。

 あ、でも待って。

 

「ラナくん! 梨はここよ! トッピーさんが持ってる」

「ラナ。この場で私が切り分けよう」


 トッピーと言葉が重なる。

 それで気が付いたようで、ラナが元来た道を戻りストンと床に降り立っててへへと舌を出す。

 

 ◇◇◇

 

「お、おお。これは、なんという美味しさ」


 娘のランに小さく分けた梨を食べさせてもらったロンが感想を述べた。

 どうかな? 梨で少しは体が動くようになってくれたらいいのだけど。

 ランの時は食べた途端に熱が引いたわ。

 もし、ロンにも効果があるなら、すぐに分かるはずよ。

 

「む。むむ。右腕の感覚が戻って参りました!」

「父さん!」

「お父さん!」


 右肘を曲げるロンに娘と息子が歓声をあげる。

 効果があってホッとする反面、完治とまでいかなかったことにどうしようという気持ちも同時に産まれたの。


「サエ。竜の血は駄目だ」

「へ? ニールさん」

「竜の血では治療できない。ただの噂だ」

「聞いていたんですね! それで、『俺はいかなくていい』なんてことを」


 知ってたんだ。ファフニールは全部。

 そうだよね。ラナの父が病気だってことを知っていたのだったら、私とラナの会話は全部聞いていたことになるものね。

 彼はあえて言わなかっただけ。それが彼の優しだったの。

 梨で完治すれば、竜の血の話なんてしなくて済む。

 

「コトリ。症状が改善したなど、どのような薬であっても成し得なかったんだ。それを君のネクタリスならば、成し得た」

「トッピーさん」


 トッピーが片目を閉じ、ヒレのついた指を一本立てる。

 

「君のネクタリスは、小人が食べるに一切れであれば、一個でも一週間は持つ」

「一個と言わず、今持ってきている梨を全部食べてください!」

「君がよいと言うならば、ありがたく。伝説に謳われるネクタリスを、君が精魂込めて聖なる魔力を注ぎ続けた貴重なネクタリスを。すまない」


 トッピーが両手をつき、頭を下げる。

 床が湿っているのは、彼がぬめぬめしているからだけではないだろう。

 

「聖女様。本当に本当にありがとうございます」

「ありがとう!」

「ありがとうございます!」

 

 梨でここまで言われちゃうと、ど、どうしようとたじたじになっちゃうわ。

 実は毎日自動的に収穫できるんです。

 なんてこと言えやしないわ。

 

 曖昧な笑顔を浮かべ、両手を前にし彼らに言葉を返す。

 

「い、いえ。そ、そうだ。もし、これ以上よくならない、なんてことがあったら教えて頂けますか? 私にできることでしたら協力させてください」

「聖女様……」


 ロンはもう言葉にならないようで、両目からとめどなく涙が溢れ出し感極まった様子だった。

 

 ◇◇◇

 

 帰りはファフニールと二人空の旅を楽しむ。

 楽しもうと思っていたのだけど、すっかり暗くなっちゃって何も見えないのよおお。

 失敗した。帰りにゆっくりと景色を眺めればいいって思っていたのに。

 

「ニールさん、竜の血って飲むとどうなるんですか?」

『竜の血が大地に触れれば煙をあげて大地を溶かす』

「そ、その先はもう言わなくても大丈夫です」


 強酸か何かなのね。

 飲んだら、佐枝子の体がドロドロになってしまうわ。

 よかった。竜の血を飲まなくて。

 

 さああっと血の気が引いたところで油断してつるっと行きそうになる。

 慌てて全身でガバッとファフニールの首元に抱き着く。

 ひゃああ。すべすべしていて気持ちいい。

 もう少し暖かければ最高なのだけど。でも、これはこれで良き良き。

 

 ファフニールが降下をはじめた。

 そろそろ、私の家に到着しそう。

 

「いつもいつもありがとうございます。ニールさん」

『礼を言うのは俺の方だ。ほら、もうつくぞ。しっかりとしがみつけ』

「もうしがみついてます!」

『そうか』


 「あはは」と笑う私に応じるかのようにぐううんと高度が落ちていく。

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