第5話 収穫は秒で

 畑に行く……といっても小さなログハウス風の我が家の右手に回り込むだけ。

 数十歩ほども進まないうちに到着する。

 そこで、思わず息を飲む。

 だって、昨日まで茶色の畝だった畑は、緑あふれる作物で埋め尽くされていたんだ!

 

「すごい!」

「お前の畑なのだろう?」

「そ、そうですけど」


 思わず万歳して飛び跳ねそうになってしまったんだけど、ファフニールの手前両手を合わせて喜ぶで我慢したの、だけど。

 それでも彼からの冷たい目線……じゃないな、呆れた顔をしたんだ。きっと。

 うん、まあ、自分で耕した、わけじゃないけど……私がイルカに頼んで作った畑に植えた種であることは確か。

 でも、たった一夜で収穫できるまでに植物が成長していたら、驚くよね? 普通?

 すっかり忘れていたけど、ゲームでもそうだった。

 種を植えて、自宅で寝て時間を進めると収穫できるようになっていたのよね。

 ゲームのもふもふ牧場だとわざわざ種を植えてから収穫なんてめんどくさいと思っていて、あの時の私をぺしーんとしてしまいたいわ。

 植えたらすぐに収穫し、食べることができるなんてどれだけ素敵なことかってね。

 

「これは小麦と大麦か。他は見たことがないな」

「残りはトウモロコシ、らっきょう、白菜です」

「どれも聞いたことがない」

「小麦、大麦、トウモロコシはすり潰してパンにできます。らっきょうは……おいておくとして、白菜は煮込んでも、細かく刻んでサラダにしてもおいしいです」

「久しく肉しか食っていない。パンとはまた懐かしい言葉を聞いた」

「肉だけで?」

「そうだな。肉のみでも生きてはいける。飽きるがな」

「じゃ、じゃあ。食材はこれだけですけど、お食事をご一緒してくださいませんか?」

「お前がいいのなら。貴重な食糧だろう?」

「いえ、一晩たてばまた同じだけ作物ができます。こんな量、私一人じゃ食べきれませんし」

「そうか。お言葉に甘えるとしよう」


 せっかくの食事なんだし、一人より二人で食べた方が断然いい。

 よかった。彼がつき合ってくれて!

 

 よし、そうと決まればさっそく収穫よ。佐枝子。


「イルカさん、畑の作物を全部刈り取って」

<アイテムボックスにアイテムが追加されました>


 ふよふよと浮かんだイルカがくるりと縦に回転し、バシャーンと波しぶきをあげる。

 すると、畑に実った作物が姿を消す。

 どれどれとアイテムボックスを確認すると、収穫した作物がそれぞれ数字で表示されていた。

 でもこのままじゃ、食べることができない。

 この辺、元々ゲームのシステムなのに手間がかかるようにできているのよ。

 「手間」をかけることがスローライフ感の表現なんだろうけど。私としては、小麦を収穫したらそのまま小麦粉を通り越してパンになってもいいくらい。

 ……それはそれで料理の範囲が狭くなっちゃうか。


「もう少し、待っていてください」

「分かった」


 一瞬で収穫物が消えたというのに、ファフニールは眉一つ動かさない。

 本当は驚いているんだよね? えへへ。

 えへへとかさすがに引くわ、と自分で突っ込みを入れつつ次の準備に取り掛かる。

 

 ショップで「粉ひき(石臼タイプ)」を購入。お値段は200ゴルダ。

 こういった自給自足に必要な道具系と言えばいいのか、システムと連動した道具はかなり安く設定されている。

 一方で、ベッドとか化粧品といった道具は値段相応なの。

 

「イルカくん、粉ひき(石臼タイプ)をここに出して」


 家の壁に沿うように一抱えほどの石臼が設置された。

 大き目の漬物石くらいかな。灰色の石の円柱が積み重ねらていて、上部に取っ手がついている。

 実際にこれで小麦を製粉まで持っていくには困難だけど、私には「もふもふ牧場」のイルカがいるのだ。

 

「イルカくん、小麦と大麦を全て粉に。トウモロコシの半分を粉にして」


 特にエフェクトなんてものもなく、石臼も微動だにしていないけど、アイテムボックスの表示が変わる。

 小麦が小麦粉に大麦が大麦粉にといった具合に。

 小麦粉とコーン粉はパンにしようかな。大麦はパンでもいいのだけど、別のものにしてもいいなあ。

 いろいろ妄想が広がっていきそう……だけど、ブルブルと首を振り待っている人に目を向ける。

 

「お待たせしました。準備完了です。お家へ来ていただけますか?」

「もう準備ができたのか? 分かった」


 歩く私の後ろをついてくるファフニール。

 さっきいたところが家の入口だったわけだし、わざわざ後ろからついてこなくて横に並んでくれてもよかったのに。

 ううん、私がついて来てと言ったんだから、彼はその通りにしてくれているだけだ。でも、ちょっとだけ残念かも。

 

 ◇◇◇

 

 調味料に含まれているのはうーんと思ったけど、買えたから問題なしよね!

 イースト菌とついでにベーキングパウダーも購入したよ。あとは、砂糖、塩、コショウなども一緒に買っちゃった。

 こういった調味料が全て揃っているのはありがたい。ゴルダはかかるけど。

 

 ゴルダは……まだ大丈夫ね。

 よっし、これも買っちゃおう。これもシステムと連動しているアイテムの一つ。

 

「イルカくん、パン焼き機をここに出して」


 パンやピザを焼ける窯は家具扱いみたいでとっても高いんだけど、こちらはたったの100ゴルダ。

 イルカが跳ねるのに合わせ、ステンレス製の長方形の箱が出てきた。

 これもさっきの粉ひきと同じで実際には稼働しない。

 アイテムボックスの名前が書き変わるだけ。

 

「イルカくん、小麦粉を全てパンに」


 アイテムボックスを確認すると小麦粉が食パン10個に変わっていた。

 自力で作れば、いろんなパンができるんだけど今はこれで、ごめんね、手料理じゃなくて。

 と心の中でファフニールに両手を合わせる。

 

「小麦のパンは食べることができますか?」

「問題ない」


 ででーんとキッチンに置いたのは1斤サイズの食パンを二つだった。

 そうなの。パン焼き機で作ったパンは全て食パンになっちゃうんだ。

 あ、パンを焼く手段がないって今頃気がついちゃった。

 コンロで焙る? い、いやそれはちょっと……。

 焼き立てパンだったらそのままでもおいしいんだけど、これはスーパーで売っているような食パンなのよね。

 

 そのままでもおいしいよね? うん。

 人間、妥協することも大事さ。大事なんだから。

 

 開き直った私は粉にしなかったトウモロコシを丸ごと茹で、白菜を細かく刻む。

 よっし、これで。ドレッシングはない……ないけど、塩とか胡椒で大丈夫よ。大丈夫って言って?

 お酢と何かを混ぜればドレッシングになるのだっけ? それは次回からの課題ってことで……。

 だって、ファフニールを待たせているんだもの。仕方ないじゃないのお。

 

 お皿などの食器を購入して、これにて準備完了だ。頑張った私! うんうん。

 

「お待たせしま……あ、テーブルもなかったんだ……」

「外の椅子でいいんじゃないのか? あれをテーブルにして、地面に座れば問題ないだろう?」

「は、はい……おもてなしできず、ごめんなさい」

「何を言うか。サエが畑から料理まで全てやってくれたではないか。それをもてなしと言わず何をもてなしと言うんだ?」


 う……。これにはさすがに笑顔を返せず、曖昧な笑みを浮かべてしまった。

 ご、ごめん。かなりアレな感じで。

 本日何度目になるのか分からないけど、またしても私は心の中で彼に謝罪したのだった。

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