第十六話 快晴祈願のテルテル坊主

 設立記念日を二日後にひかえ、駐屯地内はなんとなくザワザワしていた。そして普段は見かけない服装をした人達が、お店に出入りするようになった。


「珍しい色の迷彩の服を着ている人がいますね」


 青色の迷彩服を着た人がお店にやってきて、お弁当を選んでいる。それを見て、隣にいた慶子けいこさんにコソッとささやいた。


横須賀よこすかから来てる、海上自衛隊の人ね。ここで明後日あさって、装備品や活動風景の展示をするのよ。その準備で来てるんだと思うわ」

「なるほど! あちらの人は? やっぱり迷彩の色が違いますよね」


 白っぽい迷彩服の人が、飲み物がならんでいる冷蔵庫の前に立っている。


「あっちは航空自衛隊の人ね。目的は海上自衛隊の人と同じで、活動風景の展示よ」

「陸自さんだけじゃないんですね、展示をするの」

「めったにやらないから、こういう時は合同で広報活動をするのよ。海自のイベントや空自の航空祭には、こっちから色々と展示するものを持ち込むのよ」

「へえ。私、そういうの一度も見たことないので、ちょっと興味がわきました」


 ここでバイトをするようになって十ヶ月ほどが経ったけど、まだそういうのを見にいったことがなかった。今のところ私が知っている自衛隊さんは、ここのお店にやってくる隊員さん達がすべてだ。


「都内には陸自の駐屯地は他にもあるから、山南やまなみ君に頼んで一度つれていってもらいなさい。それなりに詳しいから、装備についても説明もしくれるでしょうし」

「今度、話してみます。あ、そうだ。慶子さんのご主人がいた駐屯地でも、一般公開はあるんですか?」

「あるわよー。ああ、そうね。あそこは面白いから、ぜひ行ってみると良いわ」


 慶子さんのご主人は、入隊したころはこの駐屯地にいたらしいんだけど、その後、空挺団くうていだんというところの所属になって、別の駐屯地へと異動になったのだ。


「面白いんですか?」

「ええ、かなりユニークなこともするから、一度は見ておくべきね」


 慶子さんがウンウンと楽しそうにうなづく。


「それって、ご主人もしたことあるんですか?」

「あるわよ。それを言うと、早く忘れてくれって言われるけど」

「それって一体どういう?」

「見てのお楽しみね。言っちゃったら楽しみ半減でしょ? 知りたかったら、山南君につれていってもらいなさい」


 慶子さんは「ウフフ」と意味深に笑った。もう少し探りをいれたかったけれど、海上自衛隊の隊員さんがお弁当を手にレジに来たので、その話はそこまでとなってしまった。


 そしてお客さんが一段落した時間帯、台車をゴロゴロいわせながら、山南さん達がやってきた。


仰木おうぎさん、うちの隊長から言われて来たんですが」

「助かるわ。いつものようにあっちの会議室に運んでくれる?」

「了解です」


 そう返事をすると、お店の一角に置かれていた隊員さん達が購入する商品を、台車に乗せてきた段ボール箱に放り込み始める。


「なにしてるんですか?」

「ほら、週末はお客さんがいっぱいでしょ? ここにも自衛隊関連のグッズが置かれるんだけど、隊員向けの商品は、一般の人には売れないものが多いのよ。で、この期間だけは、それは会議室での販売ということになるの」

「それで商品のお引越しと」

「そういうこと。扱いがよく分からないものもあるし、そういうのは専門家に運んでもらうのが一番でしょ?」


「「俺達、専門家だから~」」


 尾形おがたさんと斎藤さいとうさんがニヤッと笑いながら、商品を両手に抱えて歩いていく。


「買ってもらっても大丈夫なモノもあるんですが、マニアックな人がその手の商品を買いあさって、在庫切れで隊員達が困ることもあるので」

「自衛の意味もあるんですね」

「ええ。自衛隊だけに」


 そう言いながら、山南さんは山積みになった台車をゴロゴロと押していった。


「二日ほどは面倒だけど、隊員さん達に言われたら、カギを開けに行ってもらうことになるわね」

「わかりました。お会計はいつも通りなんですね?」

「ええ。ま、いつものことだから、この週末はその手の商品を買う子はいないと思うけど」


 陳列に関しては特にすることはないようだ。まあ整理整頓せいりせいとんが上手な山南さん達のことだから、なにも言わなくてもきちんとしてくれているに違いない。


「ここまで大掛かりな準備をするんですから、当日は晴れると良いですね」

「もちろん晴れるわよ」

「天気予報で言ってました? 今年の梅雨つゆって空梅雨からつゆでしたっけ?」


 週間天気予報では、週末の土曜日か日曜日のどちらかで、梅雨らしい雨がふりそうなことを言っていたはず。もしかして今日になって、予報が変わったのだろうか?


「たとえ雨予報でも、今年は強烈なテルテル坊主が来たから大丈夫だと思うわよ?」


 慶子さんがニッコリとほほ笑んだ。


「え? テルテル坊主なんですか? それってゲタで天気予報するのと同じじゃ?」


 そう言うと、慶子さんはとんでもないわという顔をする。


「あやさん、テルテル坊主をバカにしちゃダメよ? 自衛隊ってね、陸海空それぞれ、ゲン担ぎが盛んなの。で、うちに来たテルテル坊主、登場してからイベントでは雨知らずなんですって」

「それ、本当なんですか? 噂に尾びれ背びれがついただけじゃ?」


 なんとなく胡散臭うさんくさい話では?と思わなくもない。


「そんなことないわよ。そうじゃなきゃ、駐屯地司令の部屋前にぶら下げないでしょ?」

「え、もうぶら下がってるんですか?」

「そうみたいよ」


 しかも駐屯地で一番偉い人の部屋の前にぶら下げてあるなんて。


「その雨知らずのテルテルさん、一体どこで爆誕したんですか?」

「たしか元は空自だったはず。去年ぐらいから噂になってて、うちでも作って欲しいって、陸幕りくばくから空幕くうばくに問い合わせをしたらしいのよね」


 さらにはわざわざ問い合わせまでするとは。テルテル坊主の効力を信じていなくても、それほどの存在なら是非とも見てみたい。しかし、いくらここで働いている私でも、決められた場所以外は勝手にウロウロすることは許されない。そして司令さんの部屋は、その勝手にうろつけない場所にあった。


「あ、山南さん、尾形さん、斎藤さん! 皆さんはテルテル坊主、見ましたか?」


 戻ってきた山南さん達に声をかける。特に山南さんはお使いを頻繁ひんぱんに頼まれるいるから、間違いなく目にしているはずだ。


「テルテル坊主ですか? ああ、司令の部屋の前にぶら下がってるやつですね。見ましたよ」

「俺も見た」

「俺も。たしか快晴祈願かいせいきがんのテルテル坊主だよな、あれ」


 尾形さんと斎藤さんも見たことがあるらしい。うらやましい。


「どんなテルテル坊主なんですか?」

「どんな? そうだなあ……かなり個性的な顔をしてますね。見たいですか?」

「見たいですけど、ほら、勝手にうろつけないので」

「ですよね。なのでテルテル坊主をつれてきますよ。尾形、斎藤、しばらく任せる」

「え?!」


 山南さんはさらっとそう言うと、そのままスタスタと行ってしまった。


「ま、勝手にうろつけないなら、勝手にうろつける俺達がなんとかするしかないもんな」

「だな。山南の判断は正しい。仰木さんも見たことないでしょ?」

「ええ、そうなの。うれしいわ、噂のテルテル坊主さんが見れるなんて」


 尾形さんの言葉に、慶子さんがニコニコしながらうなづく。


「あの、良いんですか? 勝手につれてきちゃって」

「問題ないんじゃないかな。無断ではなく、司令に断ってから持ってくると思うし」


 斎藤さんがうなづいた。しばらくして、大きな白いモノをかかえた山南さんが戻ってきた。


「でかっ!」

「あらまあ、大きいわね!」


 その大きさに思わず声をあげる。


「どうやら新しいほど大きくなっているみたいです。作り手があまりの依頼の多さに、ヤケクソになってるんじゃないかって」

「もしかして手作りなんですか?」

「らしいですよ。その人が作らないと、快晴祈願かいせいきがんの効力がないそうです」


 山南さんが手をあげてテルテル坊主をぶらぶらさせた。


「私の知ってるテルテル坊主じゃないですね」


 ものすごく大きしい、すごく個性的な顔をしている。


「この顔、誰かモデルがいるのかしら?」


 慶子さんが顔をのぞき込みながら首をかしげた。


「空自にいる晴れ男がモデルだろうと、司令は言ってましたね」

「もしかして詳細を聞いてきたのか?」

「どうせ許可をもらうために顔を合わせるからな」


 山南さんはテルテル坊主を長椅子の上に置くと、お店に入っていく。そしてプリンを四つ、それからいつものコーヒーを三つ頼んだ。


「コーヒーは俺達、プリン二つは仰木さんと御厨さんへの司令からのおごりです」


 そう言って、カードをカードリーダーにタッチさせた。


「あと二つのプリンは?」

「もちろん司令と師団長。どうせテルテル坊主を返しに来るんだから、ついでにプリンを買ってこいとさ」

「テルテル坊主様様だな」


 尾形さんがニンマリと笑う。


「どうしますか? 写真でも撮っておきますか?」

「あ! 慶子さん、いいですか?」

「いいわよ。私も撮りたいから、ちょっと待ってて」


 二人でバックヤードのロッカーからスマホを持ってきて、テルテル坊主の写真を撮らせてもらった。


「これだけ大きかったら、お天気になるかもですねー」


 そうつぶやくと、気のせいかテルテル坊主がニヤッと笑ったように見えた。

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