第十一話 めっちゃ早かった!

 門の前で一旦停止して、前後左右を確認して再発進。前に白バイのお兄さんに言われたので、ここ最近は、今まで以上に念入りに確認をしている。


「おはようございまーす」

「おはようございます。今日もご苦労様です」

「皆さんもお疲れさまですー」


 入門許可証を見せると再発進。ここから注意するのは車より人だ。この時間だとすでに訓練は始まっていて、敷地内を走っている集団もいるから。


「もうやだぁぁぁぁぁ!! はーしーれーなーいぃぃぃぃぃ!!」


 バイクのエンジンの音を飛び越えて、後ろから泣き声が聞こえてきた。こっちは徐行とはいえそれなりのスピードで走っているのに、その声はどんどん近づいてくる。道路の脇に寄って停止して後ろを振り返った。


「あ、おはようございまーす!」


 泣きながら走ってきたのは、もちろんコーヒー牛乳さん。すごいスピードで追いついてきた。私が声をかけると、駆け足状態でその場に止まる。


「おはようございますぅぅぅぅ!!」

「ランニングですか?」

「もうすぐ体力検定があるので、それに備えて走ってるんですけどお、つらいですぅぅぅぅ」

「コーヒー牛乳を楽しみに、今日もがんばってくださいね!」

「ありがとうございますぅぅぅぅ、ああああ、つらいぃぃぃぃ、足の裏がいたいぃぃぃぃ、もう走れないぃぃぃぃ」


 泣きながらランニングを再開すると、あっという間に遠ざかっていった。


「……もう走れないって言ってるわりには、めっちゃ走るの早くない?」


 そしてしばらくして、後ろから人が走ってくる気配がする。走ってきたのは、コーヒー牛乳さんといつも一緒にお店に来る人達だ。


「おはようございますー」

「おはようございます!!」


 全員が元気よく挨拶を返してくれた。


「今さっき、加納かのうさんが走っていったんですけど、まさかの周回遅れなんですか?」

「いえ。加納はすでに、自分達より二周ほど先を走っています」


 そう答えたのは青柳あおやぎさん。


「え、加納さんが二周の周回遅れではなく?」

「自分達のほうが周回遅れです」

「でも泣きながら走ってましたよ?」

「こっちが走るペースと加納が走るペースが違いすぎて泣くので、好きなペースで走っても良いと許可を出したら、アレですよ」


 教官の陸曹長さんがあきれたように笑う。


「なかなか新しいですね、遅すぎてつらいって。そのうち後ろから追いついてくるってことですか?」

「そうなんですよ。まあ今は好きなペースで走らせてますが、そのうち全員に合わせて走ることを覚えさせないとね。大切なのは集団で行動ができることですから」

「そうなんですね。あ、すみません、呼び止めてしまって。また追いつかれちゃう前に、行ってください」

「それ、シャレにならないから困りますね。ではランニングの再開だぞー!」


 陸曹長さんがその場で足踏みしていた候補生さん達に声をかけると、全員が元気な声をあげ走っていった。


「……合わせて走る訓練でまた泣いちゃうのかな」


 頭の中でその時の後継が浮かび、申し訳ないけど変な笑いが込み上げてくる。


「ほんと、大変だあ……」


 バイクを再発進させ、いつもの場所にとめた。そしてお店がある建物に入ろうとした時、どこからともなくコーヒー牛乳さんの泣き声が聞こえてくる。


「え? いくらなんでも早すぎない?!」


 それともコーヒー牛乳さんの泣き声が大きいだけ? 待っていようかと思ったけど、そろそろシフトに入る時間なので、そこはあきらめることにした。きっと夕方、訓練が終わったらお店に来るだろうし、その時に最終的にどうなったか質問してみよう。


「おはようございまーす! お疲れさまでーす」


 レジに立っているバイトの学生さんに声をかけた。


「あ、おはようございます」

「今日は何か聞いておくことありますか?」

「今のところは特に。いつもどおりの感じでした。ああ、そうだ」


 学生さんがそうそうと言いながら言葉を続ける。


「今日が昇任試験だったみたいですよ、山南やまなみさん達。試験が終わったら、ここに顔を出しますって言ってました」

「了解です」


 ここ最近お店の申し送りの中に、山南さん関係の伝言が含まれることが増えた。別に山南さんが他のバイトさんに伝言をたのんでいるわけではなく、バイトさん達が勝手に雑談で得た情報を含めてくるのだ。つまりバイトさんにまで、私と山南さんのことが知れ渡っているということらしい。ありがたいような、ありがたくないような、微妙な気持ちだ。


 バックヤードで着替えると店に出た。そのタイミングに合わせるように、運送屋さんが商品の入ったコンテナを積んだ台車を押してきた。


「おつかれさーん。今日はちょっと遅くなったかな、ごめんねー」

「そんなことないですよ。いつもありがとうございますー」


 商品の受け取りのハンコをおすと、いつものようにコーヒー缶を渡す。これは仰木おうぎさんから、差し入れとして渡すように言われているものだ。


「まだ配達あるんですよね。お疲れさまです」

「いつも差し入れありがとね。じゃあ、また明日!」


 おじさんは空になったコンテナを引き取ると、コーヒー缶を嬉しそうにふりながら出ていった。さっそく、運ばれてきたコンテナをそれぞれの場所に移動させ、商品登録をしながら品出しをしていく。学生さんが端末を持って、カウンターの向こう側から出てきた。


「もう時間だからあがってもらって大丈夫ですよ?」

「いえいえ、いつも手伝ってもらってるのは自分のほうなので。それに二人でやったほうが早いですし」


 学生さんはそう言うと、飲み物が入ったコンテナを運んでいく。お客さんがほぼ来ない時間帯なので、品出しは中だすることなくスムーズに終了した。


「じゃあ、僕はこれであがります」

「はーい。お疲れさまでしたー」


 空になったコンテナをいつもの場所に積み上げていく。


「プリンもコーヒー牛乳もあるし。これでいつ誰が来ても大丈夫と」


 レジに向かいながら、店内を回って指さし確認をした。



+++



 一日の訓練が終わる時間がそろそろ迫ってきたころ、山南さん達がやったきた。


「あ、御厨みくりやさん、お疲れー」


 斎藤さいとうさんがニコニコ顔で挨拶をする。


「今日が昇進試験だったんですね。皆さん、お疲れさまでした」

「ほんと、久し振りに脳みそをフル回転させたって感じだよー」

「しばらくはもう勉強したくないなあ」


 三人はそのままスイーツの棚へと向かう。


「テストのせいで、脳が飢餓きが状態になってるんですよ。なので夕飯前に、デザートの先食いです」


 私の視線に気づいた山南さんがニヤッと笑った。


「テストの結果はいつわかるんですか?」

「けっこう早くわかると思いますよ。まあ、そこまで心配はしてないんですが」


 三人が手にとったのは、前に私がおすすめしたイチゴのロールケーキだった。そして山南さんはそれ以外に、プリンアラモードを二つ手にとって、レジ前に戻ってくる。


「先食いにしては量が多くないですか?」

「ああ、これは俺が食べるのではなく、司令と師団長の分ですよ。ここにくる前に、確保を命じられたので」


 なるほどと納得しながらレジに通した。


「皆さんはどこでそれを食べるんですか? 食堂で?」

「いつものそこで」


 指でさされたのは、お店の前にある長椅子。


「じゃあ、プリンアラモードはその後に届けるんですよね? だったらレジ袋に入れて、冷蔵コーナーに置いておきますよ。そのほうが、落ち着いてケーキが食べられるだろうし」

「助かります」


 三人がそれぞれ支払いをして長椅子に落ち着くのを見届けてから、レジ袋に『司令さん師団長さん用』というメモ用紙を貼りつけて、飲み物が置かれている冷蔵コーナーの棚に置きにいく。こういうことができるのも、限られたお客さんしかこないお店ならではだ。


「これ、御厨さんのおすすめなんだって?」


 尾形おがたさんが声をかけてきた。


「そうなんですよ。商品的には、バナナが入っているロールケーキのほうが出回っているんですけど、私はイチゴのほうが好きなので」

「うまいねー。これ、嫁に買っていこう」

「お買い上げありがとうございますー」


 尾形さんが戻ってきてもう一個を確保する。お支払いを済ませてから、同じようにレジ袋にいれて、司令さん達のプリンアラモードの横に並べた。


「ああ、そうだ。山南、ほら、言えよ」


 長椅子に戻った尾形さんが、山南さんの足をツンツンと蹴る。


「?」

「実は今週末、斎藤のカノジョと尾形の奥さんを含めてテストの慰労会をするんですが、御厨さんもどうかなと思って。たしか金曜日は三時まででしたよね?」

「良いんですか?」

「良いもなにも。御厨さんは山南のカノジョなんだから、なんの遠慮もいらないよ。俺のカノジョも来るんだから」

「そうそう。やっと心置きなく、三人ともパートナーを呼べるようになったんだからさ。是非とも参加してほしいな」


 斎藤さんと尾形さんがうなづきながら言った。


「まあ慰労会と言っても、飲みが中心ではなく食べるのがメインなんですけどね」

「そうなんですね。じゃあ、遠慮なく参加させていただきます」


 斎藤さんのカノジョさんと、尾形さんの奥様に会うのは初めてだ。楽しみなのと同時に、少しだけ緊張してしまう。


「よかったよかった。御厨さんが参加しないって言ったら、また山南だけ一人寂しく参加になるところだったよ」

「良かったなあ、山南。御厨さんが付き合ってくれることになって。ずーっとカピバラモードのままだったから、どうなることかと心配してたんだぞ?」


 二人が笑うと山南さんはヤレヤレという顔をした。

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