第五話 休み前はやっぱり騒がしい

御厨みくりやさん、こんばんはー!」


 週末、そろそろ慶子けいこさんがくる時間だなと時計を見ていたら、元気な声がした。声がしたほうに顔を向けると、女性隊員さんの集団がお店に入ってくるところだった。


「こんばんは。あ、今日はもしかして、週末女子会ですか?」

「あたりです!」

「せっかくだから飲みに出れば良いのに」

「明日は皆で映画に行くんですよ。だから今夜はおとなしく、営内で女子会なんです」

「ああ、なるほど」


 普段は迷彩柄の戦闘服で、今はTシャツにジャージ姿の皆さんも、お出かけする時は普通の女の子と同じだ。お化粧もしてオシャレもして。それを見るたびに斎藤さいとうさんは「女性が化けるって本当だな」といつも感心している。


「あ、値引きシール付きを重点的に購入いただけると、たいへん助かりまーす」

「了解しましたー」


 最近の店内には、お惣菜そうざいやお弁当系も並ぶようになった。というのも、前に防衛大臣さんが視察に来た時、外から通っている隊員さんのためにも、お弁当はあったほうが良いんじゃないかという意見が出たからだ。


 大臣さんの意見はもっともなんだけど、もともと利用している人間が限られているし、単発のイレギュラーな利用者が見込めない駐屯地内のコンビニとしては、売り上げの予想をするのが難しい。それもあり、ある程度の傾向がはっきりするまでは、慶子さんの経験と、駐屯地内の皆さんの空気を読む力に頼るしかない状態だ。


 そして並べ始めてわかったことは、意外と購入する人が多いってこと。特にお弁当にプラス一品という感じのお惣菜おそうざいは、事務系の仕事をしている女性陣にも人気が高かった。そして休み前の女子会をする彼女達にも、それなりに人気だ。


「あ、今日はチャーシューの切り落としがたくさんあるー!」

「スイーツがないじゃーん! またどこかの誰かがプリンを買い占めてるー!」

「チーズ鱈、ほしい人ー!」


 彼女達がやってくると、外のお店では考えられないぐらいにぎやかになる。でも誰も迷惑しないので、まったく問題なし!


 キャッキャウフフ状態であれこれ選んでいるのをながめていると、またまたお客さんがやってきた。今度は候補生さん達だ。先に来ていた先輩達を見て、お店に入るのをためらっている。


「いらっしゃいませー」


 先輩達に遠慮している彼等の空気を読まず、遠慮なく声をかけた。


「あ、候補生君達! おつかれー! 訓練すすんでるー?」


 あれこれ選んでいた彼女達が顔をあげ、候補生さん達に声をかけた。普段なら上下関係が厳しい自衛官達も、お休み前となればかなりゆるい空気になる。今の空気は上官と部下というより、学校の先輩と後輩という雰囲気だ。


「あ、はい! 今週からは戦闘訓練に入りました!」


 だけど、ゆるくなっているのは先輩達だけで、候補生さん達はそれなりに緊張しているみたい。


「ってことはアレだよね? ほふく前進と駆け足のくり返しとか? そういうのも始まっているのかな? ほふく前進はつらいよねー。がんばれー。私達も乗り越えたから、きっと大丈夫だよ!」

「はい! がんばります!」


 候補生さん達は、先輩隊員達の買い物の量を見て、目を丸くしている。その気持ちはわかる。私も最初に見た時は驚いたから。


「あ、君達も女子会だけど参加する?」

「え?!」

「うそうそー! これは男抜きの女子会だからね! バイトの御厨さんは大歓迎だけど、男子隊員はたとえ司令でもおじゃま虫だから! ま、そのうち皆で飲みに行けたら良いね! じゃあ、おっさきー!!」


 お支払いをすませると、はち切れそうになったレジ袋を両手に下げて、彼女達はお店を出ていった。


「……めっちゃパワフル」

「今の俺達では勝てそうにない……」


 そんな感想を口々につぶやきながら、候補生さん達がお店に入ってくる。そしてそれぞれが、買いたい商品を物色しはじめた。お菓子やジュース、そしてマンガ雑誌などなど。


「明日と明後日あさってはお休みですよね? 皆さん、外泊とか外出はしないんですか?」

「自分達は明日の居残り組なんですよ。なので今日はゲームしたり漫画よんだりです」

「なるほど。今週もお疲れさまです」

「ありがとうございます!」


 全員がそろって出かけるわけでないのは、屋南さん達一般の隊員さんと同じらしい。


「あ、御厨さん、こんばんはー!」


 そして今度は男性隊員さん達がやってきた。服装からして外に飲みに出かける予定の人達だ。ここに立ち寄った理由は一つしかない。水分補給用のスポーツドリンクと、飲み会前のドリンク剤のまとめ買い。このへんは、私が来た時からまったく変わっていない。


「おつかれさまでーす。今夜は飲み会ですか?」

「いつもの野郎だけの飲み会でーす」

「男ばかりとは、さびしっ」

「あ、ひどいな、御厨さん。女子隊員だって女子会するでしょ。俺達が男子会をしても問題ないのではー?」

「いやまあ、そうなんですけどねー」


 でもなんだか「さびしっ」て思ってしまうのはなぜだろう。


「お疲れ様です!」


 後ろから来た候補生さん達が、彼らに向けて敬礼をする。飲み会を前にオフ状態ではあるものの、候補生さん達の顔を見て、少しだけ先輩隊員としての表情に戻った。


「今週もお疲れさん。今週末の居残り?」

「はい!」

「そっか。ゴールデンウイークになったら一息つけるから、それまでは我慢だな。頑張れよ」

「はい!」


 候補生さん達に先をゆずり会計をさせると、彼等を見送り、自分達の商品をカウンターに持ってきた。


「候補生さん達、ゴールデンウイークまでお休みがないわけじゃないですよね?」

「休みはあるよ。ゴールデンウイークが初めての長期休暇ってやつなだけで。で、その休みを利用して、久しぶりに実家に帰省するヤツもいるって話なのさ」

「なるほどー。皆さん、ちゃんと戻ってくるんですよね?」


 訓練がつらくてそのまま帰ってこない人もいたりするのだろうか?と疑問に思った。だってほら、泣きながら訓練しているコーヒー牛乳さんみたいな候補生さんもいるわけだし。


「俺達が知っている限り、そういう隊員はいないかな。噂では~的な話は聞いたことあるけど、実際には見たことないし」

「そうそう。実際に見たことあるのは、普通の休みの夜に飲みつぶれて、リヤカーに乗せられて戻ってきたとかいうやつだよね」

「それはそれですごいですね」


 そのうち、山南やまなみさん達に話を聞いてみよう。長くいる分、いろんな話を知っていそうだ。


「御厨さんは明日は休み?」

「はい。明日はいつもの学生さん達が入っているので」

「そっかー。お互いにお疲れ様だね。じゃあまた月曜日にー」

「はーい。お疲れ様でしたー」


 お会計をすませると、レジ袋を片手にワチャワチャしながら出ていった。


「今週のお客さんはこれでおしまいかなー」


 あとはレジを締めにくる慶子さん待ちかなと、店内をざっと見てまわる。女子会のおかげか、値引きシールのお惣菜おそうざいとスイーツはほとんどなくなっていた。残っているのはサラダと焼きそばパンぐらいだ。


「……プリン、週末だけでも増やしたほうが良いかな。司令さんと師団長さんのプリン熱、まだ冷めてないし」


 女性隊員さん達が買い占められてる!と残念がっていたのは、今夜が初めてではなかったような。これもあとで仰木さんに相談してみよう。



+++



 そして慶子さんがお店に顔を出した時に、それとは別にもう一つ、気になっていたことを質問してみた。


「実際のところどうなんですか? 訓練の途中で戻ってこなかった人って、いるんですか?」

「私は聞いたことないわねえ。かなり昔の話だけど、帰ってこないから探しに行って、捕まえて戻ってきたって話は聞いたことあるけど」

「それ、逃げ切れなかったパターンというやつでは」

「そうとも言うわね」


 慶子さんはのんきに笑っているけど、それって笑いごとではないのでは?


「恐ろしいですね……」

「今だと、そんなことしたら問題になっちゃうわよね。昔だから許されたっていうか、問題にならなかっただけで」

「時代が違うとすごい話もあるんですね」

「それこそ都市伝説化してそうよね。あ、ひきとめてごめんなさい。後は私がしておくから、あがってくれて良いわよ?」


 慶子さんが時計を見ながら言った。慶子さんにレジを任せ、バックヤードに引っ込む。タイムカードを押して制服を脱ぐと、それをたたんでリュックに入れた。明日と明後日が休みなので洗濯するために持って帰るのだ。


「明日と明後日あさってのシフト、大丈夫ですか?」

「今のところ大丈夫よ。ありがとう。ゆっくり休んでね。あ、そっか、明日は山南君とデートだっけ?」

「デートじゃないですよ。ここの景品でチケットが当たったから、一緒に映画に行くだけです」


 コンビニのくじ引きで当たった映画のペアチケット。誰を誘おうかと悩んでいたら、尾形さんがこの映画を山南さんも見たがっていると教えてくれたのだ。だから声をかけただけなのに、周囲はすっかりデートあつかいだ。


「そういうことにしておくわ~」


 ほがらかな声が返ってくる。着替えを終えてバックヤードから出ると、さっき見て回った時に残っていた、値引きシールの貼られたサラダと焼きそばパンを手にした。


「最後にお客さんしていきます」

「商品廃棄の削減に協力してくれてありがとう」

「あの、本当にデートじゃないんですからね?」

「はいはい。デートじゃないのね」


 そんなわけで明日は、山南さんと映画を見にいきます。デートじゃないよ!

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