第十四話 広報活動中?

「どこのテレビ局が来るんでしょうね」

「最近は、色々なテレビで取り上げられるものね。私が初めて、ニュース以外で自衛隊が取り上げられているのを見たのは、槇村まきむらちゃんのお仕事コーナーだったかしら」

「あの番組、まだ続いてますよね。槇村さんは、ほとんど出てこなくなっちゃいましたけど、最近は、クイズ形式になっていてなかなか面白いです」


 あの番組で、自衛隊が取り上げられていたとは知らなかった。慶子けいこさんの口ぶりからすると、かなり昔のようだ。いつか、アーカイブで見られると良いんだけど。


 そんなことを考えながら、お掃除をしたり、少なくなってきた商品の補充をしていると、女性隊員さん達がやってきた。気のせいか、いつもよりソワソワしている様子だ。


「いらっしゃいませ。こんな時間に珍しいですね。なにか備品の買い足しですか?」


 今は勤務時間中だ。となると、訓練で必要になるものが、急に出たのだろうか。


「そんなところです!!」


 だけど、レジにやってきた彼女達が手にしているのは、新しい歯磨きと歯ブラシ、制汗剤とか整髪のためのジェルとか。どう考えても、訓練に関係している商品とは思えない。


「……?」


 一般人の私には、使い道は一つしかないように思うけど、ストッキングのこともある。もしかしたら、私が知らないな別の使い道があるのかも、と思いながら、レジに通した。


御厨みくりやさん、知ってました? 今日、バラエティー番組の取材が入るんですけど、リポーターさん、有名な俳優さんなんですよ」

「そうなんですか? 私達、なにか来るらしいとしか聞いてなくて」


 最近では、番組宣伝をかねて、同じ系列局のバラエティー番組に、俳優さんが出ることも珍しくない。もしかしたら、新しく始まるドラマに出る俳優さんだろうか?


「なんと、秋からの始まったドラマに出ている、イケメン俳優なんですよ!」


 そこまで聞いて、ピンとくるものがある。秋から始まったドラマで、職業が自衛官という人物が出てくるドラマがあったことを、思い出したからだ。


「あ、もしかして自衛隊つながりですか?」

「そうそう、自衛官さん役で出てるあの人です! いま、ヒロインとすれ違ってるじゃないですか。銀行員と自衛官、どっちがヒロインとくっつくと思います? 俳優さんの人気度からして、絶対に自衛官の彼だと思うんですけど!」

「あー、ここしばらく見る時間がとれなくて。録画をためこんだままなんですよ」

「あああ、ごめんなさい、ネタバレしちゃった?!」


 私の言葉に、慌てて口を手でふさぐ。そんな仕草をする彼女達は、迷彩模様の作業服を着ていても、普通の女の子と変わらない。


「いえいえ。雰囲気的に、そんな話になるとは予想してたので。その展開は想定内ですから、お気になさらずー」


 ドラマの内容は、いわゆる典型的な三角関係ものだから、そうだろうと思っていたので問題なしだ。


「私だったら、銀行員の彼を選びますけどね~」

「いやあ、でも、ちょっとマザコンチックな男ってのは~」

「そこは目をつぶるとして、職業的に銀行員なら、安定してるじゃない?」

「安定度はこっちも同じじゃ? 自衛官は公務員だし」

「でも、有事の時は戻れないこと多いじゃない? 緊急の招集もあるし。あのヒロインの性格としては、どうなの?」

「自衛官とお付き合いするなら、それぐらいの覚悟がなきゃー」

「それをしたら、ヒロインの人物設定が根底からひっくり返っちゃう~」

「土壇場でまさかの開眼かいげんとか!」

「そんな伏線、いままでに出てた~?」


 レジ前で、あれやこれやとドラマ談議が始まってしまった。


「御厨さんはどうですか?」

「は、はい?!」


 いきなり話をふられて固まる。


「銀行員と自衛官ですよ。御厨さんなら、どっちを選びます?」

「いやー……どうなんでしょう……ここしばらく見てないので、なんともかんとも……」


 演じている俳優さんは、どちらも素敵だと思う。でも、目の前にいる人達が私に質問したのは、そういう意味ではなさそうだ。


「御厨さん、そこはやっぱり、自衛官って答えなきゃ!」

「え、そうなんですか?」

「だって私達、自衛官ですよ?」


 そう言いながら、全員が自分達を指でさす。なるほどと納得した。


「じゃあ自衛官で」


 とってつけたような答えに、その場にいた全員が笑う。


「とにかく、録画してあるぶんを見なきゃいけませんね。あ、ドラマの話が出たので質問したいんですけど、自衛官的には、あの人物の設定はリアルなんですか?」


 というのも、ドラマに出ている自衛官さんの経歴が、なかなかすごいと思ったからだ。防衛大学出身で、特殊な部隊に所属していたとか、どこかの海外派遣で外国に行ったとか、大使館の駐在武官をしたとか、などなど。


「経歴的には有り得ると思いますよ。ただ、あそこまで経歴を積んでいるのに、あの若さってのはありえないかも。うちの駐屯地司令や師団長ぐらいの年なら、十分にありと思いますけど」

「そうなんですか」


 演じている俳優さんは、山南やまなみさん達より少し年上の人だった。


―― ドラマの中では山南さん達の年齢でも、実際の世界だと、司令さんや師団長さんぐらいになるのか、なるほど…… ――


「意外とそのへんは厳格なんですよ、自衛隊。基本は年功序列で、優秀だからって、飛び級して偉くなるわけじゃないんです」

「へえ……そうなんですか。皆さんと話していると、色々と勉強になります」


 感心しながら、商品をレジ袋に入れる。


「でもまあ、あれはドラマの世界ですし。イケメンだから良いんですよ!」

「そうそう、夢があるじゃないですか! あまりリアルでも面白くないですし!」

「かっこよければ良しと?」

「そんなところですね!」


 結局、話はそこに落ち着いてしまうらしい。


「せっかくなんだから、サイン、もらえると良いですね」

「そんなの頼んだら、隊長に叱られちゃいますから、言えませんけどね!」


 笑いながら、じゃあ失礼しますと言って、お店から出ていった。


「買ったもの、結局、なにに使うんだろう?」


 もしかして、イケメンさんと顔を合わす前の身だしなみ?


―― お仕事中だから、さすがにそれは無理だよね…… ――


 でも、いつも元気でにぎやかな彼女達のことだ。もしかすると、もしかするかもしれない。



+++



「あやさん、あやさん!」


 お昼休みでお店を離れていた慶子さんが、急ぎ足で戻ってきた。


「おかえりなさい。早かったですね、まだ休み時間、残ってますよ?」

「そうじゃなくて! いま、食堂に俳優のなんとかさんが来てるのよ」

「なんとかさん。ああ、自衛官役のあの人ですよね」

「そうそう、自衛官役のあの人!」


 食レポもするのか~と、変なところで感心してしまう。そして、どうせ食レポをしてもらうなら、海上自衛隊のカレーライスや航空自衛隊の唐揚げのように、陸上自衛隊でも、なにか名物料理を編み出せば面白いのにと思った。


「思っていた以上に顔が小さくてね。さすがモデル出身だって、感心しちゃった! あと、けっこうイケボ! イケメンだと声もイケメンなのね。びっくりよ」

「慶子さん、もしかして話したとか?」


 慶子さんの興奮ぶりが面白くて、思わず質問をする。


「まさか! 周りは、撮影スタッフと広報が取り囲んでいるんだもの。近づくことなんてできないわよ。騒々しいから、早々に食堂から逃げてきたの」

「なるほど」

「お隣でご飯を食べることになった女子隊員、大丈夫かしら」


 ああ、それで、と急なお買い物に納得した。あれは、この時に備えてのものだったのだ。


「俳優さん、私服なんですか? それとも作業着?」

「もちろん、今回の取材にあわせて作業着。なかなか似合っていたわよ?」


 そのイケメンでイケボの俳優さんが、山南さん達と同じ作業服を着て、食堂でご飯を食べているところを想像してみた。いまいちピンとこない。制服は似合っているなと思っていたけど、作業服に関しては、山南さん達のほうが、すっと似合っているように思える。


―― 俳優さんだからって、なんでもかんでも着こなせるわけじゃないのかな。ま、ドラマの中で作業着を着ているシーンが出てきたら、また印象が変わるんだろうけど ――


 やっぱりイケメンさんも、本職さんにはかなわないんだろうなと、不思議と納得してしまった。


「午後からは、模擬演習をするみたいよ?」

「そうなんですか?」

「山南さん達の中隊が協力するって、言ってたわ」

「ってことは、山南さん達の仕事ぶりが、テレビで全国に流れるってことですね」


 一体どんなことをするんだろうと、少しだけ興味がわく。


「あやさん、そのタイミングで休憩時間をあげるから、見学してきたら?」

「え、でも何時からするなんて、わからないですよね?」

「そうでもないと思うのよね……」


 慶子さんが意味深に笑うと同時に、お店に隊員さんがやってきた。作業着ではなく、きちんとした制服姿だ。そして広報課の腕章をつけている。


「すみません、ドーラン、一つ、ありますかね」

「あ、はい。いつもの棚に」


 その人は、装備品がまとめて置いてある場所へと向かうと、しばらく探すようなそぶりを見せた。


「あの、置いてあるの、わかりました?」

「ああ、はい。大丈夫です、見つかりました」


 ドーランを手にレジに来ると、ドーランを置いてお財布を出した。


「領収書もいただけますか。陸幕の広報あてで」

「それは私が書くから、あやさん、先にお会計をしてあげて」

「あ、はい」


 慶子さんに言われて、レジに通す。


「広報さんも使いっぱしりが大変ね」

「これも仕事ですから」


 慶子さんにねぎらいの言葉をかけられ、その人はアハハと笑いながら、お金を差し出した。


「これ、あのイケメンさんが塗るの?」

「だと思います」

「ところで、訓練を見せるのってお昼からよね。私達が見学しても大丈夫かしら?」

「問題ないと思います。見るだけなら、駐輪場からも見えるので、そちらからどうぞ。ただ、仰木おうぎさん達は私服なので……」


 私と慶子さんの制服の上着を指でさす。たしかにこの色は、ここの人達の制服や作業着とは違い、けっこう派手だ。


「見物をするなら、コッソリとお願いしますってことよね」

「はい。撮影は1330からの予定です」

「教えてくれてありがとう」

「いいえ、どういたしまして。あ、昼の休憩に入ったら、テレビ局の人達がここを利用すると思います。なにかありましたら、広報に」


 そう言うと、その人は急ぎ足で戻っていった。


「というわけで、1時半からね」

「……慶子さん、スパイになれますよ」

「そう? 私、人の話を聞くのが得意なの」


 慶子さんはそう言って、ニッコリとほほ笑んだ。

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