自殺ゲーム

@1640

第1話

「ねぇ、死なないの」

 手元のスマートフォンを見つめながら学生が尋ねてきた。出入り口のふさがれた密室で二人っきり、椅子に腰掛けて向き合っている。

「君のほうはどうなの」

 学生と面識はない。学生と言うのもなんとなくの印象だ。親睦を深める気もない。その気持ちがそのまま声になった。会話はそれで途切れた。

 常夜灯が点いているだけの薄暗い部屋、その広さに覚えが、そうだ。教室だ。学校を改装したのだろうか。

 四方の壁にはナイフ、槍、弓矢、拳銃、古今東西のありとあらゆる武器が飾られている。それ以外にはなにもない殺風景な場所。

 好き好んでここに居るわけではない。どこの誰とも分からない連中に閉じ込められたのだ。

 手荷物を没収されていないから携帯電話はあるけれど、当然のように電波の届かない地域で、外部と連絡を取ることはできない。

 はじめに案内され、説明を受けた場所には同じ境遇であろう人が多数居た。ここと同じような部屋が複数あるのだろう。

 連中は言った。我々は自殺志願者を擁護する者だと。そのための場所を提供する。遺族への配慮も充分に行うと。擁護ってそんな意味だったけ。まぁ、どちらにせよ、部屋に居るのは自殺志願者である。

 何年か連れ添った相手に三行半を突きつけられて、自暴自棄になっていたのは確かなので否定は出来ない。価値観の不一致だと散々気を使わせておいて。思い出しただけで腹が立ち、情けなくなってくる。

 所かまわずに死なれては後始末が大変になるから、閉じ込めてしまおうというのは理解できるが、用意された自殺のための道具は痛みを伴って血を流すものばかり。そこにペアで閉じ込める理由があるとするなら穏便じゃない。

 問題は、どちらかが死ななければ部屋から出られないことだ。

 最後に連中は言った。

 部屋の中での死はすべて自殺扱いになると。


 本物か確かめるために触ったナイフで傷つけた手の血は止まっていた。三十分は経っただろうか。食料の供給はないと考えたほうが良さそうだ。

「ねぇ、死なないの」 

 スマホの操作に飽きたのか、諦めたのか、学生がまっすぐにこっちを見て尋ねてきた。

「どうしたものだろうね」

 どうやら死ぬ気はないらしい。とぼけて返す言葉に学生が椅子を弾いて立ち上がった。

「死なないのなら、殺してやるよ」

 やっぱりそうなるよね。同じ結論に至った学生が足早に一方の壁へ歩いていく。その背中を目で追うが、照明が弱いせいで壁の近くは暗がりになって分かりづらい。殺す武器を選んでいるはずだ。こちらに向かってくる様子はない。弓とか銃とか、その必要がない物なのだろう。

 突然、甲高い爆発音が尾を引いて横切り、後ろの壁で反響する。学生の短い悲鳴が聞こえ、重たくて鈍いなにかが床を叩く。

 学生の目論見は外れたが、向けられた殺意はまっすぐに届いた。人の精神は実に単純だ。目には目を、歯には歯を。気づけは学生との距離をつめていた。学生は尻餅をついたまま後ずさる。

 足元に黒い塊が落ちている。学生が使用した拳銃だ。数ある選択の中で一番洗練された凶器。拾い上げれば、しっかりした重みがある。テレビなどで強力な銃と紹介される、真ん中が回転する代物。撃ったときの反動がすごいらしいから、それに驚いて放心したのだろう。

 学生は殺意も覚悟も抜けたよう、だらしなく足を伸ばしていた。

 絶対的な優位に気分が高揚する。

「映画かなんかでさ、殺す覚悟のあるヤツは死ぬ覚悟も出来ているってセリフあったよね」

 どうにも気持ちが抑えられずに言葉が出た。学生の顔が引きつっていく。屈んで視線を合わせ、腹に銃口を押し当てる。

 助けて、と学生のか細い懇願が耳をくすぐる。主役を追い詰めた悪役が長話をするわけがなんとなくわかった。

「そうそう、こんなセリフもあったかな」

 しっかりと両手で拳銃を握り、肩ひざを付いてふんばる。

「死に方は選り好みするモノじゃない。って」

 息を止め、目を瞑り、歯を食いしばり、トリガーを引いた。

 空気が破裂する。前触れのない衝撃と音に体を押されて背中から床に倒れた。全身を強張らせていたから頭は打たなかったけど、耳鳴りでしばらく自由が利かなかった。

 身体を起こせば、うずくまって倒れる学生が視界に入った。残響に揺れながらどうにか姿勢を正す。

 静まり返った部屋に僅かな機械音がして、向かいの壁の一部が開いた。暗がりになれた目にはきつい光が入ってくる。深々と帽子をかぶるスーツ姿、連中の一人が近づいてきた。こちらからも歩み寄って明かりの中に立つ。

「おつかれさまでした」

「これで終わりですか」

「はい」

 端的な返答をして、退出を促すよう開かれた場所に手をかざす。

「これは、もらっちゃって良いのかな」

「かまいませんよ」

 持ったままの拳銃をかるく振ってみた。軽い冗談をまじめに受け答えられ、興をそがれてしまった。拳銃を手渡して部屋を出た。


 その後は連れてこられたときと同じよう、外の見えない車に乗せられ、アパートの前で降ろされた。住所を教えた覚えはないが、そのくらいの調べは出来るのだろう。もうすぐ日付が変わる時刻。

 自室に戻り、誰かに連絡すべきか悩んでいると、手が銃を握る形になっていることに気づいた。そのときの重さも感じられた。

 アレが命の重さか。

 もらっておいて、あいつにブチ込んでやるべきだったと後悔した。



 日差しで目を覚ました。曲がりなりにも死のうとしていた身だ。新しい朝を迎えた感傷は休日明けと変わらず。

 テレビをつけても大きな事件事故の報道されていない。半分の、十人くらいは死んでいるはずだけど。まだ、にらみ合ってたりして。

 二度寝しようか、なにか食べようか迷っていたら、ドアを叩く音がした。

「昨日はどうも」

 無用心に玄関を開けてしまって後悔、いや、恐怖した。反射的に戸を閉める。

 はっきりと覚えているわけはでないけど、外に立っていたのが、撃ち殺したはずの学生だと直感した。

「大丈夫ですよ。お化けじゃないですから」

 扉の向こうから声は、ずいぶんと落ち着いている。お化けじゃないなら別人か。双子とか。どっちにしても大丈夫なわけがない。

「どうして、この場所が分かった」

 違う。なんで生きているのかを聞くべきだった。いや、違う。ここへ来た目的だ。仕返しだとすれば警察に連絡しなければ。殺したはずの相手に命を狙われていますって。

 心臓の鼓動が高鳴る。こんな感覚は子供のとき見た、人体浮遊マジック以来だ。

「あぁ、なんで死んでいないのかってところから説明すべきかな。あれは単純なトリックで、弾頭を外したんです」

 学生の種明かしによれば、あのときの銃に込められていたのは薬きょうだけだったと言う。

 空砲とはいえ、火薬の爆発で音と衝撃は相当にある。おかげで気絶して、死を装うことが出来たらしい。

「連中、心音や脈を計測してたわけじゃないからね。偽装作戦を思いついたわけさ」

 扉の向こうで得意げになっているのが容易に想像できる。

「それで、この場所をどうやって知ったかですが、あの人たちに聞いただけです。丁寧に教えてくれました」

 国家プロジェクト並みの運営で、対応が自治会レベル以下だ。種も仕掛けもプライバシーもあったものじゃない。一人しか部屋から出られないって言ってなかったけ。言ってないか。

「あなたの名演がなければ、こうも上手くはいかなかったでしょう。そのお礼に来ました」

 お礼って、仁侠映画的なアレか。

 演技した覚えはないが、そう誘導されていたとすれば、まさに手品だ。

「安心してください。ここで殺人なんかしたら、犯罪者になってしまいますからね」

 足音が去っていく。すっかり目が覚めて、体は生き抜くために空腹を訴えてきた。

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