揺るぎないもの
@Azumari123
近況
好き放題でっかい夢を喋れるのは若者の特権だなぁって、最近ホントに思う。僕は大学を卒業してから社会人バンドに入り、メジャーデビューを志してバイトと両立する生活を送っていた。もう今年で4年目になるけど、それだけの歳月を一緒に過ごした割にはメンバー間の波長が合わないというか、みんなが真剣にデビューを目指している感じがしなかった。時々――本当に時々だったけど――ミニライブをさせてもらってお客さんと一緒に盛り上がるのが楽しいから、その一瞬を求めて何とか続けたかった。だけどもう限界かもしれない。限界というのは僕の気持ちの問題もあるけど、それ以上にこういう娯楽活動が容易に許されない社会情勢が来てしまったのも原因だね。
コロナウィルス。
そいつは春先に突然やって来て、日本全国に感染症をもたらした。発症の拡大を防ぐため、一人ひとりが外出を自粛する生活を強いられた。お陰で出歩く人の数は一気に減り、大勢が密集するライブイベントは軒並み中止。練習も顔を合わせて行うことは憚られ、オンラインでのセッションが推奨される雰囲気になった。と言っても、音質が悪くてラグもあるオンラインで合わせるのは簡単ではない。メンバー全員が団結していたら違ったかもしれないけど、先の通り僕たちのバンドはそうじゃなかった。元々上手くいかなかったのに追い打ちをかける出来事が起きたから、僕たちの活動は実質的に停止してしまった。
コロナウィルスの爪痕はそれだけじゃなかった。流行り始めて3ヶ月経ったくらいかな、梅雨の湿気がまとわりつく中バイト先に向かったら、店長にすごく寂しげな表情で出迎えられたんだ。
「……閉店、ですか」
言われた事を繰り返すと、本当に重苦しい感じでゆっくり頷かれた。眉間に皺という皺が寄った店長の顔、そして厨房だけ明かりが点いた薄暗さ。あの時のどんよりした雰囲気は嫌ほど印象に残った。このご時世で大変なのはみんな同じなんだなぁって、月並みながらそう思ったっけ。
その日の夜は家に帰り、何のやる気もなくベッドに転がった。寝返りを打つと、遠くの壁に立てかけてあるギターケースが見える。僕のささやかなバンド活動を支えてくれた相棒。この3ヶ月はほぼ触ってあげられてない。可哀想だ。だけど許してほしい。色々上手くいかなくて、僕も疲れちゃった。
ふと、スマホが震える音がした。テーブルの上のスマホから微かにランプが光るのが見える。もぞもぞとベッドを這って無理やり手を伸ばした途端、腕がつった。痛い。でも何とかスマホは取れた。
画面を開くと母さんからメッセージが来ていて、簡単に言うと「元気にしてる?」って内容だった。コロナが流行り始めた時も同じものを受け取っていた。正直元気じゃないけど、ありのままを全部打ち明けると心配されそうだ。気分が沈んでる中でやり取りするのはちょっと面倒だし「元気してるよ」とだけ返しておく。
母さん、そして父さんも。元気かな。大学卒業からバイト生活を始めて3年間。実は全く顔を合わせてない。
それもそのはず、父さんから「勘当」を言い渡されたからだ。
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