1話 初仕事
モノクロの日々。窓から入った風が鼻をくすぐり、道路の先が陽炎に揺らぐ。
フロントガラスを突き抜けた日光がハンドルを握る手を焼いていく。
夜勤明けのぼやけた視界の中で確かに見えたのは、信号待ちをしてる俺の車に走ってくる人影。
よく見るとそれは制服を着た少女のようだった。そして、その少女は運転席側に立つとスクールバッグからは似つかない、サイレンサー付きの拳銃を眉間に突きつけた。
「喋らないで。こっちを見ないで。今から後ろに乗らせて貰うけど変なことしたらわかるよね」
冷淡な声がまるで心臓に釘を刺すように響く。そんな俺を歯牙にも掛けない様子でスライドドアを雑に開け、運転席の後ろに乗り込む。
「それじゃあとりあえず適当に走って」
まだ状況を理解出来ていない俺は無言で指示に従う。車内にはガタつくベアリングの音と風切り音がこだまする。それを切り裂くように少女が口を開いた。ため息混じりに「窓閉めてエアコンを付けて」と。
その意見に対し俺は唾を飲んで震えながら声を絞り出す
「あの、燃料が無いからエアコンは」
言い切る前にルームミラーが砕け散った。
運転席と助手席の間からは煙を吐く銃口が出ている。
「次は当たると思って。わかった?」
「……了解」
だが自分の街へ帰る分の燃料くらいしか残ってないのは事実だ。どこまでいくつもりか分からないがガス欠しても俺は知らない。
ハンドルを回し窓を閉めるとエアコンのスイッチ押す。ある程度車内が冷えてくると一息付いて、「それと、後ろから黒いセダン付いてきてるのわかる?」と聞いてきた。それに小さく頷いて答える。自分も気になってはいたが先ほどからやたら綺麗なセルシオが一定の感覚を保って付いてきている。
カリカリと頭を掻く音と共に「はあ、ったく。めんどくさいわね。仕方ない」と一人でぶつくさと呟く。
それから茶封筒がダッシュボードの上に投げ込まれた。しかもそれなりに厚さがある
「あなた名前は、それと年齢」
正直こんな怪しい人間に名前を教えたくはなかったが教える他に選択肢はなかった。
「
「わかった。その封筒の中には三十万入ってる。そのお金で今から貴方を雇う。だからあの車を撒いて」
恐らく並大抵の事情ではなさそうだ。どちらにせよ俺は既に巻き込まれている。もう後戻りが出来ないことは内心わかっていた。
そして俺の手取りより倍はある封筒。二ヶ月分の給料が一日で。眠気混じりの混濁した意識の中で俺が導き出した結論は一つだった。
「わかった」
俺の車はいろんなとこがヘタって来てるボロボロの軽バン。普通に考えればあんな高級車からなんて逃げれないはずだ。普通なら。
場所は家路から大きく外れた畑の真ん中。ちょうど交差点がある。俺は標識に従い一時停止をする。
「何止まってるの? 車も来てないわよ」
「ちょっと捕まっててくれ。それとシートベルト」
左右前後。俺と追手以外に車も人もいない。
アクセルを全開まで踏みつけ素早くバックギアに入れる。それから勢いよくクラッチを離す。
タイヤは一瞬悲鳴を上げ、黒光りするボンネットへ突進を始めた。コンマ数秒後には鈍い音が周囲にこだました。
後ろを振り返ると案の定エアバッグが膨れ上がり煙が充満していた。恐らくあの程度の勢いじゃ走行は可能だが、運転手はどうだろうか。ガスが充満する車内に、顔面に叩きつけられるエアバッグ。すぐに追って来ることはないだろう。
俺は急いで走り出すと取れたテールを引き摺る音を響かせ山の方へ走った。この車じゃ適当に走ってるだけじゃ性能差で追いつかれるのは目に見えてる。
獣道を見つけるとすぐに突っ込んでいく。車内は上下左右へと揺られ、さっき撃ち抜かれたルームミラーは既にフロアマットの上だ。
なんとか鬱蒼と生い茂る草木を切り抜け、開けたところへと出た。恐らく昔の集落か何かの廃墟だろう。元々この辺は小さな集落が合併に合併を重ね形成された地区だ。
「多分ここまでは来ないだろう」
エンプティランプが点滅するのを横目にエンジンを切って青空の下に出る。まるでそれに続くように少女が降りる音がした。振り返ると「イッタイわね……」と頭をさする少女。俺はそこで初めて顔を見た。
シワひとつない整ったセーラー服に身を纏い、淑やかな薄い目で冷ややかな目線をこちらにやる。口元はキツく一文字に縛り、静かな風に癖っ毛のロングヘヤーが揺れていた。
「ありがとう。報酬分の働き、助かったわ。後はこっちでやっとくから大丈夫よ。それじゃあさようなら」
素早く言い切るとそそくさと片道は歩き始めた。「おいちょっと待ってくれ!」と急いで引き止める。
彼女は「もう仕事は終わったから貴方に用はないわ」と振り返ることもなくあしらったが俺はすぐに続けた。
「違う、さっき言ったはずだ。帰り分の燃料がない」
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