第28話 アンジュの正体

 布に巻かれながらアンジュがまた私にキスをする。


「う、……ん!」

「……ふふ、やっぱりシルヴィの唇が1番だな」

「もう……!」


 暗幕の中でアンジュと向き合う。

 灯りが灯る。

 もちろん魔法だ。

 アンジュが柔らかく微笑んだ。


「シルヴィ、満足したか?」

「え? な、何言ってるのよ……」

「ん?

 これが君が求めてた、えんでぃんぐと言うやつだったが、いまいちだったか?

 まあ、少し途中経過は変えてしまったからな。

 ただやり直すのは流石の私でも骨が折れるから、

 できれば納得してもらいたい所だな」

「ちょ、ど、どういうこと?」

「君がシルヴィエンドを見れずに死んだから、見せてやろうと思ってな」

「え……、え!?」


 アンジュの言葉に思考が止まる。


 そう、私は…死んだ。

 だから、この世界に転生した。

 それは理解していたはずだけど……。


「アンジュ、あなた……前世のこと、やっぱり知ってるのね?」

「ああ。それなりにね。

 君が如何にシルヴィに執心していたか、自分で熱心に語っていたから。

 それなのに、せっかくシルヴィエンドを見ようとしていた日の朝に、死んでしまうだなんて。

 君の魂が無念に咽び泣くのが不憫でつい、ね」

「あなたが……、この世界を作ったの?」

「作った、と言えるかもしれないね。

 イチから作ったわけではないけど、

 ここまでお膳立てするのはかなり四苦八苦させられたものだ」


 アンジュは、あのときのようにのらりくらり交わすことなく、質問に答えてくれる。

 その内容は全く理解できないけど!


 私は以前にも問うた事を、もう1度口にした。


「あなた、何者なの?」

「私は、しがない神だよ」



 か、神?

 神って、神様ってこと?



「神、様、なの?」

「そうだよ」

「なんで神様が、私に……」

「君の願いを叶えたのはこれが初めてじゃないんだけど覚えてないか?」

「へ? ……まさか、あの祠!?」

「うん。

 君の住んでいた家の近くのボロい祠の神だよ」



 神様、マジでいたんだ……。

 え、ってことは、


「シルヴィ原画セット……!!」

「喜んでくれてたよね~」

「あ、ありがとうございます!」


 思わずお礼を言ってしまう。

 お礼参りもしたけどさ、

 便宜をはかったらしい本人を前にしたら感謝を伝えたくなるものだ。


「……? でも私、それ以降はお願いごとはしてなかったような気が……」


 アンジュが頷く。


「そうだね。別に何も。

 だからこれは、私の気まぐれでもあるし、

 君の望みを基に私がやりたいようにやった結果でもある」

「ちょっと……よくわからないよ?」

「君があんまりシルヴィシルヴィ言うから、

 見たくなったんだよ。


 でも私がげぇむをすることはできないからな。

 君の魂が持っていたげぇむの情報を基に、

 似たような世界を探して、舞台を整えた」


「は……?」


「流石に150年ほどあれこれ弄ってたから疲れてしまったよ。

 動くのも久々だったし……」

「えーと……?」

「あ、君の魂はずっと寝てたよ。

 その間輪廻転生には乗れなかったけど、

 良かったでしょ?」

「はい?」

「君は原画を望んだときに何でもすると言っていたではないか。

 だから少しくらい問題ないよね」


 いやいや、150年って結構長いぞ……って、そういう問題じゃない!

 私が、口をパクパクさせながらも何も言えないまま、

 アンジュ一人がべらべらと喋る喋る。


「いや~私もそろそろ神様業にも飽きが来ていてね。

 誰も信仰してくれなくなって暫く経つし、

 潮時かなぁと思いながらも億劫で寝て過ごしてたら君が現れてね。


 なかなか面白い魂だったから気に入って見てたら、

 まさか呆気なく死ぬとは思わなくてちょっと驚いたよ。


 君の魂が未練たらたらだったから、

 折角だし私も楽しませてもらおうと思った。


 おかげでウン千年生きて初めて実体を持てたよ。


 これはいい感じ。

 本当に楽しませてもらったよ。

 実体があると感情のうねりが凄いね、五感と言うものの全てが面白くて仕方がない。

 そこから生まれる感情もね。


 実体を得て、神様業というのは如何に退屈で平淡なものだというのが解ってしまったよ。

 規則に縛られ、ただ悠久の時を揺蕩うのみ。

 そんな日々はもう捨ててしまいたいとは思っていた、

 でもそれすらもできないほどに私の感情と言うものは凍りついて死んでいた。


 君に会って少しだけそういうやる気といった類の感情が出てきたのだ。

 感情が動くことも百年単位で記憶になかったから、君には感謝している。


 君も見たかったシルヴィエンドが見れて良かっただろう?

 ま、両者共に利益があったということだな」


 アンジュが目を細めて私に感謝を述べているけど、

 全くもって意味不明だよ!


 アンジュは神様で、でも神様業に飽きてきた頃に私がシルヴィシルヴィ言ってるから面白がられて、

 願いを叶えてくれたけどその代わりに私が死んだあと私の記憶を元にゲームの世界を作って、

 自分は実体を得てヒャッホーして私に感謝を述べている……?


「ごめん、わかんない!」

「わからなくとも良い。

 とりあえず、げぇむというのはほぼ終わった。

 私はもう神としての力はほとんど残ってないからな。

 あとは自由に生きていつか死ぬだろう」


 アンジュは、今までで1番、穏やかに嬉しそうに笑った。


「それが私の、望みだったのだよ」



 私はその笑みに目を奪われた。



「アンジュ……」

「私は神として生まれ、沢山の人の願いを見てきた。

 利己的、利他的、刹那のものから永久を願うもの、美しいと思う感情から醜いもの、

 ありとあらゆるものをね。


 人は醜い、理解できないと思うこともあったが、

 そういった強い感情はいつだって私を引きつけてやまなかった」



 アンジュが私の頬を撫でる。



「君にも、その感情が見えた。

 でも、君の感情の向かう先はこの世に存在しないものだった。

 君は理解など求めてなかった。

 ただ否定しないでほしいと願っていた。


 それが不思議だった。


 存在しないものにここまで執着できるのは何故なのか、と。


 私は、そのシルヴィと言う存在が、羨ましかったのかもしれないな」



 アンジュが穏やかに語る。


 もしかしたら、アンジュ神様は寂しかったのかもしれない。


 永い時、在り続け、それでも誰にも認知してもらえない、悲しい神様。


 シルヴィと言う架空の存在にさえ、

 意味不明な程に情熱的な愛を垂れ流す人間がいるのに、

 と思ったのかもしれない。

 

 感情が久しぶりに動いたというのは、そういう訳もあったのかも。


 私はアンジュにそっと抱きついた。



「私、最初は完全にシルヴィたんになってた。

 自分がやっていたゲームのことも、

 自分が大好きだったキャラになってることも気づいてなかった。

 でも、前世を思い出す前も、思い出してからも、

 アンジュのことは、アンジュとして、ずっと大好きだったよ。

 聖女だからとかじゃなくて、不思議で面白いアンジュが好きなの」

「シルヴィ……」

「アンジュが神様だってわかっても、気持ちは変わらない。

 アンジュと過ごせてとても楽しかった。

 シルヴィを…私を信じてくれてとても嬉しかった。

 出来事はゲームのシナリオだったかもしれないけど、この気持ちは本心です」


 アンジュが、目を細めて呟く。


「本当の気持ち、真心というのは、温かいのだな……。

 確かに、感じる」

「うん……」


 私はアンジュをもっと強く抱き締めた。

 永い時を経て今、こうして心を通わせられた事を、

 少しでもわかってもらいたかった。


 永い永い間、感情が麻痺するほどの寂しさを、

 少しでも癒せれば嬉しい。





 どれくらいそうしていたかはわからないが、遠慮がちに聞こえた声で現実に戻される。


「アンジュ? シルヴィ嬢?」


 クローヴィスだ。

 存在がないものになっていたわ。


 そういえば、クローヴィスたちはゲームの登場人物だけど、

 どうなってるんだろう。

 ちらりとアンジュを見ると、訳知り顔で頷く。


「私が手を加えているが、げぇむが終わったからただの人だよ。

 元々この世界に存在する」

「アンジュが好きなのはゲームだからなの?」

「多少はね」

「……エレオノーラ様は?」

「ああ、損な役回りだったから気になる?

 あれは私が作った存在だ。

 あの偽物より格段に性能が良い。

 ついでにジャンヌ嬢もね。

 流石に、嫌がらせをタイミングよくさせるのは難しいからな」

「えっと?」

「げぇむのセリフを話すことで筋書き通りに動くようになっていたのだよ。

 あとは色々な制限を設けたり、うまく誘導すればだいたい上手く行っただろう?」

「アンジュ、どうなるかは知らないって……」

「げぇむの全ては1度頭に入れたけど、わかっていたら面白くないだろう?

 設定したあとは記憶を封印していた。


 だから展開は知らないけど、すぐ先で何をすべきかは解ってたよ。

 何をしたらげぇむの通りに動くのかってことだから、

 君ほど未来が読めてた訳ではないけどね」

「むむ……」

「細かいことなど気にすることはないさ!」 


 ニカッと笑うアンジュに、私も諦めた。



「まあ、アンジュだもんね……」

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