第27話 特別なエンディング

 すごく微妙な空気の中、祝賀パーティが開催された。

 クローヴィス以下、攻略対象たちや先生方があれやこれやと手配してたらしく、

 慌ただしく食事が運ばれてきた。


 アンジュは特に何もせず、つまみ食いをしている。



 司会役らしい生徒が意思を振り絞り、壇上に上がる。

 その勇気に敬意を払わずにはいられないぞ、この空気……。



 フリーダムに振る舞うアンジュについていきつつ、他の生徒たちの様子も観察する。


 先程のアンジュの許さん発言の余波で、

 祝賀会の筈なのにお通夜の雰囲気である。



 アンジュが司会役に促され、個別に用意されたテーブルに着席する。

 私がどうしようか立っているのを見て、真っ青になりながらも慌てて椅子を持ってきてくれた。

 私はとりあえず遠慮なく着席し、小声でアンジュに話しかける。


「アンジュ……変な空気になっちゃったじゃない!

 許さんとか言うから!」

「別に私が許さなくても死ぬわけじゃないだろうが」

「あのねぇ……。アンジュは聖女様々なの。

 この国では王様より偉い人なのよ」

「心情的には衝撃を受けたのだろうが、それだけだろ。

 別に生活に不都合がでる訳じゃない」



 まぁその通りなんだけどさ……。

 しかしお祝いの席がお通夜状態なのは如何なものかと……。



 私とアンジュがあれこれ言い合っているうちに、司会が会の進行を始めた。

 魔王の復活からその討伐までを語り、

 その立役者として討伐に参加した攻略対象たちが紹介されていく。


 本来なら誉れ高い場面であるはずなのだが、

 先程の空気が抜け切らずに盛り上がりに欠ける展開であった。


 私悪くないのにすごくいたたまれない……。 



 その空気をようやく気にかけてくれたのか、

 アンジュが立ち上がり司会からマイクを奪う。


「魔王は、手強かった……」


 アンジュが魔王との死闘を語りだすと、皆がその話に聴き入る。


 ヴィクトルが切り込み、マルクが護り、レイモンドが魔法攻撃を浴びせ、リュカ先生がサポートに回る。


 全員がボロボロになりながらもなんとか作った隙。

 そしてクローヴィスが死に物狂いで魔王に傷をつけ、アンジュがそこから浄化をかけ、その死闘を制したのだった。


 文字通りの総力戦。

 アンジュは、微笑む。



『ここにいるクローヴィス、ヴィクトル、レイモンド、マルク、リュカ。誰一人欠けていても、魔王は倒せなかった。……ありがとう』


 攻略対象たちがめいめいうなずく中、

 学園長がなるほど、とつぶやくには大きめな口調で言い始めた。


「そうか、恋愛感情を持てなかったが、親愛の情は確かにあって、覚醒は促された。

 ただ、一人の感情としては覚醒までには至らなかった分、沢山の人との関わりがより強い覚醒を生み、魔王を討伐する力となったのだな」


 ああ、個別ルートでは封印だったのが討伐まで至った、

 その理由の説明パートの役回りか。

 ちなみに理事長は黙ったまま空気になっている。


 そういえば、いつの間にかゲームのシナリオに戻ってるな。


 ここでアンジュが私の手を取った。



『そしてシルヴィ。

 私をいつも見守って、励ましてくれた。感謝しているわ』

『アンジュ……』


 司会が大きな声を上げる。


「この国を、いや世界を救った勇者たちを讃えましょう! 乾杯!」


「「「おおおー!!」」」



 漸く祝賀会らしい雰囲気になってきた。


 内心ほっとしていると、クローヴィスがアンジュの前に膝をつく。


「聖女アンジュ。あなたのおかげで、この国、そして民は護られました。

 その心と勇気に、最大級の敬愛を捧げます」


 クローヴィスは続ける。



「あなたのその心が、僕を強くしてくれた。

 あなたと共に闘いたい、そう思ったのは王族としての責務ではなかった。


 クローヴィスというひとりの男として、あなたと共に有りたいと願ったのです」



 いつの間にかクローヴィスの隣に膝をついていたレイモンドも語る。



「アンジュ。君の物怖じしない性格や、強さ、そしてその微笑みが俺を変えたんだ。

 すべて斜に構え諦観していた俺に、心の奥から燃えるような思いを与えてくれた……。

 この思いが伝えきれないことがもどかしい」


「ぼくの拙い防壁を、素晴らしい力と言ってくださったあの時から、ぼくは……。

 あなたを護りたいと決めました。

 ぼくの鉄壁の護りは、あなたへの思いの強さそのものです」


「魔族に攻撃が通じない、役立たずなオレに、できることはあると声をかけてくれた。

 絶対忘れない!

 オレに期待してくれた、その気持ちに応えたくて……。

 アンジュ、魔法剣が生まれたのはお前のおかげなんだ!

 お前への気持ちが、あの炎をうみだせた!」


「魔族の血を引いていることを知っても、あなたは態度を変えることはありませんでしたね。

 それが、私にとってはこれ以上なく嬉しいことだった。

 今はもう、自分の血に引け目などありません。

 この力で、あなたの助けになれたのだから……」



 攻略対象たちが自らの思いの丈を打ち明けている。


 うん、これは、逆ハールートで最後、ヒロインに告白するシーンだ。


 逆ハールートだと、

 ありがとう

 →私も皆が好き

 →どうしても選べない

 →君のためにこれからも生きよう

 と全員が思いを1つにして、逆ハー完成!


 的な終わり方だった気がする。


 エンディングがさ、椅子に座るヒロインアンジュの周りに、

 攻略対象たちが侍ってるスチルなんだよね。

 髪に口付けるクローヴィスに、耳を舐めるレイモンド。

 指先に口付けるのはリュカ先生で、頬を撫でるのはマルク、脚を愛でるヴィクトルには笑ったなぁ……。


 もしかしてその光景が生で拝めるのかな?


 ゲームのシナリオに軌道修正されたおかげで、

 お通夜だった空気もいい感じに良くなってきたし、

 何となくワクワクしてきた。


 攻略対象たちがアンジュの足元に膝をついて並んでいる今の光景もなかなか愉快だけどね。


 私? クローヴィスが話し始めたときにさっさと袖に引っ込んで鑑賞タイムだよ。



「アンジュ、僕達は君を愛している」



 全員を代表してかクローヴィスが愛の告白をした。

 愛の代表って笑えるな。


 壇上の聖女とその騎士たちの愛の告白に、生徒たちも大盛り上がり。

 だがすぐ静まり、アンジュの返答を待つ。

 よく訓練された聴衆である。

 シナリオ様々。


「君の答えを、聞かせてほしい」

『……ありがとう。とても、嬉しいわ。

 私も、皆のこと大好きよ』

「……。恋人として、誰か選んではもらえないか?」


 アンジュにはいま選択肢が出てるのだろうか。

 確かこのときも選択肢はあって、ミスると聖女として孤独に生きるエンドになるんだよね。

 最後まで油断はできない。

 まあ私アンジュじゃないけど。



『……誰も、選べないわ』



 おお、逆ハールート完成か?



「どうしてもか?」

『ええ。だって私は……』



 そして言葉を切ったアンジュが、こちらにやってくる。


 え?



『シルヴィ』

『アンジュ……?』

『あなたは、何もわからない私に、たくさんのことを教えてくれたわ。

 聖女らしく、そう言いながらも、

 そう振舞えない私を責めたりはしないで、

 あなたらしい聖女になればいいよと言ってくれた。


 あなたと過ごして、色々な感情を知ることができた。


 他の人は私が聖女だからとなんでも許しては甘やかしてはくれたけど、

あなただけが、良くないことは良くないと伝え続けてくれた。

 そういう人こそ、私に必要なんだって思うの。


 皆も好き、大好きだけど……。

 私は1番、あなたがいる世界を守りたくて、魔王を倒したんだと思う。


 その気持ちに今気づいたの!』


『あ、アンジュ……』


『シルヴィ、私はあなたが大好き。

 ずっと私と一緒にいてほしいの!』



 まさかの主人公からの告白である。

 でも、アンジュの口調が間違いなくこれはシナリオなんだと示している。

 そして私の口も勝手に言葉を紡ぐ。



『アンジュ、私もあなたが大好きよ!』



 心にもないことを言っているとは思わない。

 アンジュが、私に抱きつく。

 私もアンジュを抱きしめた。




 聴衆がわっと盛り上がる。

 攻略対象たちも、少し残念そうな顔をしながらも、

 それぞれ微笑みを浮かべ私達を祝福している。

 聞き分けが良すぎないか?

 これ、エンディングなのかな?



 ふと、思い出す。


 そういえば、逆ハーの最後に、聖女エンド以外にもう1つルートができたんだよね……。


 そう、追加のアップデートで、加えられた特別なエンド……。




 シルヴィ、エンド……?




「シルヴィ。覚えてるか?」

「え?」


 急にまた元のアンジュに戻った。

 考え事に熱中していて反応が遅れた。



 いたずらっぽい眼をして私を覗き込んでいる。


「魔王を倒したらご褒美があると思って頑張ったんだが」

「ええ?」

「約束は守るものだ、なぁシルヴィ」



 そう言って、アンジュは私にキスをした。



「ちょちょ、みんな見てるってば!

 やめてって!」



 アンジュの肩を押して離れようとするが、

 そもそも密着していたのでなかなかうまく行かない。

 アンジュが不満げに眉を上げたものの、

 ニヤリと笑って私を側にあった暗幕の中に連れ込んだ。

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