第10話 シルヴィの悪行その2


 **********


 どうしてでしょうか、神様。

 私は、そこそこに真面目に生きてきました。


 すごく善人と言うほどではないけど、

 それなりに人に親切にもしてきたし、募金もしてきたし、人の悪口も言わないように……

 たまには言っちゃってたけど、してきました。


 そんなに多くを望まず、足るを知るじゃないけど、

 あれがほしいこれがほしいとわがままもそんなに言わなかったですよね?


 あーうん。嘘です。

 欲しいとは言いました。

 でも、私の願いなんて、可愛いもんだと思うんですよ。

 世の中お金ほしさに人を騙したり傷つけたり……

 私はそんなことせず、ただ神様にお祈りしただけです。お賽銭も奮発しました。


 あーはい。それについては非常に感謝してます。本当にありがとうございました。

 お礼もさせてもらいましたけど、あれじゃ足りなかったですかね?


 あと、もう少しだったのに……。



 **********



 

 キィン!



「くっ……! 剣の衝撃波なんて卑怯だな」

「フッフッフ。何が卑怯なんだレイモンド。

 おまえはつねに魔法攻撃で遠距離から攻撃してくるではないか」


 悪どい笑みを浮かべるアンジュに、結構悔しそうなレイモンド。

 パーッと顔を輝かせたヴィクトルが走ってやってくる。


「アンジュ! 

 オレともやろうぜ! 手合わせ!」

「おう! 私に勝てると思うなよ、フハハハ!」



 アンジュ……。その笑い方、聖女っぽくないからやめた方がいいと思う。

 超攻撃的スタイルの聖女アンジュは、こうしてよく攻略対象たちとじゃれあっている。

 浄化魔法はいいのですかい?




 あれから、魔族と相まみえることはないまま時間が過ぎていった。

 あの教会についてはサクッと悪事の証拠を揃えたクローヴィスが善きに計らってくれたらしく、アンジュもご機嫌であった。



 アンジュと一試合終えたレイモンドが部屋に帰っていくので、声をかける。



「あの、レイモンド様」

「ん? ……なんだ? シルヴィ嬢」

「ちょっと、お願いがあるのです」


 私はレイモンドに頭を下げる。


「私に攻撃魔法を教えていただけませんか?」

「……無理だ」



 えええ。



「そ、そこをっ! なんとか!」

「俺は人に教えるのは得意じゃない。

 リュカにでも聞いたらどうだ?」

「アンジュに、売り込む……」


 ボソリと呟くと、レイモンドが慄く。


「わ、わかった。

 しかし本当に教えると言うのは難しいんだよ。

 良質な参考書を貸してやるから、な?」

「チッ。まあわかりました」

「え? チッ?」

「交渉成立ということで、宜しくお願いしますね。

 ……売り込んどきますから」

「あ、ああ。宜しく……」


 リュカ先生にはとっくに聞きに行ったが、

 攻撃魔法は初歩の初歩しか教えられないとすごく申し訳なさそうに言われてしまった。

 たぶん、あんまり攻撃魔法をやると、魔族の血が騒ぐんだろう。

 参考書を見ながら自主トレするか。




 ……あの時、完全に足手まといだった。



 この先、もしも。


 いや、もしもじゃなくても、自分で自分の身を守れなければ、

 未来がないような気がしたのだ。

 万が一娼館に送られても、もしかしたら自分の腕っぷしで逃げられるかもしれないし。


 というわけでアンジュにも稽古をつけてもらっている。


 まあ間違いなく、今の時点でゲームのシルヴィたんの三倍くらいは強いのであるが、

 元々治癒魔法が使えるだけが見所のポンコツ性能なシルヴィたんである。


 やっとこ凡人の人並みくらいの強さになったのではないか……?


 最初からエリートコースのアンジュや攻略対象たちとは雲泥の差であることは間違いない。

 それでも、少しずつ変わっていることを信じて、頑張る。



 自分の力で運命を切り開けるなら何でもしよう。


 全ては可愛い可愛いシルヴィたんのために!



 さて、今度はクローヴィスと手合わせし出したアンジュを置いて、先に部屋に戻ることにする。

 マルクも付き合わされて可哀想に……いや、一緒にいられて喜んでるのか。青春だね。




「ごきげんよう、シルヴィ様」

「こんにちは」


 クローヴィス殿下狙いらしき家柄の良さそうな令嬢とそのお付きの人とすれ違う。

 柔らかな微笑みで挨拶してくれるので、私も挨拶を返した。

 彼女があ、と声を上げ、背後のお付きの令嬢に目配せをする。


「折角ですからシルヴィ様にも差し上げましょうね」

「……はい、エレオノーラ様」


 お付きの人が静かに袋を差し出す。

 このご令嬢はエレオノーラ様というのか。

 袋の中にはカラフルなラムネ玉のような菓子が入っている。

 エレオノーラ様が品よくほほえみ言った。


「こちら、今王都でブームだそうなの。

 ですが、賞味期限があまり長いものではないので、皆様にもお裾分けしてますのよ。

 宜しければ一粒如何?」

「あ、ありがとうございます」


 私は恐る恐るお付きの女子生徒から一粒ラムネ玉を貰い、口に入れた。

 とても甘くて品の良いお味がする。


「とても美味しいです!」

「あら、嬉しいですわ。もう一粒どうぞ?」

「よろしいのですか?」

「ええ」


 私がもう一粒受け取ると、一礼してお付きの方は去っていった。

 常に付き従っている訳でもないらしい。

 何となくそれを見守っていると、エレオノーラ様に声をかけられる。


「アンジュ様も甘いものはお好きなんでしょうか?」

「あ、はい。好きですね」

「お嫌いなものとかはご存知ですか?」

「うーん……苦いものは苦手のようですね」

「そうなのですね。参考にさせていただきますわね」

「あ、アンジュは基本何でも食べますし、何でも喜びますよ」

「うふふ、健啖家でいらっしゃるのですね」


 意外と気さくなエレオノーラ様と少し雑談をして別れる。


 あー言うタイプの人から見ると、アンジュってどう見えるんだろう?

 アンジュ、大人気だけど、女の子らしくないし、令嬢っぽくないし(そもそも令嬢じゃないけど)、悪く言えばガサツで男勝りだもんな……。


 あー言う、正にどこに出しても恥ずかしくない!みたいな令嬢が、

 あんなガサツなアンジュに恋する殿下の心を奪われたとしたら、内心穏やかじゃいられないと思うなぁ。

  


 そんなことを考えながら階段をのぼっていると、不意にもよおしてトイレに向かう。


 コトをすませ個室から出ると、ふと、脇に置いてあるバケツが目にはいる。


 いかにも汚い雑巾洗ってそのままといった感じの茶色く濁った水がなみなみと揺れている。

 全く、流すくらいすればいいのに。

 と、気まぐれに手を伸ばすと、ソレが動いた。



「えっ?」



 私の手をすり抜け、窓の外にふわりと持ち上がっていく。

 なに!? どういうこと!?


「ちょちょ、ここから流すのは違うだろうが!」


 ぼやきながらも、慌ててバケツに手を伸ばすが……。



 あ!




「アンジュ様、危ないですわ!」



「うわあっ!」

「アンジュ!?」



 誰かの声が下から聞こえた。

 中身のひっくり返ったバケツが落下しないように身をのりだし、

 しっかと取っ手をつかんだ私を見上げる、


 汚水まみれのアンジュ……


 と、クローヴィス、ヴィクトル、マルク。


 そしてエレオノーラ様が駆け寄るのが見えた。

 危ないと声をかけたのは彼女だったらしい。



 暫し私たちはお互いフリーズした。



 みるみるうちに攻略対象たちの顔が険しくなっていく。



「アンジュ、大丈夫か!?」

「すぐにシャワー室に!」

「……シルヴィ」


「こここ、これは! 違うの!

 バケツが勝手に!」



 我ながら嘘臭い言い訳ボンバー過ぎてヤバイ。

 しかし本当に違うんだもん!

 エレオノーラ様に滴る汚水を拭かれるがままのアンジュもさすがに不可解な顔をしている。


「アンジュ。行こう」


 私を睨めつけ、アンジュを促し皆がいなくなる。

 私は、ただ立ち尽くしていた。



 記憶がフラッシュバックする。


 こういうイベント、あった。シルヴィの嫌がらせのひとつだ。


 この件で、単に忠告だけしてきたと思っていたシルヴィが、

 ハッキリと敵意を持っていることが明らかになり、ヒロインアンジュはとても傷つくのだ。



 そしてそれを慰める攻略対象……。



 シルヴィを断罪することが決まるとしたら、この事件が原因かもしれない……。



 これが……本当のゲームの強制力ってやつ?

 恐ろしさで、体が震える。




 ふらふらと、自分の部屋に戻った。

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