第147話 一年後?

公爵令嬢行方不明事件から約一年後。王都から離れたとある町の墓所。そこにライト・サイクロスが一人で父親の墓参りに来ていた。学園を卒業した後で約一年ぶりに墓参りに来たのだ。


「………父さん、遅くなってごめんね。まず、ソノーザ家が一年前に終わったんだよ。父さんを追い詰めたあの家は確実に滅んだよ。一人を除いてるけどね」


ライトの父親の墓には『フィリップス』とだけ刻まれていた。後に続く家名は無かった。ライトの『サイクロス』は母からもらったのだ。


「でも、おそらくサエナリア様は父さんと似たようなような立場だったんだ。そんな彼女なら、父さんを追い詰めたあの男のようにようにならないし、平民として生きていてもきっと幸せになれると思うんだ。父さんの妹さんにはまだ会ってないけどね」


ライトの父は病気で亡くなった。だが、他界する直前に息子であるライトに貴族だった頃のことを全て話したのだ。ソノーザ家と兄の凶行のことも。己の本名が『フィリップス・ヴァン・ソノーザ』であることも。そして、己の日記のことも。


「あの日記は役に立ったよ。おかげで国王陛下まで動いてくれたんだ。まさか、こうなるように日記を残していたのかな? だとしたら父さんはすごいよ。とんだ策士だね……というのは考えすぎかな?」


ライトは父親に思いをはせる。頭脳明晰で努力家で妻子を心から愛する心優しい父親の姿を。病で死んだ直前まで自分たちを心配してくれた父フィリップスの姿を。


「父さん。僕はもう行くよ。明後日から友達の結婚式があるんだ。それを見届けたらまた来るよ」


ライトは王都に戻った。同じ王子の側近になった親友の結婚式に出席するために。





公爵令嬢行方不明事件から約一年後。貴族の格好のミルナは王都の喫茶店でくつろいでいた。一人で、と言うわけではなく、ある人物と雑談している。相手は、友人でもあり平民でありこの店の店員でもあるアリナと呼ばれる女性だった。


「………ということが一年前にあったのですよね。まったく、あの女には腹が立ちました。反省してくれれば良かったのに、私が黒幕だと思い込んで殺そうとするなんて、どういう思考回路なのでしょうね」


ミルナは自分がワカナと取り巻きに襲撃された事件について愚痴をこぼす。アリナはうんうんと頷いて聞いている。


「………いえ、よくたどり着いたと言う方が正しいでしょうか。多くの方々が動いていましたが私もその中の一人でした。礎と言う意味なら、当たっているのでしょうね。私も貴女も」


はきはきと愚痴を語る様子から一転して、静かに淡々と語るミルナ。彼女の言葉にアリナも黙って静かに頷く。


「ああ、処遇といえば、彼女は修道院にもいけなくなって終身刑でしたね。一生牢から出られなくなりました。貴女が聞けば刑が重いと思われるかもしれませんが、王家をはじめ多くの人たちの怒りを買ったのです。特に王家の方々のですね。死刑にならなかったのは、『気性荒い性格だから一生牢で暮らすほうが酷だろう』ということらしいです。まあ、生きているうちに更正できれば軽くなるかもしれませんが、その可能性は薄いです」


アリナとしてもワカナの処遇には別に不満はない。むしろ妥当だとアリナは思うが、心の片隅で複雑な気持ちもあった。まるでワカナのことを生まれたときから知っているかのように。そう、家族だったかのように。


「ああ、失礼しました。もう一年以上も前の話はこれでいいでしょう。話が逸れて申し訳ありません。それでは明日のこの時間と場所に来てください。大丈夫です。分かるのは間違いなく私とマリナ様くらいしか分かりませんので」


マリナと聞いて顔が笑みで綻ぶアリナを見ると、ミルナもつられて笑顔になる。


「それでは、アリナさん。明日の私達の結婚式でお待ちしておりますので!」


アリナと呼ばれた店員は満天の笑顔を返した。彼女の顔は、一年以上前に行方不明になった元公爵令嬢の似顔絵と少し似ていた。髪型は全く違うが、髪と瞳の色も同じだった。ただ、その明るい性格からとても同じ人物とは誰も思わないだろう。

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