第142話 黒幕?

元公爵令嬢ワカナ・ヴァン・ソノーザが謹慎中に脱走した事件から三日が過ぎた頃、元侍女だったミルナ・ウィン・コキアは元コキア領地に来ていた。


「ああ、懐かしい………。また、この地に来れるなんて」


今のミルナは侍女服から一般的な貴族女性の服を着ている。エンジとの婚約が決まったので、貴族女性として生きることになったため、侍女を続ける必要がなくなったのだ。


「私が貴族に戻れるなんて、計画にはなかったのですがね……」


今のミルナは貴族の社会・マナーなどを勉強している身だ。今日は休みをもらって父親が治めていた領地に足を運んでいる。


「これは思ってもいない幸運でした。貴族に戻るなんて考えてもいなかったのですが嬉しい誤算ですね」


ミルナは幼い頃に何度も足を運んだ領地を懐かしむ。大きくはなかったが栄えていた町。緑豊かな大地。風が運ぶ野に咲く花の香り。その全てが懐かしい思い出そのものなのだ。


「お父様、お母様。私は戻ってこれました。必死に生きてきたかいがありましたわ」


だが、そんな彼女の懐かしむ気分をぶち壊す愚か者が現れた。


「やっと見つけたわよ! この黒幕!」


「え………な!? そんな、貴女は!? どうして!?」


聞き覚えのある声がしたかと思って振り返ったミルナは、驚愕のあまり目を見開いて驚いた。そこにいたのは、この場にいては行けない女だった。因縁の深い女でもあった。


「久しぶり………と言っても、私はあんたのことなんか詳しく知らないんだけどね」


「ワカナ・ヴァン・ソノーザ……!」


そこにいたのは脱走中のワカナだった。ただし、貴族令嬢の格好ではなく平民の町娘のような恰好だった。髪はボサボサで目に見える肌は荒れていた。それにちょっと服も汚れている。かつてのような美貌を備えた貴族令嬢の姿からはかけ離れていた。


そして何よりも、その目は憎悪でギラギラしていた。


「私の取り巻きから全部聞いたわ。全部あんたが仕組んだってことをね」


「え?」


「私の姉の失踪とか、家の没落とか、全部あんたが仕組んだってことは全部知ったってことなのよ!」


「っ!?」


ミルナは更に驚かされる。言われていることの大半が事実だからだ。相手が相手なだけに何故知られているのか分からなくて動揺する。


「あんたってコキアとかいう没落貴族の娘だったのね。それで侍女やって冴えない姉に媚を売って支えてたくせに、負け組のくせに! 私を、私の家を、私の両親を妬んで家ごと潰すなんて最低よ。この没落貴族の亡霊ごときが!」


「………………」


否定できなかった。確かに最初の目的が復讐だっただけに否定できる言葉を口にできない。だが、ワカナの言い方があまりにひどかったため、ミルナの心は怒りで心が冷えていく。


「しかも今は貴族の若い男を誘惑して貴族に戻った? ふざけるんじゃないわよ! 体で誘惑して男をモノにするなんてこの下衆! あんたなんか人ですらないわ!」


「………………(この女……)」


ワカナは自分のことを棚に上げてミルナに馬鹿げたことを吐き捨てる。半分は自分自身が行ったことであるというのに。そんな女を見てミルナはスッと目を細める。怒りと侮蔑を込めて、静かにしようと思った。


「あんただけは絶対許さない。あんたをぶっ殺して私は貴族に戻るのよ!」


「!」


ワカナは懐から鋭利なナイフを取り出した。そして、それをミルナに向けて突進してきた。


「やあああああ!」


ナイフを持った手で、怒りの形相で突進してくるワカナ。だが、ミルナはそれを恐れもしないで落ち着いて見事にかわした。


「はっ!」


「え!?」


更に、ナイフを躱されて体勢を崩したワカナを後ろから取り押さえて押し倒してしまった。


「ぐはっ!?」


「動きが単調ですね。私を殺すつもりのご様子でしたが、そんなやり方では私に傷一つ付けられませんよ?」


「な、何すんのよ! 刺されなさいよ!」


まさか、かわされるとは思っても見なかったワカナはミルナの拘束から逃れようとするが、上手く動けない。


「それに、お言葉ですが。全ては貴女のご両親と御自身の自業自得であり、私に非はないと存じます。何しろ、私が行ったのは悪徳貴族の罪を暴き法のもとで裁く礎を築いたまでです。私自身が貴族に戻れたのは王族の方々の御厚意であり、婚約者ができたのは幼馴染みに突然告白されて受け入れたからです。ハッキリ言ってこれは計画になかったことです。貴女の思っているようなことは一切ありませんので、御理解ください」


「な、何を言ってんのよ!」


ミルナは分かりやすく淡々と語るが、ワカナは理解ができなかった。取り押さえられた怒りで頭にうまく入ってこないのだ。



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