第114話 日記〇〇年××月〇3日

―フィリップスの日記より―


〇〇年〇×月〇3日


昨日、兄さんは今年入学したジンノ王太子殿下の取り巻きになったという。だけど、何か胸騒ぎがした。特に気になるのは、王太子殿下の婚約者の取り巻きが平民の学生を苛めていたことだ。取り巻きの立場とはいえ辺境伯の令嬢が

立場を悪くするようなことを実行するだろうか?


「今年は、例年と違うのかな?」


我が国は貴族と平民の身分社会が成り立っているが、他国に比べて選民意識が薄いと言われている。だからこそ学園でも貴族と平民の子供による軋轢が薄い。ましてや王族関係者ならなおさらだ。なのに何でだろう?


「兄さんに聞いてみるか」


学園に通っているのは兄さんだ。それにある意味当事者のはずだし、ある程度なら知っているだろうと思った。だけど、後で知らなければよかったと後悔した。


「ああ、そのことなんだけどな。こんな噂があるんだ」


「噂?」


「実は誰かが遠回しにたきつけたらしいのさ。あの王太子は結構癖のある性格なんだけどさ、女子に割と人気あんだよ。貴族令嬢にしろ平民の女子にしろな。王太子殿下自身も女の子にモテてまんざらでもないから貴族も平民も分け隔てなく接してるんだ。その中に婚約者のほうの取り巻きが相当入れ込んでてな、様子を見てるとわかりやすいんだよ。性格も嫉妬深くて行動的みたいだったんだ。だからこそ付け込みやすかったってわけさ。運が悪い令嬢だな」


なんということだろうか。そんな話が本当だったら平民の子が苛められたのはその第三者のせいでもあったんだ。目を丸くして言葉を失った兄さんは続けてこんなことを口にした。


「……お前が言いたいことは分かる。そんな奴がいたらなんて卑怯とかずる賢いとか言いたいんだろ? だが、こんなことは貴族社会じゃ日常茶飯事なんだ。いいか? 俺達だって他人事じゃないぜ。両親のせいで落ち目になってしまったソノーザ家の名声を上げるためにも俺が、俺達が頑張っていかなきゃいけないんだからな。たとえ、他者を蹴落としてその手を少し汚してでもな」


「なっ!? だからって、そんな……!」


「俺だって本当は嫌さ。……こんなことになったのも父上と母上のせいさ。その子供の俺達がそのツケを払わなければならない。貴族とはそういう者なんだよ。覚えときな」


「…………」


兄さんは父と母を悪く言う。そしてその尻拭いを子供である私達がしなければならないとも。そんな言葉に私は更に何も言えなくなった。貴族とはそんなに残酷なものだったのか? そんなのおかしいと言いたかったが、長男ですでに学園に通う兄さんに対して私は何を言っても説得力がない。だから、納得はできなかったけど、これ以上は何も聞かなかった。いや、何も聞きたくなかった。

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