第110話 皮肉?

「行方不明になるまでは、だと?(今更何言ってるんだこいつ?)」


「はい。この1ヶ月、私は行方不明になった娘のことを深く考え続けました。最初のうちは恥ずかしながら『駒』がいなくなった苛立ち程度でしたが、娘の部屋を見ているうちに大変な苦労をさせたのだと思うようになりました(嘘は言っていない。あの物置を見せられたからな)」


実際は違った。ベーリュは妻と娘にも激しく憤り続けたのだ。何しろ、王太子の婚約者なのだ。それを放棄するような行為は王家への侮辱に近い。家族よりも自らの家の出世を望んだベーリュとしては受け入れられなかったのだ。


「更に、唯一残った使用人の話から、母親と妹の我が儘に付き合わされ続けた苦労も知りました。それを思うと胸が張り裂けそうになりました。その時やっと、失って初めて気付いたのです。血の繋がった我が子の価値を。………皮肉ですね。政治の道具にしようとしてきた自分が許せなくて仕方がなくなるほど悔やみました(……ネフーミに任せたのが悪かったんだけどな)」


懺悔のように語るベーリュ。その一方で、隣にいるネフーミは黙って顔を俯かせるだけで、ワカナには睨まれるだけ……。それだけでなくベーリュに向けられる周りの視線は冷たいものが多い。国王も含めて。


「国王陛下。私達は娘を失って己の過ちに気づかされました。その過ちに少しでも報いることができるというのなら私達はどのような処罰でも受け入れます」


「ほう、どのような処罰でもだな?」


「……はい」


多くの貴族が息を飲んだ。多くの者たちの中でベーリュ・ヴァン・ソノーザの印象とは出世欲と野心が強くて傲慢な男なのだ。それが今はどうだろう。本当に娘のことで悔やむ弱弱しい父親のように見えて誰もが戸惑いを隠せない。


「おいおい。あのソノーザ公爵が……」


「まじ?」


「意外に反省してるんだな」


「可哀そう……ってことになるのかしら?」


「娘がいなくなったんだものね」


ただ、ベーリュの思考はここでも保身に走っていた。


「(これぐらい弱弱しく、それでいて悲劇の父親を見せれば、周囲の悪い印象を少しでも変えられるはず。うまくいけば情状酌量の余地有りと行けるかもしれない)」


だが、国王の態度はそんなベーリュを見ても何一つ変わらなかった。国王と言う立場もあってか、流石にこんな状況で節穴になるわけにはいかない。


「(無駄だベーリュ。そなたの本性、過去の行いを知った私にそんな姿を見せても容赦はせん。たとえ本当に反省していたとしてもな。そういう意味ではサエナリア嬢が出て行ったのは不幸中の幸いかもしれん。さらし者にならなくて済んだからな。……皮肉だがな)」


ベーリュの弟の日記、その後調べさせたベーリュが黒幕と思しき数々の事件。それらが国王の頭の中にある以上、ベーリュがどんな言葉を言いつくろってもソノーザ家の運命は変わらないのだ。


「ならば、過去の罪のことで罰せられても文句は言うまいな」


「え?」


「この裁判はサエナリア嬢のことだけではない。それを忘れてはおるまい」


「それは……」


もちろん、ベーリュも忘れてはいない。数日前に裁判を起こすと謁見の間で国王に言われた時に「何故です!?」と聞き返したら、サエナリアのことと過去の罪を暴いたと言われたことを。

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