六出町の花嫁

胡瓜。

六出町の花嫁

「明日は晴れねぇ。残念だわ。一週間前の予報では雪だったのにねぇ。はぁ」


母さんが心底残念そうなため息をついてそう言った。

僕の街には雪の日に結婚式を挙げると幸せになるという伝承がある。

明日は、雪姉ちゃんと健二兄の結婚式で予報を見て準備してきたのに突然予報が晴れに変わったんだ。がっかりするに決まっている。

きっと、雪姉も母さんと同じようなため息を吐いているんだろうな。


「ねぇ、母さん。六出神社にお参りに行かない? 」


「そうねぇ………。六出様が降らして下さるかもしれないものね」


母さんはションボリと肩を落としながら

準備を始めた。

僕も防寒具を整える。外は寒い。


 六出神社は僕の住む六出町の

シンボルのような神社だ。

雪女である六出様を祀っている。

神社を切り盛りしているのは六出様の血を引いている六出家の人達だ。

この町で行われる伝統行事は全て六出家が取り仕切っていて町のリーダーのような人達だ。


 六出神社は雪見山に立っている。

本殿前の階段までは車で来れてそこから十分くらいかけて登ってくる。

標高は二百五十メートルくらいでここまでくると町よりも空気が冷たい。


「寒いわねぇ。新ちゃん大丈夫? 」


「うん、大丈夫」


僕はくるっと一回転してみせる。

冷たい空気が顔を裂くような気がした。

思わず顔をしかめる。


「本当に? 」


「う、うん」


早く動くのは止めようと思った。

ふと、後ろを振替えると六出町が広がっていた。

山間に囲まれた六出町がジオラマのように見える。結婚式は夜、町を通って麓から雪洞を飾った道を登りこの神社で行われる。

以前、向かいの優香姉の結婚式を見た事がある。

その日は雪がこんこんと降っていて

町あかりと雪洞がゆらゆらと落ちてくる雪玉に反射して優香姉を照らしていた。

幻想的で言い伝えの雪女を思わせる美しさだった。

僕は改めて雪姉達にもそうなってほしいと思った。


「新ちゃん、行くわよ」


「うん、今行く」


 僕は母さんから五円玉を受け取った。

目の前には、雪の結晶を模した家紋が彫られた小さな賽銭箱がある。

母が鈴を鳴らし、五円玉を投げ入れる。

僕もつられて投げ

二礼二拍手一礼にしっかりと願いを込める。

ーーー明日、雪が降りますように。

お願い事をすると、空気が澄んで身が引き締まるような気がする。

六出様はお願い事を聞いてくれたみたいだ。


「さぁて、降ってくれるといいね」


母は笑顔で僕の顔を覗き込んで言った。

僕はその母の顔の後ろから誰かが歩いてくるのが見えた。

六出の三白おばさんだ。


「こんにちは、結婚式前の参拝ですか。お疲れ様です」


三白おばさんは丁寧に歩いてきてそのまま綺麗にお辞儀した。


「あらあら、これはご丁寧にどうも。明日の予報が変わってしまいましたので

一参り来ておこうかと思いまして」


「そうですね。私も尽力させていただきます。僕くんもお疲れ様ね」


三白おばさんはニコリと笑った。少し恥ずかしくなってしまった。


「すいません、恥ずかしがり屋で」


「いえいえ、大丈夫。幸せなら降りますよ。では」


三白おばさんはもう一礼して通り過ぎて行った。


「ちゃんと、返さなきゃだめよ。さて、帰りましょうか」


「うん」


母さんと手を繋いで階段を降りた。


 六出家の女性達は本当に雪女の血筋なんだなと思わせられるくらい綺麗だ。

そして、六出家の結婚式は必ず雪が降る。

狙ってなのか、偶々なのか。

きっと明日は雪が降る。

幸せなら降るって言ってたから。


六出神社から帰って来てから

明日の準備でてんやわんやしてあっとゆう間に

夕食の時間になった。

食卓には美味しそうな夕飯が並んでいる。

母さんと僕は席について手を合わせた。


「明日、ちゃんと雪降ってくれるかな」


「大丈夫よ、三白さんもああ言ってたじゃない。」


「でも、天気予報は変わらず晴れだよ。やっぱり不安だな」


「そんなに言うならお姉ちゃんに電話して聞いてみれば? 『幸せですか』って」


「そんなのわかりきってるもん。でも、もし明日朝一で起きて降る様子がなかったら、僕もう一度お参りしてくる」


明日もし降らなかったら………。

僕の貯金箱の中身全部投げ込んでお願いしよう。

僕は貯金箱を抱えて眠った。


早朝六時、僕は目覚まし時計に起こされ

貯金箱を抱いたままぼうっとしながらリビングに降りる。

冷たい水道水をぐびりと飲みテレビをつけた。天気予報を見ると、昨日と変わらず

夜まで晴天だった。願い届かず。

しかし、諦めない。

僕は急いで防寒具を揃え、まだ日が見えない寒空の中を走り出した。


僕の家から六出神社まで一時間と少しかかった。

乱れた息は真っ白に霧散し、取り込む空気は

肺を凍らせるようだった。

リュックサックの中の貯金箱が頑張れとシャリシャリ鳴っている。

僕はそのまま賽銭箱の前まで行き、息を整えようと持ってきた水筒を手に取る。

冷たい水が喉を通るが、程よい温度に感じた。

よし、と掛け声を放って貯金箱を手に取り覚悟を決める為に大きく一つ深呼吸をした。


「なにやってんの? 」


へっ、と自分でもびっくりするほどマヌケな声を出しながら僕は声の主の方へと振り向いた。

おそらく、高校生くらいだと思う。

茶色地に白の斑のワンピースに白のカーディガンを羽織った女性が立っていた。

この極寒の雪見山ではありえない格好をしているこの人はきっと六出家の人なんだろうと思った。

なんせ、六出家特有の真っ白い肌と可憐さを感じたからだ。


「こんな朝早くじゃ神様も起きてないよ」


「なら、起きてもらわないと」


僕は構わず貯金箱の蓋をあけた。貯金箱は大食らいの腹のようにずしりとした重みを感じさせた。


「ちょ、ちょっと待って。まさか、それ全部入れるんじゃないよね」


その女性は傾けた貯金箱を片手で受け止め制止させる。


「今日は必ず、雪を振らせてもらわないと行けないんです。邪魔しないで下さい」


「いやいや、あんた落ち着きなよ。お金をいくら入れようと降りはしないよ。ちょっと貸しなさい」


女性は僕から貯金箱を取り上げるとそのまま地面に置いた。


「結婚式のことでしょ。大丈夫よ。ちゃんと雪降るから。あなたは安心してこの貯金箱と一緒に家に帰りなさい」


「そんな事言ったって、空を見て下さい。

十割青空の晴天。その上、お日様が爛々と輝いてる。雪どころか雨だって降る気配がないんですよ」


そうだ。素人目で見ても晴れ。予報も晴れ。

ここからどんな天変地異が起きれば雪が降るんだろうか。

それこそ神様に、六出様にその気になってもらわないといけない。


「なら………なら、降らせて下さいよ」


僕は思わず前に踏み出し、それと連動する様に

女性は後退りした。


「今日、結婚するんです」


そして、僕は勢い余ってそのまま女性の手を握った。


「お願いします! 必ず(健二兄が雪姉を)幸せにしますから」


僕は真っ直ぐにその名も知らぬ女性を見つめた。

徐々にその女性の顔が紅潮していく。

手の温度が暖かくなっていくのも伝わり、

不思議に思っていると、白い粒が顔に触れた。

ポタポタとその粒が風に乗ってやってきた。


「あれ、雪だ!」


晴天の空にどこかから運ばれた雪が

こんこんと降り出した。


「あらあら、私が頑張る必要はなかったわね。

風花、初恋ね」


三白おばさんがニヤリと笑いながら

階段を昇ってやってきた。


「な、何言ってんの。意味わからない。

なんでこんなガキに」


女性、風花さんは僕の手を振り払って

どっかに行ってしまった。


「城田の坊ちゃん、この雪はね、風花っていうんだよ。君が起こした雪だ」


三白おばさんは雪を手で弄びながらそう言った。

僕は理解出来なかったけど、雪が降ってくれたんだから良かった。

これで冬姉達が幸せになってくれるといいなぁ。

雪は風に乗って花を咲かし、花嫁を照らし飾る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

六出町の花嫁 胡瓜。 @kyuuri-no-uekibachi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ