暗夜異聞 闇を求めし者…

ピート

 

 新月の晩、人里離れた森の中、一人の老人が何かを探すように歩いている。

彼はこの森に住むという『賢者』を探すために『禁忌の森』と呼ばれるこの場所に足を踏み入れた。

 すべては、孫娘の病を治してもらうためだ。

何人もの医者が見放した孫を、病から救う術は、この森に住むといわれている『賢者』に頼るしかないと考えたからだ。

 昔話の中でしか存在しない『賢者』……村に住む誰一人として、その姿を確認した者はいない。

だが、この『禁忌の森』に『賢者』と呼ばれる者が住むと信じるしかなかった。

 星明りさえ届かぬ深い森の中を、松明の明かりだけが照らし出す。

早朝からこの森に足を踏み入れた彼の疲労は、ピークに達しようとしていた。

だが、この森で眠ることは『死』を意味する。遠巻きにだが、彼を見つめる気配は森に足を踏み入れた時から消える事なく続いている。

隙を見せないよう警戒しながら、新たな松明を準備した。

!?

不意に彼を見つめていた気配が消えた。刺すような強い殺気めいた気配……それが急に消えたのだ。

 闇の中、松明の炎がゆらめく。気配は消えた、確かに。だが、それと入れ替わるようにいいようのない不安が彼に襲いかかる。

物音は何一つしなかった。何者かが獣を倒したわけではない。だとすると……どこに消えたというのだ?

 「賢者様ですか?」囁くような呟きだった。

返事はない。獣が気配を消していたのなら、今の隙を見逃すハズがない。

彼は残りの松明の数を確認した。夜が明けるまで、炎を絶やすわけにはいかない。そして歩みを止めるわけにもいかない。

「賢者と俺は呼ばれているのか?」突然、彼の目の前に男が現れた。話に聞く『賢者』とはあまりにも違う。

年老いた老人でもない、男は少年と呼んでも差し支えのない姿をしていた。昔話で伝える『金色の瞳』でもない、深い闇を思わせる漆黒の瞳だ。

「あの」

「この森で夜を明かすのは物騒だ。俺の住まいにくるか?」

「……この森に住んでらっしゃるのですか?」恐る恐る男に訊ねる。

「それが何か?」事も無げに男は答えた。

「他にこの森に住む方はいらっしゃるのでしょうか?」

「長い時をこの森で過ごしているが、住人を見かけたことはないな」

「よかった。貴方様をお探ししておりました。賢者様、どうか、私にその力を貸していただけませんか?」

「賢者なんかじゃない。俺の名はウォルフ。ウォルフ・ウィザードだ。好きに呼んでくれたらいい」

「ではウォルフ様、孫を……孫娘の病を治療していただけませんか」

「病?それは医者の領分だ。興味のない話だ」

「医者には見せたのです。何人もの医者に」老人の顔が苦渋にゆがむ。

「医者の手にあまる病というワケか?」ウォルフの顔に微かな笑みが浮かぶ。

「ウォルフ様、お願いします!」

「俺は医者ではないのだぞ?」

「孫が助かるのであれば関係ありません」

「……命が助かれば良いのか?」

「はい、孫を病の痛みから解放してやりたいのです」

「貴方の名は?」

「私の名はマーシュです」

「じゃあ、向かうとしようかマーシュさん」

「!?では?」

「孫娘を見ればよいのだろう?」

「!!ありがとうございます!」

「礼などいらない。いや…………」ウォルフの呟きがマーシュの耳に届く事はなかった。


 マーシュはウォルフを連れ、村へと急いだ。

時が過ぎれば、それだけの苦痛が孫娘を襲うからだ。

二人が村に着いたのは、空が白み始めた頃だった。

暗がりで、松明の明かりでしか確認できなかったウォルフの姿がハッキリと見えるようになった。

見たこともない不思議な衣服に身を包み、村を見つめる漆黒の瞳には、何もかもを見通すような強い意志を感じる。

「マーシュさん、急ぎましょうか」

「は、はい!こちらになります」



 村外れのマーシュの家、小さな小屋といってもいいような粗雑な造りだ。

原因不明の病という事で、こんな場所に追いやられたのだろう。小さなベッドに幼い少女が横たわっていた。

「これは……」

「ウォルフ様、孫のルルドでございます。病から、この痛みから救ってやってください!」懇願するようにマーシュが頭を下げる。

「マーシュさん、お孫さんは『死』を選んだ方が幸せかもしれませんよ?」

「な!何を言われるのですか!こんな幼い子が死んだ方がいいと仰るのですか!!」怒りでマーシュの腕が震える。

「そうです。『古き血』が目覚めれば、お孫さんの先に広がるのは暗き未来しかない」

「『古き血』?」

「そうです。『人外のモノの血』と呼んだ方がいいのかもしれない」

「……おじぃちゃ……ん」ルルドがうわ言でマーシュを呼ぶ。

「ウォルフ様、お願いします。孫を、どうか孫を救ってください」

「業を背負わすというのか」そう呟いたウォルフの顔は喜びとも、悲しみともつかない複雑な表情だった。

「孫のルルドは、どんなことをしても私が守ります!そう息子夫婦と約束したのです」

「フン。では、部屋の外に出てもらえるかな」

「手伝える事はないのですか?」

「死にたいのなら残るのですね」冷ややかな、射るような瞳だ。……漆黒の瞳が金色に輝く。

「!?……ウ、ウォルフ様、孫を!ルルドをよろしくお願いします!!」マーシュは戸惑いながらも、慌てて部屋を飛び出した。


 「ルルド……お前は『生』を望むか?」ウォルフは小さく少女に呼びかける。

「私……闇に……のま…れ…な……い」

「フン。聞いていたのか」

「……」苦しそうに」ルルドはうなづいた。

「それでも『生』を望むというのだな?ならば来るがいい、私と共にな!」閃光が二人を包み込む。

「マーシュ!!ルルドは預かるぞ!!ルルドの意思が『血』に打ち勝つ事を祈るのだな!!!!」

「ウォルフ様!?」マーシュが扉を開いた時、二人の姿は跡形もなく消えていた。




 この地に『鮮血の魔女』と呼ばれる少女が現れるのは、これより数年後のことである。



FIN

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暗夜異聞 闇を求めし者… ピート @peat_wizard

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