第9話 お前あの山に入ったんか!?

「ま、まあとにかくサラリーマンという斬新な切り口から紡がれるストーリーは観る価値ありあり。アリ寄りのアリよ相模原」


「よっしゃ決まったな。町田はガラスの仮面を! 相模原は地球防衛企業ダイ・ガードを観ろ!」


 なんだかしょうもない口喧嘩からとんでもないことになっちまったなあ。


「そんで町田、お前はダイ・ガードのDVDは持ってるのか?」

「持ってます持ってます。うちの爺ちゃんがボックス持ってるんで頼めば貸してくれるはずです。大丈夫ッス」


 うーん…なんか結構な大事になってきちゃったぞ。完全に伊勢原先生のペースに乗せられちゃった感あるんだけど。

 ふと先生の顔を見ると口角がものすごく上がっていた。つまりはめっちゃ笑顔だった。何がそんなに嬉しいんだこの人は。


 この人は俺に付きまとって来るときもたまにこんな顔をする。

 いつも俺が昼飯にカレーパンを買う時も『たまには違うパンを買え!』なんてワケわからない言いがかりをつけてきたし。


 そんで渋々ツナマヨパンを選んだ時もこんな笑顔を浮かべていたな。

 なぜ伊勢原先生は俺につきまとうのか。なぜ俺にこんな笑顔を浮かべるのかはわからない。嫌がらせでやっているわけではないのだろうけども。正直疲れる……


「じゃあ俺BOX持って相模原の家行くから準備しといてよ」

「あいあいさ!」


 俺は相模原の家に伺う約束を交わしてから帰宅することにした。

 まずは爺ちゃんからBOX貸してくれるよう説得しないとだなあ。


 最初は面倒くさいと思ったけれど、自分の好きなものを見てもらう。体験してもらうという事態に俺はちょっとワクワクしていた。

 ま、代わりに俺はガラスの仮面を読まなきゃなんだけどな!




「ただいまー。じーちゃーん!」

 俺は家に帰るなり爺ちゃんの部屋に向かう…前に手洗いうがいをこなす。

 大事大事。手洗いうがいはすっごく大事!


「爺ちゃーん!ダイ・ガードのBOX貸し「お、お前あの山に入ったんか!?」


 俺が爺ちゃんの部屋に入ってDVDをおねだりすると同時に爺ちゃんが並々ならぬ形相で被せてきた。


「いや……爺ちゃん持ってたよね?ダイ・ガードのBO「あの山に入ったんかお前!?」


「爺ちゃん。里帰り系怖い話にほぼ皆勤賞で出てくる『あの山に入ったんか!?』って言ってくる系爺ちゃんに憧れてるのはわかるけどさ……うちの近くには怪談どころか山すらないよお……」


「へっへっへ。一度でいいから言ってみたいもんじゃい。『いいか!?ワシらがいいって言うまで絶対にふすまを開けちゃあかんぞ!?』とかも言いたいのう」

「怪奇が爺ちゃんの真似して『終わったぞ~フスマ開けていいぞ~開けろ~開けろ~』って開けさせようとしてくる奴~!」


 俺の爺ちゃん町田 圭一郎(まちだ けいいちろう)は七十過ぎても未だに新しいもの好きのミーハー爺ちゃんだ。

 今はどうやらホラー。怪談や怪奇譚にハマっているみたいだ。


 アニメに漫画にゲームといったインドア趣味だけでなく釣りやキャンプなんてアウトドア趣味も大好きでかなりの多趣味なんだが、俺が生まれる前は頑固一徹。

 盆栽以外はなんもかんもくだらん! ってスタンスだったらしい。


 俺は今の爺ちゃんしか知らないから到底信じられないけども。

 そんな爺ちゃんの部屋はガンプラ、特撮フィギュア、そして盆栽に鉢植えが並んだ異様な光景が広がっている。


 プロファイラーがこの光景から部屋主を推測することは果たして可能なのだろうか。


 小さく剪定された松の木にくつろいだように寄り掛かる∀ガンダム。サボテンに対してファイティングポーズを取る仮面ライダーアマゾン。


 一見ミスマッチに見えるが何故か映えて見える。盆栽がフィギュアを。フィギュアが盆栽をお互い活かし合う構図にしっかり組み立てているからだろうか。


 たぶん爺ちゃんは盆栽もフィギュアもガンプラも大好きだから自然にこういうの作れるんだろうな。


「そんで爺ちゃん。BOX貸して欲しいんよDVDBOX」

「んあ?BOX?なんのじゃい?」


 俺は爺ちゃんに本題を打ち明ける。


「ダイ・ガードだよダイ・ガード。相模原に見せることになったんよ」

「お、祭莉ちゃんダイ・ガード観るんか!? あの子ロボアニメ嫌いじゃったろ?」


 爺ちゃんの背筋がシャキンと伸びる。どうやら相当嬉しいみたいだ。


「ん~ま~そうだったんだけどさ。色々あって観てもらうことになったんよ」

「そーかそーか。ダイ・ガードは神アニメじゃからなあ」


「そんで代わりに俺がガラスの仮面を読むことになった」

「えええ……話が全然読めないんじゃが……」


 爺ちゃんが困惑顔を浮かべる。

 ここは分かりやすく事情を説明するとしよう。


「刑事の相棒がアンドロイドなのが相模原でロボットなのが俺で、そうしたら伊勢原先生が怒って俺がガラスの仮面を読んで相模原がダイ・ガードを観ることになったんだよ」

「うん……うん?そうか。そうかよかったな圭吾……よし! 今BOX出してきてやるからな!えーと、押入れのどこじゃったかなあ」


 爺ちゃんはニッコリと満面の笑みを浮かべてから押入れを開いた。

 そこには大量のコレクション。通称圭一郎セレクションが姿を現す。


 大量の漫画にゲーム、アニメだけでなくドラマのBOXまで揃えている充実の品揃えだ。


 ガンダムなら宇宙世紀シリーズだけでなくSDシリーズのOVAまで揃えているし特撮は昭和ライダーからスーパー戦隊まで歴代コンプリート。


 休みの日には大抵爺ちゃんとこのコレクションのお世話になっている。俺自身まだまだ浅い部分しか圭一郎セレクションに触れていない。


 ちなみに大声では言えないがガンダムの中では騎士ガンダムシリーズが一番好きだ。

 だってかっこいいんだもん……


 そんなわけで年と不相応なアニメや漫画を俺が好きなのもそれが理由だ。昔の漫画ってのは今の漫画に負けず劣らず面白いのが沢山あるね!


「あったぞ!うん…全部揃ってるな。ほれ圭吾。祭莉ちゃんにさっさと渡したれ」

「おー!サンキュー爺ちゃん!」


「しかしあれじゃな。今まで全然見返してなかったのに、いざ人に貸す為に堀り起こすと急に見たくなってくるのう…」

「爺ちゃんそれわかるわ。貸す前にちょっと観るか~みたいなのあるある」


「なんかワシもダイ・ガード見たくなってきた。いや……!今すぐ祭莉ちゃんにこれ持ってったれ! 早く! ワシがワシであるうちに!」


「いやいやいや。別になんだったら爺ちゃん見終わってからでも別に「こういうのは先延ばしにすると『ん~見なくてもなんかいいかな』ってなったり他の何かに興味が移っちゃったりするんじゃよ!」


爺ちゃんが俺の気遣いを遮り声高に主張する。


「そ、そういうものなんか。じゃあ遠慮なく借りてくよ。あんがとね爺ちゃん」

「祭莉ちゃんからの感想ワシにも聞かせてくれよな」


 爺ちゃんからDVDBOXを受け取った俺は自転車で相模原の家に向かった。

 さてさてどんな化学反応が起きることやら。

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