第10話 まつxけい

 夕日が眩しい午後五時。

 夕焼け色に染まる住宅街を横切り俺は自転車を飛ばす。


 相模原の家はうちから自転車でほんの五分ちょっとのご近所の一軒家だ。

 お互い家が近所であることを知った時は驚いたものだ。

 相模原の高校入学に合わせて相模原一家は引っ越してきたのだ。


 あいつがいなきゃ俺は一人ぼっちだったんだろうか。

 そう考えると本当感謝だな。人間受け身じゃダメなんだろうがどうしても勇気と行動力が湧いてこないんだよな。


「到着っと」

 そんなくだらないことを考えていたらすぐに相模原の家についた。

 俺は直ちにインターホンを押……さずにLINEを送る。


「ついたぞ。家の前にいるから漫画持ってきてくれ……っと」


 俺が必要以上に警戒している理由は一つ。

 出来る限り顔を合わせたくない人がいるからだ。


 俺にとってその人は伊勢原先生と同等、いやそれ以上に苦手な人なのだ。

 今回の漫画受け取りミッションはフルステルスで達成しなければならない!


 このまま相模原が来るのを待っていれば顔を合わさずに済むって寸法よ!


「お母さーーーん! 町田氏来てるよ町田氏ー!」


 そんな俺の耳へ相模原の大声が響く。

 おんぎゃああああああああ! なにしてくれてんだあのアマああああああ!


「あらあらあらあら! 町田君!? 町田君来てるの?」


 ドタドタドタと慌ただしい足音がドア前まで聞こえてくる。

 ドアが開いたと同時に俺の目に飛び込んできたのは相模原のカーチャンだ。


「あら~いらっしゃい~♪ 町田君今日は茉莉にヘタレ攻めかしら?」

「どうもこんばんわ相模原さん……いやヘタレ攻めって。漫画借りに来ただけっスよ」


 俺は自分の眉間に皺が寄っていることを自覚できた。


「本当に漫画借りにきただけなのかな?けいxまつなんでしょ? それともまつxけい?」

「なんスかけいxまつって……本当漫画借りにきただけッスから!」


 相模原 加奈子(さがみはら かなこ) 相模原のカーチャンだ。

 俺はこの人が伊勢原先生以上に苦手だ。


 相模原と友達になって初めて家に来た時だ。加奈子さんは俺を見るなり


 「あら茉莉。彼氏さんかしら?娘をよろしくお願いいたしますね」

 と、勘違いブローをかましてきたのだ。


 それ以来この人は俺が何度否定しても相模原の彼氏扱いしてくるのだ。

 彼女の言うけいxまつは圭吾x茉莉 まつけいは茉莉x圭吾のカップリングを表す。


 俺はあまりその手の用語は詳しくないがどうやら前者が「攻め」つまり積極的にアタックする側で後者が「受け」前者のアタックを受け入れる側を指し示すらしい。

 知らんがな!!


「あの~すいません。本当漫画借りに来ただけなんで。ええはい。ええ」

「あら引き止めちゃってごめんね町田君。早く茉莉のお部屋に行きたいものね。ごゆっくり」


 だから彼氏じゃないのに!


「何か含みを感じますけども。それじゃあお邪魔します」


 俺は靴を脱ぎそそくさと相模原の部屋へと向かった。あいつの部屋は二階だ。

 階段を上り相模原の部屋を一応ノック。大事大事。ノック大事。


「あいあい。入っていいよー」


 ドア越しから相模原の声が届く。


「邪魔するでー」

「邪魔するんなら帰って~」

 なんでやねん。そう思いながら俺はドアノブをひねる。


 相模原はベッドの上であぐらをかいていた。


「はいいらっしゃ~い」


 相模原は肩を露出したノースリーブに半ズボンのGパン。ハーフパンツってやつだな。という出で立ちであった。

 確かに動きやすいし部屋着にはピッタリの服装なのだろうが……正直目のやり場に困る。


 直視するのも不自然だし失礼だろう。俺は相模原から目を逸らし部屋を見回す。

 改めて思うがこいつの部屋はなんというか、全体的にピンクだ。


 枕にカーテン、クッションは真っピンク。ベッドのシーツと掛け布団はほんのりピンクの桜色だ。


 同じく桜色のカーペットに暖色の小さな一人用のテーブルがこしらえてある。

 それだけなら典型的なシンプルで女の子女の子している部屋なのだが。


 そこにマッドマックス,、ターミネーター、酔拳などの全体的に”お弁当のおかずでいうと茶色い系”の映画ポスターが部屋を彩ってしまっていた。


 相模原とは別の映画好きの男がもう一人同じ部屋で暮らしているんじゃないかと錯覚するくらいのミスマッチを醸し出している。

 ピンクの部屋に壊滅的に合わないだろ。


 だが相模原はこの部屋のセンスに自信を持っているらしく初めて俺が相模原の部屋に来たときには”フンス”と鼻息を鳴らしながらポスターを自慢してきた。

 うーん、わからん。


 俺はテーブル前に敷いてあるピンクの座布団に腰を降ろした。


「相変わらずハイセンスなお部屋でいらっしゃいますわね相模原」

「だしょ!? この無骨な雰囲気。たまりませんわあ」


 映画のポスターを相模原が愛おしそうに撫でる。

 何度も暇さえあれば撫でているのだろうかポスターが一部擦り切れている。

 やめなさいよ。


「俺もたまに爺ちゃんに九十年代八十年代の映画見せてもらうけど確かに面白いよな」


 といっても俺はその時代の特に面白い映画、つまりマグロでいう大トロ部分だけつまんでるから面白いって感じてるんだろうけども。


「お母さんに捕まっちゃったね町田氏~。話し声が丸聞こえだったよ」

「捕まったのはお前のせいだろ!バレたくないからLINEしたってのに!」

「ごめんごめん」

 相模原は枕を抱きしめながらケラケラ笑って体を揺する。



「けいxまつ。まつxけいって言ってたね~。お母さんきわどいとこ攻めてくねえ~」


 相模原がニヤニヤしながら見つめてくる。


「いや本当そういうの慣れてないからキョドることしかできねえよ……」

「ふ~ん……前から思ってたけど町田氏そういうの慣れてないんだ」


 相模原がニヤニヤしながらベッドから立ち上がる。

 相模原の体重がかかったのだろう。ベッドがギシィと艶めかしい音を立てる。

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