第9話 犯人からの指示

 私は車内を見回ることにした。先頭車両の乗務員室から出て、最後尾の展望車へ行った。特に変わったことはなかった。ただ、至る所で昼食がとられたらしく、和牛ハンバーグの良い匂いに耐えられなかった。それと、最後尾の展望車に陣取っていたコスプレ同好会の人たちは他の車両へ分散していたようだった。そのほとんどの人が私服に着替え終えていて、コスプレのままいる人といえば、ドロドロの服と血まみれのメイクのゾンビ三人くらい、それと、怪人ブーが二人、覆面バイカーが一人いた。


 私は再び乗務員室へ戻るために引き返した。大村さんに電話してみたが、何事もないということだった。渡辺さん一家にも変わりはないということだった。

 食堂車に入ると、私服姿の中林さんが話しかけてきた。

「あっ、香崎さん、先ほどはどうも。突然、相席したり、文句言いに行ったりして……」

「あ、いえ、とんでもありません。でも、あれ? 今、展望車に覆面バイカーがいましたけど……」

「ああ、僕じゃないです。他にもいるんですよ」

「そうなんですか」

「でも、香崎さんに見せたかったなぁ。覆面バイカーのカッコ良さを」

「あら、いつでも戦えるようにヒーローの格好でいるんじゃなかったんでしたっけ?」

「おっと、痛いとこ突くなあ。大丈夫、1分あれば変身できますよ。実はあの衣装ねえ、6キロあるんですよ。コスプレショーが中止になったから、もう脱ごうかなって。正直、着ていられませんよ。脱いだから、ほら、こうして優雅にコーヒーを飲んでいられるんですよ。僕以外にも、覆面バイカーのコスプレしてる人、四人いますからね。その中の誰かが、子どもたちの夢を壊さないように衣装を着ていてくれればいいんですがね」

「さすがヒーロー、子どもたちのことを考えているんですね。それじゃ」

 中林さん以外に覆面バイカーが四人もいるのかとびっくりしたが、ともかく、私は先頭車両へ向かって歩いた。


 三号車の個室客車まで来るとちょうど、例の怪しい男、高木が出てきた。私とすれ違うまで、彼はずっと私の顔を見ていた。それは、私も彼の顔を見ていたからかもしれなかったのだが、彼の鋭い目つきにただならぬ違和感を持たざるを得なかった。高木は四号車の方へ向かった。私は三号車から出て扉を閉める時にさりげなく後ろを見たら、高木も扉を閉めながらこちらを見ていた。

 私は高木の行動を気にしながら、乗務員室へ入った。

「犯人からメールがきました」

 大村さんはそう言って、私にスマホを渡してくれた。



  金の受け渡し方法を変更する



 当然そうなることは予想していた。私は犯人に、“個室客車で受け渡しできないでしょうか”とメールを送り返した。3分ほどして、犯人が返信してきた。



  断る

  監視してるぞ、妙なことはするな



「刑事さん、犯人を怒らせてるんじゃないですか、大丈夫でしょうか?」

 大村さんが心配そうに訊いてきた。

「大丈夫よ、犯人は焦ってる。こういう時、人間は細かいミスをするものよ」

 3分ほどして犯人からメールがきた。



  12:40にラウンジカーまで、紙袋に入った金を子どもに持って来させろ

  親は個室で待機しろ

  遅れるな



「あと5分か……でも誰に渡すんだろ?」

 “誰にどうやって渡せばいいのでしょうか?”と犯人にメールした。このとき、村田係長から私に連絡がきた。渡辺さんのスマホを大村さんに渡し、私は係長と電話しながら乗務員室から出て、二号車の入口扉から中を覗いた。特に何かが起きていることはなかった。しかし、大村さんが急きながら小声で話しかけてきた。

「刑事さん、もうすぐに列車が山間部に入ります。電波が届きません。10分くらいはメールの送受信も通話もできなくなります」

「えっ!」

 私も焦った。そして大村さんに伝えた。

「犯人にメールして! 返信してと伝えて!」

「あ、はい。早くしないと……」

 大村さんは焦りながらもメールを送り終えた。私は係長に状況を説明していたが、一瞬明かりが消えて、突然、通話が切れた。列車が山間部に入ったのだ。犯人からメールの返信はなかった。

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