第4話 怪しい男
最後尾の展望車は、乗車した時と同じくごった返していた。せっかくの鉄道の旅なのだから景色を見ろと言いたかったのだが、客の大半がここでコスプレを見ているように思われた。
私は人の間をすり抜けながら例の家族を探したが、見当たらなかった。ふと気づくと、大村さんがいなかった。食堂車の方へ向かうと、大村さんがドアを開けて展望車へ入ってきた。
「どう?」
「刑事さん、今さっき、怪しい会話を聞きました」
「怪しい会話?」
「はい。男性トイレの中から怒鳴るような声が聞こえてきたのでドアに近づいて盗み聞きしていました」
「それで? どんな会話だったの?」
「はい。はっきりと聞き取れなかったのですが、何やらお金のことを話しているようでした。それと、何度も、ブー、ブーって言ってました」
「ブー?」
「……はい、ブーだ、とか……」
「その男のことかしら? それとも電話の相手のことかしら?」
「……あー、いえ、そこまでは……」
「で、その男は?」
「はい、あの、ちょうどお客様が私に話しかけてこられて、そのー、接客をしていましたら、数名のお客様が展望車から来られて、その内の二、三名がトイレに入られて、入れ違いでどなたかが出てきましたが、誰がトイレから出て行かれたのかわからなくなってしまいました。本当に、すみません。しっかりとトイレの入り口で見張っていれば良かったのに……うっうううぅぅぅ……」
「いや、お手柄よ、大村さん。泣かないで。素人でそこまでできれば上出来よ」
「ありがとうござますぅぅぅぅ……」
私は正直、大村さんにはトイレの入り口で、出てくる人物を捕まえてほしかった。だが、まあ、常識的に考えれば、素人の判断で聞き耳を立てることができたのはとても勇気のいる決断だったと思ったので、大村さんを褒めた。
その時、食堂車の方からドア越しにこちらを見ている男がいることに気がついた。私と目が合うと、その男は向こうへ去って行った。
私は急いでドアを開けて食堂車へ移動した。ロングコートを着た男が五号車のラウンジカーの方へ歩いて行くのが見えた。間違いない、さっきこちらを見ていた男だ。パッと見たところ、年齢は50歳くらいで体重が100キロ以上はありそうな太った男だった。私たちはその男の後をつけた。
男は三号車の個室客車へ移動した。そこで男は個室の前で立ち止まった。ポケットに手を入れて、鍵か何かを探しているようだった。私たちは怪しまれないように男の背後を素通りした。私たちは二号車の展望車へ向かって行った。私がドアを開けて大村さんに先を譲りながら後ろを振り返ると、男はこちらを意味深に見ていた。私がドアを閉めると同時に、男は個室に入ったようだった。
私にはその男の挙動が怪しいと思えた。
私は先頭車両の乗務員室に入れてもらい、事情を話した。鉄道会社に連絡してもらい、個室の乗客名簿を見せてもらった。個室ナンバー3の部屋を借りているさっきの男の名前は、高木文吾(たかぎ ぶんご)。私はこの時、幼いころの記憶がよみがえっていた。
小学生の頃、同じクラスに高木くんという太った男子がいた。高木くんのあだ名は「ブー」。私は始めそのあだ名の意味がわからなかった。しかし、父が家でバラエティー番組の話をし始めた時、私は高木君のあだ名の意味がわかった。高木という名前で太っていれば、あだ名はほぼ100%「ブー」になるということを。
しかも、さっきの男はファーストネームが「ぶんご」。「ブー」と呼ばれている可能性は高い。
私はこの高木という男をマークすることに決めた。
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