第2話 どじなアテンダント

 私はソファーに腰かけて「オリエンタル鉄道悠悠プラン」のパンフレットを見ていた。ひとつに10人ほどが座れるソファーが車両の中央に窓側に向けて四つ設置されてあった。すぐに乗客でいっぱいになってきた。カップル、家族連れ、老夫婦、思っていたよりもにぎやかな時間を過ごせそうだと考えていたら、そこへ奇妙な服装の集団が乗ってきた。足軽みたいな恰好や、魔女のような恰好、西洋風の鎧に身を包んだ人、フランケンやドラキュラの衣装を着た人たちが入って来た。その日はハロウィンではなかったのに。

 小さい子どもたちは彼らを見て嬉しそうにしていた。特に子どもたちの目を引いたのは、戦隊ヒーローだった。カメラやビデオカメラを首からぶら下げ、三脚を持った男たちも数名いた。

 しばらくしてアナウンスが流れてきた。

「~~パロンピロンポロン~~ 皆さま、本日は当オリエンタル列車にご乗車いただきまして誠にありがとうございます。当列車はまもなく発車いたします。運行速度は時速30キロほどですが、発車後は列車が揺れる場合がございます。お近くの座席にお座りになるか、手すり等をお持ち下ちゃい。~~パロンピロンポロン~~」

 下ちゃい? アナウンスした人が噛んだのだ。車内で笑いが起きた。


 ガタン、ガタン、ガタン……

 列車は走り出した。ゆっくりと2時間かけて、終点駅を折り返してこのスタート駅まで戻って来る。

 私のお目当ては、途中の鉄橋の上から見ることができる渓谷だった。最も高いところで50メートルの高さのあるこの路線の鉄橋は、長さがおよそ130メートルある。そこから見下ろす渓谷はさぞかし見ごたえがあるだろうと思った。私は高所恐怖症なのだが、怖いもの見たさに谷底を覗き込みたいという欲求に駆られたのだ。そうでなければ刑事なんてやってられない。またこの路線は山間部の谷底も通っている。列車の窓から数十メートルの高さの山を見上げることができる。都会人にとってはまさに秘境だ。まるで小説の中の出来事のようだ。それに加え、実は、もうひとつお目当てのものがあった。それは、昼食に出る和牛ハンバーグだ。

 オリエンタル列車はゆっくりと走行していた。私はぼんやりと外を眺めていたら、奇妙な集団が写真撮影を始めた。乗客は皆、迷惑がっているようだった。私はその集団に尋ねてみた。

「すみません、ちょっとよろしいですか? 何をされてるんでしょうか?」

「ん? 撮影ですよ。見たらわかるでしょ」

「撮影ですか。普通外の風景を撮影するのではないでしょうか?」

「俺たち、コスプレが趣味だから。自分たちの写真を撮るんですよ」

 ぶっきらぼうにカメラマンが答えた。戦隊もののやられ役みたいな衣装を着て写真を撮られていた男性が寄ってきた。

「ごめんなさい。少し迷惑なのは承知しています。けど、鉄道会社のほうには許可を取ってあります」

「はあ、そうですか。わかりました」

 約35名くらいがコスプレをして、3名のカメラマンが撮影していた。景色を楽しむのにも気が散るので、私は二つ隣の五号車のラウンジカーへ移動した。自動販売機の前では順番待ちの列ができていたので、トイレに入った。そこに大村さんがいた。泣いているようだった。

「あっ、ごめんなさい。またミスしてしまって上司に怒られて……」

「あ、あ、あ、誰だって失敗くらいします。さっきも車内アナウンスで『下さい』っていうのを『下ちゃい』って言ってましたから。そんな恥ずかしい間違いした人もいるんです。だから気にすることないですよ」

「うっううう……そのアナウンス、私なんですぅぅぅぅ……」

「あ、いや、あの、とても美しい声で、素晴らしいアナウンスでした、よ、ね……」

「ううううぅぅ……」

「あの、本来なら、ああいうアナウンスって、録音したテープを流すんだと思うんです。そうしなかった鉄道会社側が悪いのかなって思いますね」

「ううううぅ……いつもは録音したテープを使うんですけど、私が謝って消去してしまったんですぅぅぅ……」

「あ、あー、あっ、失敗しても、前向きな気持ちでいましょう。ね、それが一番よ」

「ううぅ……ありがとうございます……」

 私たちのやり取りを見ながら、別の乗客が二人出て行った。私は軽く会釈した。

「ところで、コスプレした方がたくさんいて、車内で写真撮影をしていますが、一体何なんですか」

「うう……関東コスプレ同好会の方々です」

「はあ、鉄道会社には許可取ってあるって言ってましたが、よくOK出しましたよね」

「すみません、うぅうぅ……私のミスなんです……私が承った件なのに、会社側に伝えるのを忘れて、それでそれで、ううううう……」

「あー、いえ、あの、そうですね、誰でもミスくらいするんだから、ほら、泣かないで」

「……ありがとうございますぅぅぅ……」

 ミスをする天性の才能があるのだろうか、大村さんを見ているとそんな感じがした。しかし、なぜか憎めないまっすぐな気持ちを持った女性だった。呼吸を整えてから大村さんは仕事に戻った。

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