君が選ぶ世界

@tatsumaki_10

第1話 見えない光

 青く澄んだ空に吹く風が、髪をそっと撫でる。

 空の青に気を取られ思わず見上げ、空いた首元に冷たい風があたる。思わず肩をすくめ大きく息を吐いた。こんなに寒いならマフラーをはじめから巻いて来ればよかったと後悔した。

 肩をすくめながらも見上げたくなるその空は、まだ何も描かれていない真っ青なキャンパス。そのキャンパスに今日から一つの色を足していこう。

 カランと渇いた鈴の音が耳に響く。

 弾んだ声の方向に一瞬気を取られる。少し目を開いて見つめた先には新しい物語がきっと待っているのだろう。



【見えない光】


 大学を出て就職できず四月を迎えた。絶望の一途とはこの事を言うのだろう。就職活動はこれから続けていくつもりだが、心配なのは金銭面だ。大学時代の生活費は親の仕送りで過ごしていたため、バイトなんてやったことがなかった。お金があるならバイトなんてする必要はない。そんな甘い考えで大学四年間を過ごした。

 高校を出て大学に入り、大学四年の六月ごろには就職先が決まり、約一年ある残りの大学生活は自由に過ごそうと思っていた。大体そのくらいの時期に決まると授業で聞いていたから活動を始めれば自然と六月くらいに内定がでるものだと思っていた。

 だが、現実はそんなに甘くなかった。そう気づいたのは最近だ。

 今まで「考えていた」ことなんて一つもなくて、「思っている」事ばかりだったことに気づいた。

 思っているって言うのはただ思っているってだけで、行動に移せないのだと、心底思った。

 考えてみれば大学生活は授業をとりあえず単位ぎりぎりでも取得することが第一目標だった。今となっては目標でもなんでもない。とりあえず授業もあんまり受けたくないし、最低単位だけ取っておけば卒業はできるだろうと思っていたし。ましてやその先何がやりたい?どこに就職したい?なんてこと考えてもなかった。ただ、その場凌ぎ。今思えばその言葉が一番合う。

 大学に入学してサークルも入らず、バイトもやらず、特に特定の仲のいい友達も作らずきた。別に考えてそうしたわけではなくて、勝手にそうなっていった。きっと自分にとってそこまで必要と感じなかったんだと思う。

 これで成績が良ければ就職先も色々考えられたんだと思う。だけど、成績は中の下。それに、今思えば頭のいい人は常に考えているわけだから、就職活動を遅くしたとしてもその改善策を考えることができるわけで、俺とは違う。これも今更思ったことだった。

 特に趣味もなく、何かを突き詰めてやってきたわけでもない。今思えばこんなにボロボロだが、こんな事を考えていた時でもまだきっと大丈夫なんて思っていた。

 そんな俺はもちろんやっと始めた就職活動でもパッとしない。筆記はある程度通るものの面接はボロボロで、叩いて叩いてホコリが出てくればいい方で、俺の場合は叩いても叩いてもホコリすら出てきやしない。

 就職活動だって周りが始めている中、そんなに早く始めなくてもなんてどこか他人事だった。

 大学でスーツ姿の学生を見るたび、そんなに急がなくても六月には大体の学生が内定決まるのにと思っていた。

 俺が焦り始めたのは六月。焦る時期だって今思えばかなり遅い。

一ヶ月以内で就職活動が終わるなら活動を始めるのも六月からで十分。それに、そんなに行きたい会社もないし、やりたい仕事もない。それなら尚更この時期がベストなんてわけのわからないことすら思っていた。それは、仕事ならなんでもいいやと思っていたからだ。

 そんな時期から本格的に就職活動を始めたが、一ヶ月経つとどんどん募集している企業が減っていき、むしろ期限内にも関わらず募集を打ち切る企業も出てきた。その光景をみて初めて危機感を覚え、ここからなんでもいいから選考をやっている企業を受けた。もちろんなんの取り柄のない俺は例のごとく筆記試験は通るものの、面接に関しては面接官の顔を曇らせた。時期が時期なだけに募集している企業からは苛立ちとやっつけ感を感じた。それでもとりあえずやらなければという思いで受け続けたが、面接では面接官をキレさせたことだってあるし、面接を途中で打ち切られたことだってある。

 そして迎えた大学四年の三月三一日。

 真っ暗な道を歩く。街灯の光がやけに明るく見えて眉を顰めながら自分の歩く足を見る。

 歩くと言うことは前に進むこと。それが歩くときはこんなに容易くできるのに、人生はそんなに容易く前に進ませてくれない。

 気づいてみれば三月だった。気づいてみれば、大学生活が終わる。

 六月以降、陽の光をいつ見たか。陽の光をここ数ヶ月見ていない気がする。そんな錯覚にすら陥った。

 俺は絶望した気持ちで家に帰り、そのまま四月一日の、新しい年度の始まりを迎えた。

 部屋の明かりが灯され、カチカチと音がした後、暗闇が訪れた。

それは俺の心のようだった。







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