神の庭

しじみ

第1話 Quest Accepted

 「ねえねえアルド! これ見て!」

IDAスクールH棟。小さな用事を終え、校内を見物していたアルドがひとつの教室に入ると、その姿を見つけたフォランは机に上体を投げ出すようにして板に似た小さな機械を彼の鼻先に突きつけた。青と白の爽やかな制服の襟をなびかせ、力を持て余し気味なほどに快活な様子はいつものとおりだが、今日のフォランには単に世間話をしようというのではない、気迫とも言える勢いがある。

 「何だこれ?」

端末に映し出されていたのは一枚の絵のようだった。ほとんど彩りを感じないほど褪色した画面には途切れ途切れの線が漂い、残りの空白を靄のような色の濃淡が満たしている。こういう絵がありがたそうに飾られているのをいつかどこかで見たことがあるような気もするが、これが抽象画だとして何を表現しているのかアルドには見当もつかない。

「最近、いきなり端末にこの画像が送られてきたっていう人が増えててねー。噂では不幸のメッセージだとか幸運のメッセージだとか言われていて」

フォランとともに教室にいた少年、マイティがいらえる。

「面白がって転送してる人もいるんだけど、とにかくすごい勢いで広がってて……IDAスクールの外まで、この噂で持ちきりなんだー……」

さきほどまで頬杖をついていた彼はいつの間にかすっかり机に突っ伏していて、言葉の最後の方はほとんどくぐもっていた。頭頂のはねた毛が気持ち良さそうに揺れている。

 アルド自身、まだ十分に理解しているわけではないのだが、この板は未来の人々が「端末」と呼んでいるもので、本よりも小さなこの機械ひとつでおよそこの世に明らかにされている知識のすべてを見聞きすることができるのだという。一体どこにそんな情報が収まっているのかアルドには不思議で仕方ない。しかもこの端末は情報を探して手に入れるだけでなく、端末を持つ者同士が手紙をやり取りしたり、時には居場所を超えて会話することも可能なのだという。手紙よりもずっと早く連絡がつくのだから便利な代物だが、得体の知れない画像が突然送りつけられるのだとしたらあまり気持ちの良いものではないだろう。

 「ただのいたずらじゃないのか?」

「もちろんその可能性は十分ある。しかし、その画像には少し気がかりな点もあってね」

入り口の方からアルドの疑問に率直な答えが返ってくる。戸口に立つ彼女が誰であるかはその身にまとった白い制服から一目瞭然だった。

「イスカ!」

IDAスクールの自治部隊、IDEAの会長だ。

「やあ、キミたちのところにも噂の画像が届いたみたいだね」

「イスカも知っているのか?」

「もちろん。最近たいそう話題になっているからね。色々と情報を集めているところさ」

「気がかりな点があるって言ってたねー」

問われたイスカは含みのある笑みを浮かべる。

「それについては作戦室で話そうか」

「IDEAが関わってるってことはやっぱりヤバい話なの? 本当に不幸になるとか?」

フォランは口元に手をやって声のトーンを落とす。心配しているような口ぶりだがその目の奥に光る好奇心を見抜いているのか、イスカはなおも涼やかな声で応じる。

「噂の真偽はともかく、その画像が届いて本当に怖がっている生徒もいる。IDEAとしても放っておくわけにはいかないのさ」

「だったら、あたしたちも協力するよ」

静かに使命感を燃やしているらしいイスカとは違う方向から、フォランはこの謎めいた騒動の真実を明らかにしたがっているようだった。アルドはようやく自分にくだんの画像を見せた彼女の気迫の正体を見たような気がした。興味があるからにしろ困っている人がいるからにしろ、イスカの仕事を手伝いたいという気持ちはアルドも同じだった。ねえアルド、と同意を求めて振り向くフォランにアルドは力強く首を縦に振って応える。

「ああ、俺たちにできることがあれば言ってくれ」

アルドたちの申し出にイスカは少し目をしばたいたが、すぐにいつもの年齢より大人びた笑顔を見せた。

「それではよろしくお願いするよ」


 こうして、謎の画像をめぐるささやかな冒険は教室の片隅から始まった。

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