333話 魔王城へと

  おれはカシアスの一つひとつの言動を鮮明に思い出しながらアイシスに語った。


  カシアスが魔界最強の魔王であるユリウスを相手に勇猛果敢に戦ったこと。

  転生前にユリウスと兄弟分であったこと。

  そして、おれと力を合わせてユリウスを打ち破ったこと。

  最後に、おれに力を託して消えていったこと——。


  エピソードを思い出す度に、カシアスへの愛情と、もうどこにもいないという悲しみが溢れてきて、涙が溢れ出す。

  ただ、おれの前世の話をしたことだけはアイシスには黙っておいた。

  あれだけはこの場で話すことが適切なのか、おれには判断が出来ないし、カシアスとの二人だけの秘密が欲しいという思いもある。


  彼女は途中で口を挟むことなく、静かに耳を傾けてカシアスの生き様を聴いてくれた。

  時おり、何かに納得するように頷くことはあっても、おれとは違って泣き出すようなことはしなかった。

  そして、話が終わると少しだけ温かい笑みを浮かべるのであった。


  「そうでしたか……。アベル様、カシアス様のこと、ありがとうございました」


  アイシスはおれに頭を下げてそう感謝の言葉を述べた。

  おれは彼女のこの反応に驚いてしまった。


  初めはカシアスを死なせてしまったことを強く責められるかと思っていたおれだったが、どうやらそれは違ったようだ。

  満足げな様子の彼女を見るに、もしかするとカシアスが自らの意思で想いを遂げられたことを喜ばしく思っているのかもしれない。

  おれはそんなことを考えていた——。


  そして、おれとアイシスがカシアスの話をしていると、いつの間にかサラとウェイン、それにゼシウスさんまでもが側に寄ってきて話を聴き入っていた。

  おれが話している間は黙っていた彼らだったが、話し終えるとそれぞれがカシアスへの想いを口にする。


  「生意気なところもあるやつだっけどよ、オレはアイツのこと嫌いじゃなかったぜ。むしろ、強い信念を持ってるアイツがうらやましいと思ったくらいだ」


  ウェインは懐かしい思い出話をするように笑いながらそう語った。


  「カシアスは私と似ているところがあった——。互いに忠誠を誓う存在がおり、一つの国を任され、目的のためにがむしゃらに走り続けた。それなのに、無念だ……」


  ゼシウスさんは何か思うところがあるようで、最後には神妙な顔つきで言葉を呑み込み、カシアスへの想いを語るのであった。


  「カシアスはとても純粋で、真っ直ぐな人だった。アベルと出会えて、本当に幸せそうだった」


  サラはおれの目を見つめ、そう語りかける。


  「大丈夫ですよ。ゼシウス様が心配されるようなことはないはずです。最後、カシアスは満足して逝けたはずです」


  そして、彼女は何かに思いふけるゼシウスさんに対して、そう言葉をかけるのだった。


  「そうか……。ならばよいのだが……」


  ゼシウスさんがぼそりとそうつぶやく。

  口ではそう答えるゼシウスさんであったが、心ここに在らずといった感じであった。


  そして、ここでおれはリノがいないことに気づく。

  正確にはもっと前からこの場にいないことは気づいていたが、リノがまだ別の場所で戦っていたり、魔王城に戻っていたりするのではないかと考えていた。

  しかし、カシアスのこともあり、まだ姿を見せないリノにおれは最悪のケースを想定しまうのであった。


  「なぁ、リノは今どこにいるんだ……?」


  おれは恐るおそるサラに尋ねてみる。

  すると、サラは少し反応に困った素振りを見せる。

  そして——。


  「リノは……もういないわ」


  彼女は首を横に振り、言葉を詰まらせた。

  それを見ておれは全てを察した。


  「そっか……」


  カシアスだけでなく、リノまでも……。


  おれはサラのような人間が今回の十傑の悪魔の襲撃を受けて生き長らえたのは奇跡と言ってもいいだろう。

  だが、その奇跡も多くの仲間たちの助けがあったからこそだ。

  きっと、リノも自分の全てをかけてサラを護ってくれたのだろう。


  そんなことを考えながら、おれはリノへの想いに浸っていた。

  すると、そんなおれの考えを察したのかサラが言葉を続ける。


  「気にしてくれてありがとう。でも、大丈夫よ。リノも満足しているみたいだから」


  彼女はそう苦笑いをしながら話してくれたのだった——。



  ◇◇◇



  サラとの会話が終わると、おれたちの側にゼシウスさんが近づいてくる。

  先程までの心ここに在らずといった様子ではなく、真剣な眼差しでおれを注視していた。

  これにはおれも緊張してしまう。


  「それでだ、少年。お前にいくつか話を聞きたいのだがよいか?」


  ゼシウスさんはいつもの優しい声色でそう問いかけてくる。

  だが、そのあまりの迫力におれは気持ち一歩後ずさってしまうのであった。


  きっと、女神さま——シャロンについてのことだろう。

  ゼシウスさんが探し求めていた原初の魔王であり、初代精霊王でもある転生者の天使シャロン……。

  そんな彼女とおれとの繋がりについてゼシウスさんは気になって仕方ないのだろう。


  実際には、おれがシャロンと会ったのは人間界で一度だけであったが、気になることはいくつもあった。

  たまにおれが見る夢の世界で、彼女によく似た少女が出てきていた。

  それに夢の中でおれはアルフレッドと呼ばれており、例の少女はシャロンと呼ばれていた。

  偶然なのだろうか……。


  天使シャロンはアルフレッドの記憶がどうとかと話していた。

  これについて、ゼシウスさんも気になることがあったに違いない。


  ゼシウスさんは信頼できる人物だとおれは思う。

  だからこそ、この事は話すべきだとおれは思った。


  そんなことを考えていると、おれの隣にいたサラが提案をする。


  「ゼシウス様、その話の前に、一度体を休めませんか?」


  険しく真剣な表情を浮かべていたゼシウスさんであったが、サラのこのひとことを聞き、ハッとする。


  「確かにそうだな。新たに何かがわかり、今すぐ行動したところで、あのお方に会えるわけではないだろう……」


  「今後、いつまた奴等の襲撃があるかわからない。今はゆっくりと身体の休まるところで話をした方がよいな。まったく、私という奴は——」


  ゼシウスはサラの提案に納得し、ふと表情を和らげた。

  そして、何か自分に言い聞かせるようにそうつぶやくのであった。


  「それでは、ヴェルデバラン様の魔王城へと一度戻りませんか?」


  これまで黙っていたアイシスが、おれたちの話を聞いておりそう提案する。

  すると、ウェインが誰よりもはやく反応する。


  「それはいい! オレは賛成だぜ」


  そして、ゼシウスさんもそれに頷くのであった。


  「そうだな。それがよいだろう」


  2人の魔王がノリ気でいる。

  ここでおれが反対する理由はないだろう。


  魔王ヴェルデバランか……。

  思えば、そいつの転生者だとカシアスに言われたところから全てが始まったんだよな……。


  おれはその名前を聞き、ふと昔のことを思い出すのであった。


  「アベル……。いこっ……」


  隣にいるサラがおれにそう呼びかける。


  おれは静かに頷きながら、一歩踏み出すのであった。


  こうして、おれたちは魔王ヴェルデバランの魔王城へと向かうことにするのであった。

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