332話 覚めない悪夢
天使と悪魔の軍勢は姿を眩ませ、辺りを静寂が包み込む。
そんな中、一番初めに口を開いたのはフェンリルの魔王ウェインであった。
「夢——だったなんてことはないよな……。いや、悪夢という意味じゃ同じか」
ウェインはそう言葉を漏らす。
見れば、ウェインは放心状態でその場に立ち尽くしていた。
きっと、彼も強大すぎる敵を前に圧倒的な無力さを実感させられたのだろう。
悪夢か……。
確かに、あれは悪夢という他ない。
上位悪魔や天使、一人と戦うだけでも苦しいものだ。
それなのに、シャロンはユリウスとゼノンの部下である上位悪魔と天使を何百と従えていた。
さらには、魔王クラスである十傑の悪魔や四大天使、魔王序列第2位の大天使ゼノンまでもだ……。
とてもじゃないが今のおれたちでは太刀打ちできない。
質も数も圧倒的に劣っている。
それに……。
「シャロン……さま……」
精霊王であるゼシウスさんが、先程まで彼女がいた場所を見つめ、そうつぶやく。
何千年と探し求めてきたかつての主人の変わり様に、ゼシウスさんは取り乱していたからな。
今でもこの現実を受け入れたくはないのだろう。
そうだ——。
敵の脅威は魔王クラスの悪魔や天使だけではない。
彼らを従えていたシャロンという存在——。
彼女こそが最大の宿敵であり、倒さなければいけない存在であるのだ。
おれは今日まで、彼女はカタリーナという一介の天使であり、敵ではなく仲間だと思っていた。
だが、真実は全く違っていて、彼女の真名はシャロンといい、おれたちの敵であったのだ。
しかも、魔族のエルダルフやカインズを人間界に送り込むなどして悪事を働いていたもの、彼女の仕業だったというのだ。
そんな彼女の正体はかつて魔界で起きた精霊体と魔族の戦争——
しかも、その転生前は初代精霊王として魔界に平和をもたらし、魔王という存在もまた彼女が生み出したそうだ。
そんな彼女に一体何があったのかは知らないが、現在は天使へと転生し、世界の崩壊を望んでいる。
どうにかしてそれだけは止めたいが、今のおれたちにはどうすることもできない。
だからこそ、この現実に絶望してしまうのであった。
「アベルさま……」
そうおれを呼ぶ声が聴こえた。
おれは声をかけた本人の方へと振り向く。
幸いなことに、今のおれたちは言葉を失うほどの現実に直面しており、呼吸の音が聴こえるほどに皆静かであった。
そのため、誰がどこからおれを呼んでいるのかは迷うことなくわかっていた。
そして、おれは名を呼ぶ彼女に声をかけ返すのであった。
「アイシス……」
そうだ——。
おれに声をかけてきたのは人間界でも長い時間を共にしてきた悪魔アイシスだ。
そして、そんな長い付き合いだからこそおれにはわかる。
彼女が何を言いたいのかということを……。
だが、おれはすぐには言葉にできなかった。
彼女に何と言ってよいのか、どう話せばよいのかわからなかったのだ。
だって、彼女は誰よりもあいつを慕っていたから——。
だけど、いつまでもおれが黙っているわけにもいかない。
事実と向き合い、彼女にしっかりと伝える義務がおれにはある。
だからこそ、おれは重い口を開き、渇いた声で彼女に問いかけるのだった——。
「カシアスの……ことだろ……?」
おれは彼女に申し訳なくて、思わず顔と視線を下に逸らした。
だが、すぐにこれではダメだと自分に言い聞かせて、顔をあげてアイシスの瞳を見つめた。
彼女はそんなおれの問いかけに、ゆっくりと一回だけ頷くのであった。
普段は表情に出さないアイシスだが今は少し違う。
長い時間を共にしてきたおれだからわかるんだ。
彼女からはカシアスを失ってしまった深い悲しみと、自分が力になれなかった無念な思いが伝わってきた。
あぁ……。
なんでこんなことになっているんだろうな。
おれはカシアスを失うことになってしまった自分の無力さを恨んだ。
だけど、そんな過去を後悔しても何もはじまらない。
アイシスには、カシアスの最後をしっかりと伝えないとだよな……。
あぁ……。
悪夢なら、覚めてくれ——。
おれは心底そう思いながら、カシアスの最後を彼女に語るのであった。
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