327話 叛逆の天使シャロン

  「どうして、そのようなお姿をされているのです……。シャロン様——」



  ゼシウスさんは驚愕のあまり、瞳をカッと開いて女神さまにそう尋ねる。

  まるで幽霊でも見てしまったのかような、信じられないモノを見ているような表情でゼシウスさんは声をあげるのであった。



  シャロン——。



  おれはその名を聞き、ユリウスに見せられた記憶の中にあった、とある人物が思い出される。


  それはローブ姿で正体を隠した精霊体の人物であり、カシアスから魔力を奪い取り、ユリウスにその魔力を与えた真の黒幕だ——。

  その黒幕こそが、《不完全な魂ハーフピース》を求めており、この世界の終焉を望んでいるという。



  そんな……うそだ。

  女神さまがあのシャロンだというのか……。



  おれはその可能性を認めたくはなく、どうにかして必死に否定しようとする。

  だが、一生懸命に記憶をたどってみても、その否定材料を見つけることはできない。


  いや、よく考えてみればおれはいつから彼女のことを味方だと思い込んでいたんだ……?

  初めて会った時から、初対面とは思えぬ不思議な感覚におれは陥っており、無意識のうちに女神さまのことを敵ではないと認識していた。

  もしかすると、これも彼女の能力だというのか……。



  そして、ゼシウスさんの発言だけに驚いているのはおれだけでなく、魔王であるウェインもまた事実に驚愕しているようであった——。


  「おいおい、マジかよ……。じゃあ、アイツが《原初の魔王》の転生者だっていうのか? だけど、それなら、なんでそのシャロン様が天使の姿をしてるんだよ……。精霊が天使に転生するなんて、オレは聞いたことねぇぜ……」


  「私にもわからない……。だが、あれは間違いなくシャロン様だ」


  ゼシウスさんだけでなく、ウェインまでもが混乱しているようだ。

  どうやら二人の会話を聞くには、シャロンという人物は《原初の魔王》であり、『初代精霊王』その人らしい——。



  女神さまが《原初の魔王》の転生者……?

  つまり、彼女はかつて魔界で起きた戦争を終結させた英雄の生まれ変わりだというのか。



  おれは次々と情報が露わになっていく状況に、脳がついて来れないでいる。

  女神さまの正体はユリウスを裏で操っていた黒幕だというだけでなく、《原初の魔王》の転生者だというのか……?



  そして、混乱状態にあるおれたちを見て、女神さまシャロンは楽しそうにあたふたとするおれたちを見下ろす。



  「アベル——。私が敵なのかと、貴方は迷っているようですね。ユリウスを倒したことを讃え、特別に教えて差し上げましょう」



  すると、彼女は不敵な笑みでこれまでしてきた行いを告白をするのであった——。



  「魔族であるエルダルフやカインズをそそのかして、貴方のもとへ送ったのは私です」


  「十傑たちに命じて、バルバドやエトワールに思考誘導をかけさせ、利用させていたのも私です」


  「それに今回の魔界での一件……。十傑たちを貴方達に差し向けたのも、ぜんぶ私の仕業なんですよ」



  そう言って、彼女は一枚のローブを取り出す。


  それはユリウスの記憶にあった、シャロンと呼ばれていた人物がその身を覆っていたものだ。

  そして、ゼシウスさんの魔王国にて、おれたちを転移魔法陣でバラバラに転移させた人物が着ていたものでもある。


  つまり、これは間違いなく彼女がおれたちの敵であるという証拠だ……。



  「驚きましたか……? これまでの戦いは、全て私が裏で仕組んでいたことなんです」


  「いやぁ、想像以上にうまくことが運んでくれてよかったですよ。時間をかけて、ゆっくりと準備してきた甲斐がありました」



  嘘だ……。


  エルダルフやカインズも件も、彼女が手を引いていたということなのか……?

  それにバルバドさんやエトワールさんの件まで……。


  そして、この事実にはおれだけでなく、ゼシウスさんもまた信じられないようであった——。



  「そんな……シャロン様! どうして精霊王であった貴女が……魔界の平和を望んでた貴女が、このようなことをなさるのですか!?」



  ゼシウスさんは敬愛していたかつての主人が、変わり果ててしたことに悲観しているようだ。

  彼の声からは、そんな悲しみが伝わってきた。


  しかし、それを聞いていたシャロンはというと——。



  「私がどうしてこんなことをするのかですって……?」



  「クックックッ……。ハッハッハッハッ」



  彼女は笑いを堪えきれなかったようで、大きな声でケタケタと笑い出す。

  険悪な雰囲気が漂う荒野に、シャロンの笑い声が響くのであった——。


  そして、ようやく落ちついたシャロンが初めてゼシウスさんに語りかける。



  「いや失礼、ゼシウス。滑稽なものですねぇ。貴方は本当に、己の主人のことが理解できていなかったようで——」



  「そんな……。シャロン様……」



  ゼシウスさんは己が信じてきた者に裏切られ、ひどいショックを受けている。


  彼は先代精霊王——シャロンの意思を継いでこれまで頑張ってきたはずだ。

  そして、そんな彼女の転生者をずっと探していたのだ。


  それなのに、その再会がこんな結末だなんてつらすぎるはずだ……。



  「あぁ……それとアイシス。実はあの時、貴女の命の恩人からチカラを奪って殺したのは私なんですよ」


  「貴女はずっとユリウスの仕業だと思い込んでいたようですが、それは間違いですよ」



  シャロンのこの発言に、アイシスの目の色が変わる。



  「いやぁ、一部からは魔界最強の悪魔との呼び声も高かったのに、随分とあっけない最後でしたね」


  「己の力では何もできずに、みっともなく泣きながら、仲間に殺してくれと頼んでいましたからね……」


  「まぁ、悪魔なんて所詮、精霊体の中でもできそこないのクズなんですから、クズらしいお似合いの死に様でしたけどね」



  死者を侮蔑するシャロンの発言に、アイシスの怒りが爆発する。



  「お前が……お前がやったのかぁぁぁぁああああ!!!!」



  すると、アイシスの姿が一瞬で漆黒に染まり、彼女の内側から膨大な魔力が溢れ出す。


  そして、アイシスはシャロンに向かって特大の闇の魔弾を放つのであった——。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る