325話 託される希望(3)

  「おい……。カシアス、お前いったい何を……」



  カシアスに近づいた瞬間、き止められてた水が流れ出すかのように、おれの体内には大量の魔力が流れ込んでくる。

  おそらく、これはカシアスの仕業だろう。


  すると、カシアスは苦しそうにしながら笑みをつくり、おれに語りかけるのであった——。


  「精霊体は契約者に対し、魔力の一部を譲渡することができます。どうせ尽きて、消えゆく魔力です」


  「それならば、私は未来ある貴方に託したいのです」


  カシアスの肉体を構成する暖かく穏やかな魔力がおれに流れ込んでくる。


  そして、バツが悪そうにしながら守れなかった約束に関して謝罪をするのであった。


  「受けとってください……。そうすれば、私はこれからも貴方のお役に立てる……」


  「今回はこれで……許してもらえませんかね……?」


  おれは弱々しく垂れ下がるカシアスの手を握りしめる。

  最後までおれのためを思って行動してくれた男をこの目に焼きつけるのであった。


  「わかったから……。だからもう、何も話すな……」


  瞳からは涙が溢れてくる。

  とめどなく、いつまでも……。


  魔力感知の鈍いおれでも、どんどんとカシアスの魔力が弱まっていくのがわかる。

  そして、彼の肉体は薄れていき、魔力はおれの魂へと吸収されていく。


  いつからカシアスに対してこれほどの想いが募っていたのだろう——。



  おれは消えていくカシアスを見つめ、そんなことを思うのであった。

  初めは殺されないようにと、びくびく怯えながら魔王のふりをしていただけだった。

  おれにべったりで何度煩わしい奴だと思ったことか……。



  勘違いしたままおれに仕えるなんて——と、罪悪感を持ったのはいつからだったのだろう。


  カシアスはおれの危機的状況を何度も救ってくれた。

  忘れかけていた大切な思いを、思い出させてくれた。


  おれは謝らないといけないはずだ。

  彼の忠義を裏切っていたことを——。



  そして、気持ちを伝えないといけないはずだ。

  カシアスのことが大好きだということを——。



  そう決心をしたおれは、これまで嘘をついてきたことを正直に話すことにする。


  「カシアス……。その……おまえに話さなくちゃ……ならないことが……あるんだ……」


  罪悪感と溢れ出す涙で上手く口が回らない。


  カシアスはそんな拙いおれの言葉を一生懸命に聞こうする——。


  「はい……。なんでしょうか……?」


  カシアスはおれとの最後のときを過ごしたいのだろう。

  そして、おれからの言葉を一言一句逃さずに聞きたいのだろう。

  そんな彼におれは……。


  「謝って許されることでないのはわかっている。実は、おれは魔王ヴェルデバランの生まれ変わりではないんだ。異世界から転生してきた人間なんだ……」


  おれはカシアスに聴こえる声ではっきりとそう告げた。


  「だから、だから………。おれは、ずっとお前のことを……」


  今さら、許されないことはわかっている。

  おれはカシアスの忠誠に対して、裏切り続けてきたんだ。

  彼が別の人物に向けていたものを、おれは……。



  しかし、それを聞いたカシアスは予想外の行動を取るのであった——。



  カシアスはゆっくりとおれの頬に手を伸ばす。

  そして、そっと優しく触れるのだった。


  「わたしは……しって……いましたよ」


  えっ……?


  おれはカシアスのこの発言に驚くあまり、声が出せないでいた。


  じゃあ、カシアスは……ずっと、それを知りながらおれと行動を共にしていたというのか……?

  どうして……。


  そして、カシアスは小さくなっていく声でおれに語りかける。


  「そうですか……いせかい……ですか。どうりで……あなたは……いぜんと……」


  カシアスの声が、弱々しくなっていく。

  彼の魔力も完全に尽きようとしていたのだった——。


  そして、カシアスは最後の力を振り絞っておれに伝える。


  「こんかいは……しめいを……まっとう……できました……」


  「あいぼうと……よんでもらって……うれしかった……」


  カシアスの瞳から、光が失われていく。


  もう、時間が残されていないことはわかっていた。

  だからこそ、おれはカシアスに伝えたいことを叫ぶのであった。



  「今まで、ありがとうな。お前という最高の相棒がいたこと、おれは忘れないから……!!」



  それを聞いたカシアスは、安らかな笑みを浮かべると、静かに消えていくのであった——。

  そして、カシアスが居た場所には彼がいつも着ていた漆黒のマントだけが残されるのであった——。

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