317話 ユリウス vs アベル&カシアス(1)

  隣に倒れ込んだカシアスの姿が視界に入る。

  どうやら、ユリウスが解き放った大魔法を受けたおれはカシアスの側まで飛ばされてしまったようだ。



  もう……おれの身体は限界に達してしまった。

  それに心も折れそうだ……。


  これ以上、戦うことはできないだろう。

  それほどまでにユリウスは強く、そしておれは弱かったんだ……。



  カシアスはというと、ユリウスから受けた傷が癒えることはなく、相変わらず地面に伏している状態であった。


  このまま、二人してユリウスに殺される運命を待つのみ。

  もう他に、打つ手などなかった——。



  「カシアス……」



  おれは最後の力を振り絞り呼びかける。

  ここまでおれと共に戦ってくれた相棒の名を、無性に呼びたくなってしまったのだ。


  すると、カシアスもまた虚ろな瞳で倒れ込んだおれを見つめる。

  そして、珍しく弱気な姿をおれに晒すのであった——。



  「申しわけ……ございません。ユリウスのいうように……わたしにはあの人がいてくれないと……何もできないようです……」



  「誓ったのはずなのに……強くなると……。貴方を支えられるくらいに……強くなると……」



  そう語る彼の瞳は真っ直ぐおれに向けられており、自らの不甲斐なさをひたすらに嘆くのであった。

  そこでおれは改めて気づく。



  そうか、カシアスは本当におれを魔王ヴェルデバランだと思っているんだ……。


  だからこそ、カシアスはおれを見つめていながらも、彼の視界にきっとおれはいない。

  カシアスの瞳には、かつて忠誠を誓った主人である魔王ヴェルデバランの姿が映っているのだろう。


  なんだか、少し嫉妬してしまうな。

  嘘をついているおれにはそんな資格ないんだけどな——。



  もう死期が近いからだろうか。

  これまで共に過ごしてきたカシアスとの思い出が脳裏に甦ってくる。


 

  おれが本当に苦しんでいる時に、いつだって助けてくれた恩人としての姿が——。

  そして、いつだっておれのためを想って、共に戦ってくれた相棒としての姿が——。




  「じきに、世界は変わる……」




  ユリウスは上空からおれたちを見下ろすようにして、おれたちに言い聞かせるように、今後の世界について語るのであった。


  そう……おれとカシアスが見ることのできない、これからの世界について——。



  「この世界は一度消滅し、やがて再生がはじまる。そして、争いのない理想郷が完成するのだ」


  「もう、この流れを止めることなど、誰にもできはしないのだ」



  そんな……。

  この世界が終わるだと……。


  つまり、魔界も人間界もすべて消滅するということなのか。

  じゃあ、この世界に生きる全員が死んでしまうということか。


  ダメだ、そんなこと絶対にさせてたまるものか。

  だけど、おれにはどうすることもできない。

  それほどまでに、今のおれは無力な存在なんだ……。



  『カシアスは魔王ヴェルデバランがいなければ何もできない弱者であるように、お前もまたカシアスがいなければ何もできない弱者なのだ』


  『諦めろ、お前は俺にどうあがこうが勝てはしない』



  ふと、ユリウスに言われた言葉が甦える。


  そうだ、おれはいつだってカシアスの支えがあったから、ここまで来れたんだ。


  もしも、カシアスがいなければ何度命を失っていただろう……。



  『アベル様、融合シンクロしますので受け入れてください。私の魔力を貴方様に託します』



  『アベル様とエストローデの間に壁があるのなら、私がその壁の先へと導いて差し上げます』



  『かつて私は言ったはずですよ。死が二人を分かつまで一緒だと——。アベル様が戦うというのなら、私がここで投げ出す道理などあってはなりません!』



  もしも、カシアスがいなければ、誤った道へと進んでいたこともあっただろう……。



  『では……諦めますか? アベル様が私に頼んだ彼女を助けたいというのも偽りなのですか?』



  そうだった……。

  おれを護ってくれて、導いてくれる最高の相棒がいたから、おれはここまでこれたんだな。


  一人じゃなかったから、おれはどんなことがあってもくじけずに、戦い続けることができたんだ。



  そして、それはきっとこれからも——。




  「カシアス……。おれもだよ」




  おれは決意を固め、カシアスに語りかける。



  「おれだって、お前がいてくれないと何にもできない無力な存在なんだ」



  ユリウスは言っていた。

  カシアスだって、魔王ヴェルデバランがいてくれないと何もできない弱者なんだって。



  カシアスが弱者なんて、おれは信じられないけど、もしかしたら本当はそうなのかもしれない。

  カシアスはおれのことを魔王ヴェルデバランの転生者だと信じている。

  だからこそ、そんなおれの前では強くあろうと彼なりに頑張っていたのかもしれない。



  だとすれば、これからおれがしようとすることは人として最低な行いだ。

  とても許される行為ではないとわかっている。

  だけど、今だけはおれを信じて欲しい——。



  「カシアス、お前は今でも、おれのことを魔王ヴェルデバランの転生者だって、信じてくれてるのか……?」



  おれは覚悟を決め、カシアスにそう問いかける。

  これには彼も驚いた表情を見せるのだった。



  そして——。



  「はい……もちろんでございます!!」



  カシアスは迷う素振りもなく、速返答をする。

  その瞳は、やはり真っ直ぐとおれだけを見つめているのであった。



  「なら、頼む! おれと一緒に戦ってくれ!!」



  そして、カシアスからの返答を聞いたおれは頭を下げる勢いで彼に頼み込む。



  「おれだって、あいつの言うとおりカシアスがいてくれないと何もできない……」



  「だけど、お前がいてくれさえすれば、おれはなんだってできる気がするんだ!!」



  「だから、頼むよ。カシアス、おれと共に戦ってくれ……!」



  こんなボロボロのカシアスを巻き込むなんて、正気の沙汰ではないとわかっている。

  しかも、カシアスを騙して利用するような下劣な行為によってだ。


  そんなこと十分わかっている。

  だけど、こうするしかユリウスを止めることはできないんだ……。



  おれは罪悪感に押しつぶされそうになりながら、カシアスの返事を待つ。

  すると、カシアスは何も言うことはなく、黙って魔法を発動するのであった。



  そして、カシアスの魂とおれの魂とが同化して一つになる——。



  それから、カシアスの声が念話となっておれに伝わってくるのであった。



  『私も共に戦わせてください、アベル様。そして、あの壁ユリウスを二人で越えていきましょう!!』



  そうなんだよ……。

  おれもカシアスも、一人じゃ戦えないんだ。


  おれの側にカシアスがいなくちゃダメなように、カシアスの側にはおれがいなくちゃダメだったんだ!


  それに、今は互いに互いを信頼できている。

  おれはカシアスを最高の相棒と信じているし、カシアスはおれを最高の主人と信じている。


  今の二人なら、もう一度ユリウスに挑める。

  そして、ユリウスを超えてやるんだ!!



  それから、もしもすべてが終わったらカシアスには正直に話そう。

  本当は……おれは魔王ヴェルデバランの転生者じゃないんだってことを……。

  だけど、それでもお前のことを最高の相棒だと感じていたことは、決して嘘ではなかったということを——。

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