316話 ユリウス vs アベル(5)

  おれは目の前に立ちはだかる大きな壁に向かっていく。

  まずは闇属性魔法である闇弾ダークショットを連射して攻撃を繰り広げ、直後に《聖剣ヴァルアレフ》を片手にし、転移魔法を駆使してユリウスの懐に入り込むのであった——。



  おれは保有魔力も身体能力も、全てにおいてユリウスに劣っている。

  もしも、おれに勝機があるとすれば、《霊体殺し》とも呼ばれている、この《聖剣ヴァルアレフ》でユリウスを倒すしか方法はない。


  だとすれば、おれが取るべき戦略は真っ向勝負による力と力のぶつかり合いなどではなく、意表を突いた奇襲攻撃しかない。

  だからこそ、おれは闇弾を連射してユリウスの気を逸らし、転移魔法で一気に攻める手に出た。



  しかし、そんなおれの攻撃をユリウスはあっさりと受け流していさめてくる。

  おれが放った闇弾は全て防御魔法を展開した左手に粉砕され、奇襲であった聖剣の一撃も魔剣で防がれてしまった。



  そして、ユリウスは魔剣を通じて雷撃を放ち、白い閃光が一瞬でおれの視界を埋め尽くした——。



  至近距離から高速で発射された雷撃をおれが躱すことができるはずもなく、おれはユリウスの攻撃魔法を直接に受けてしまうのであった。



  「ぐわぁぁぁぁぁぁあ!!!!」



  おれが手にしていた聖剣が避雷針のような働きをしたのか、《聖剣ヴァルアレフ》が雷撃をほとんど吸収して、魔力を拡散させてくれた。

  しかし、それでもユリウスの攻撃魔法の一部はおれに直撃し、身体を蝕んでいる。



  全身に鋭い痛みが走り、身体は痺れて動けずにその場に崩れ落ちてしまう。

  だが、奇跡的に、おれは一命を取り留めることができた。


  それでも魔界最強の魔王からの一撃を受けてしまったことにはかわりない。

  深傷を負ってしまった人間のおれと、未だに無傷の魔王ユリウス……。

  どちらが優勢なのかは考えるまでもない。



  だが、おれは痺れる身体に鞭を打って、魔法を駆使しながら何とか体を起こす。

  おれは諦めることなく、再び立ち上がるのであった——。



  力が足りないのならば、気持ちで負けてはいけない。

  何度でもこの男に挑み続けるんだ……。

  そう、何度でも……!!



  そんなおれの様子の目の当たりにしたユリウスは思わず口に漏らす。


  「わからないな……。お前の行動原理は何だ。見せてやったはずだぞ、中途半端な覚悟で弱者を救済しようとした哀れな男の末路を——」


  ユリウスは呆れた表情でおれを見つめ、そう語る。


  「お前は昔の俺と同じで、醜い本心を隠し持った偽善者に他ならない。本当に多くの者を助けたいと思うのなら、今ここでカシアスを見捨て、自身を生存を優先させるべきだ」


  「もしも、カシアスも含めて全てを救いたいなどと考えているのならば、それは愚かとしか言いようがない。見損なったぞ、少年——」


  軽蔑の念すら感じるその言葉を受けても、おれの気持ちが折れることはなかった。


  ただ、余裕のあるユリウスと違い、おれはそれに返答する気力すらない。

  その場に立ち上がり、ゆっくりと深く呼吸をするので精一杯だった。



  「聴く耳を持たぬということか……。ならば、ここで朽ち果てろ」



  そして、ユリウスは魔剣をしまい、本気で攻撃をしかけてくる。

  彼の背後には無数の光の球体が浮かび上がるのであった——。



  あれはまずい……。

  確か、あの一つひとつが張ちきれんばかりの膨大な電気を帯びており、そこから高魔力の電撃が発射されるのだ。


  それも一つからだけでなく、彼の背後に浮かぶ無数の球体すべてから同時に撃ち出すことも可能なようだ。

  もしも、攻撃があの球体一つだけから放たれるのだとしたら、聖剣を使って防ぐこともできる。

  現に、先ほどは何とか防ぎきることができた。


  だが、複数となればそれも敵わない。

  先ほどは七つからの攻撃に対して、聖剣を使っても押し切られてしまった。


  今は深傷を負っている状態だ。

  あれだけの攻撃など、おれに防げるはずが……。



  「さらばだ、少年——」



  そして、ユリウスの背後には浮かぶ無数の球体から一気に電撃が撃ち出される。

  その瞬間、辺り一帯が白い光に包まれるのであった——。



  たのむよ……。

  何とか、踏ん張ってくれ……。

  おれはカシアスを助けたいんだ。



  おれは神様なんて信じてはいないが、それでも祈らずにはいられなかった。

  そして、そんな願いを込めておれは聖剣を握りしめる。


  あの大魔法を防げるとすれば、おれの防御魔法ではなく、この《聖剣ヴァルアレフ》の力しかないだろう。

  カシアスを助けたい……。


  心の奥からそう願い、おれは聖剣を振るうのであった——。



  聖剣はそんなおれの願いに応えてくれるかのように、光を増して輝き出す。

  そして、おれは迫り来る無数の稲妻を《聖剣ヴァルアレフ》で叩き斬るのであった——。




  ◇◇◇




  あれ……。

  まだ生きている……?



  おれは意識を取り戻し、生きていたことに安堵する。

  だが、もう身体が起き上がらない。

  顔を上げるので精一杯だ。

  どうやら、遂におれは限界を迎えてしまったようだ……。



  「生半可な力では何も救えぬ。たとえ、それ相応の覚悟があったとしてもな……。茨の道を進むことはできないのだ」



  おれの前に立ち尽くす男——ユリウスはそう語る。



  「今の攻撃を防いだことは認めてやろう。だが、その力だけでは俺を含めた本当の強者たちには到底敵いはしない」


  「魔界にきて、十傑らあいつらの争いを観て、もう十分にわかったはずだ。自分は無力なちっぽけな存在で、世界の流れにあらがうことは無意味なことなのだと……」



  そうだ……。

  やはり、おれはユリウスに勝てなかった。


  聖剣の力をもってしても、数回攻撃を防いだだけだ。

  おれの攻撃では、ユリウスにかすり傷を付けることすらできなかった。


  おれの完敗だ……。

  魔界において、おれは無力な存在なんだ……。



  「カシアスは魔王ヴェルデバランがいなければ何もできない弱者であるように、お前もまたカシアスがいなければ何もできない弱者なのだ」


  「諦めろ、お前は俺にどうあがこうが勝てはしない」



  圧倒的な実力差を見せつけられ、実感させられ、おれはユリウスの言葉と現実を受けとめるしかないのであった。


  そしてまた、隣に倒れ込むカシアスを見つめることしかできないのであった……。

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