315話 ユリウス vs アベル(4)

  頭に流れ込んできた映像が途切れ、おれの視界には暗雲が立ち込める大空が広がっていた。


  おれの名前はアベル。

  そうだ、確かおれはカシアスたちと魔界にやって来て、カシアスがピンチだと聞いて、それから魔王ユリウスと戦っていて……。


  段々とこれまでの状況を思い出してくる。



  「今のは……?」



  そして、おれは先ほどまで観ていた映像を思い起こし、思わず言葉を漏らす。

  それに対し、おれに言葉を投げかける男がいた——。


  「そうだ……。それは今のお前と同じく、愚かな理想を抱いていた男の半生の記憶だ」


  そう話してくるのは魔界最強の魔王であり、最上位悪魔である《天雷の悪魔》ユリウス。

  そうだ、おれはユリウスと戦っている中で、やつに頭を掴まれ、電撃を……。


  そして、直後に膨大な映像がおれの脳内に流れ込んできたのだ。

  そこにはおれの知らないカシアスや他の悪魔たちの姿があった。


  あれはユリウスの記憶なのか?

  だとしたら、あまりにも……。


  「これが行き過ぎた善意によってもたらされた最悪の結果だ。そいつは誰かに頼まれたわけでもなく、自らのエゴを押し通して行動した。それは他の者たちからしたらいい迷惑でしかないのにな……」


  そして、ユリウスは嘆くように淡々とおれに語り続ける。


  「まぁ、果たしてあれが善意だったかが怪しいか……。そいつはくだらぬ虚栄心から他者を護りたいとほざいていた。だがそれは決して、心の奥底から叶えたい願いなどではなく、己の欲求を満たすための手段でしかなかったのだ」


  ユリウスはカシアスの兄として、自慢の兄貴でありたいと願っていた。

  だからこそ、他人から尊敬されるために悪魔の中で誰も成し得たことがない魔王という存在になろうとしていた。


  「それがこのざまだ。弱者を救いたいからと力を願ったはずが、その力を以ってして救済する弱者たちをこの手で殺めてきた。笑いたければ笑うがいい。この傲慢で浅はかな男の生きざまをな。だが、これだけは断言しておこう——」


  ユリウスは自身の手を見つめ、嘆かわしそうにそう語る。

  そして、おれに視線を移して宣言するのであった。


  「これがお前のたどり着つ未来だ。もしも、お前がこれからも戦う道を選ぶというのならば、やがて俺と同じを道を歩むだろう。いいや、既にお前はこの生き地獄の沼に片足を踏み入れていると言ってもいい」


  ユリウスは哀れむような瞳でおれを見つめ、そう告げるのであった。

  しかし、おれにはユリウスの言っている言葉の意味が理解できなかった。


  おれがユリウスと同じ道を……?

  どうしてだ、そんなことあるはずがない。



  「何を言っている……。おれはお前とは違う」



  おれはゆっくりと身体を起こす。

  そして、彼の言葉を否定するのであった。



  「フッ……。そうか……」



  それに対して、彼は笑ってそうつぶやく。



  「それに笑うつもりなんてない……。ただ、哀れだとは思った。お前たち兄弟の関係も含めてな……」



  カシアスはユリウスを心底憎んでいるような口ぶりであった。

  それは以前カシアスが話していたユリウスの行動によるものであろう。


  転生したカシアスは新たなコミュニティに迎え入れられたが、そこへユリウスがやってきて仲間を殺されたと……。


  だからこそ、カシアスはユリウスに強い恨みつらみを持っている。

  こうなってしまった原因を知り、おれは彼らを哀れに思ったのだ。



  「ハッハッハッ……。劣等種に同情される日が来るなど、思ってもみなかったぞ」



  ユリウスは高らかに笑い声をあげている。

  だが、その姿からはどこかもの悲しさを感じるのであった。



  「それで……? お前はどうしたいんだ、少年——」



  そして、彼はおれに問いかけてくる。



  「圧倒的な実力を前に逃げ出すか? それとも勝ち目がないとわかっていても尚、この俺に立ち向かってくるか?」



  「……」



  おれは黙って立ち上がる。

  そして、真っ直ぐにユリウスを見つめて戦う意思を示すのであった。



  「俺は立ち止まる訳にはいかない。もしもそこで立ち止まれば、その瞬間にこれまで犠牲にしてきた全ての命を否定することになるからだ」


  「だからこそ、俺は戦い続け、成し遂げなければならない。全ての悪魔たちが平和に暮らせる新世界を創るために、俺は戦う必要があるのだ」



  彼の右手には再び魔剣が握られる。

  よく見れば、あれはユリウスの記憶にあったグスタフという悪魔が持っていた魔剣と同じもののようであった。



  「お前に戦う理由があるように……おれにも戦う理由がある。だから、おれは逃げ出したりなんてしない!」



  そして、おれもまた聖剣を握りしめる。


  聖剣から体内に魔力が流れ込んでくる。

  おれはその魔力を利用して、身体を回復させていく。


  勝ち目があるかなんて関係ない。

  ここでおれがやらなければ、確実に多くの人たちが犠牲となる。


  その中には、魔界で暮らしているハルやウェイン、ゼシウスさんや女神さまなど、おれがお世話になってきた人たちも多くいる。

  それになりより、カシアスだって失うことになる。


  勝てる可能性はゼロでないと言っていた。

  ならば、それが1%でも0.1%でも、勝利を手繰り寄せればいいだけの話だ!



  それともうひとつ——。



  「それに負けなれない理由がもうひとつできた。お前を解放してやるよ、ユリウス」



  おれは聖剣をユリウスに向け、そう宣言する。

  不本意に戦い続けなければならない哀れな男の生涯を、おれがここで終わらせてやる。



  「そうか……。ならば、容赦はしないぞ」



  こうして、互いの信念をかけたおれとユリウスの勝負が再びはじまるのであった——。

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