291話 魔王たちの対談(2)

  「時が来たら、始めようじゃないか。第二次霊魔大戦をな……」



  魔王ゼノンは静かにそう語るのであった。


  おれはこの言葉を聞いてゼノンに文句を言う。


  「戦争ってなに言ってんだよ!?」


  「事前に何とかできないのかよ! 話し合いとかでさ」


  ユリウスに狙われているのは魔王ヴェルデバランとカシアスの国だという。


  つまり、おれがこれまで世話になってきたリノやアイシスの居場所や仲間たちに危機が迫っているということだ。

  おれは彼らの国を何とか守ってあげたいという想いからゼノンにそう投げかける。


  しかし——。


  「何を寝ぼけたことを言っている? そんなことをして何の意味があるのだ」


  あきれた様子でゼノンはおれに告げる。


  「だって、戦争なんかしたら大勢の人たちが死ぬんだぞ……?」


  おれはゼノンに一生懸命訴えかける。


  「だからどうした。魔族も精霊体もいつか死ぬ。所詮、それが早いか遅いかの差でしかない。その程度の数の死など惜しむ必要はないのだ」


  「ならば、ユリウスを叩けるこの機会を逃す手はなかろう。あいつの存在は俺にとって邪魔でしかない」


  しかし、ゼノンはおれの案などには耳を貸してくれず、己の考えを貫くのであった。


  「そんな……。犠牲を出さずになんとかする方法はないのかよ」


  罪のない者たちが巻き込まれて死んでいく。

  それも、おれの大切な人たちにとっての大切な人たちが……。



  おれがそう落ち込んでいると、ゼノンは一つの案を語ってくれる。


  「方法がなくはないだろう。ユリウスが動く前に、全天使を動員してあいつの国家を叩きつぶす。今は十傑も七人しかいないようだし、俺の力を知るユリウスにそのような脅し文句を使えば、それも可能かもしれん」


  「ほんとか……? じゃあ……」


  おれの中で少しばかりの希望が見えてくる。


  ゼノンを仲間にさえできれば、平和的な解決を図ることもできるかもしれない!

  それほどに、魔王ゼノンという存在は魔界では強力なネームバリューがあるようだ。


  しかし、ゼノンはその鋭い眼光でおれを見つめ問いかけてくる。



  「だが、俺がそれをするメリットは何なのだ?」



  えっ……。


  おれはゼノンが放つそのオーラに押されてしまい、言葉に詰まる。


  「言っておくが、俺はヴェルデバランやカシアスの魔王国がどうなろうが知ったことではない。そこで民たちがどれほど虐殺されようが、国家が滅ぼうが俺の心が痛むことはない」


  「俺が考えているのは天使たちのことだけだからだ。俺や配下たちがどうやって生き残るかだけを俺は考えている」


  「その上で、将来ユリウスが邪魔になりそうだから叩きたい。だが、それは俺たち天使が主導で行うものではないのだ」


  あくまでも、自分たちの命が優先である。

  他の国家がどうなろうが知ったことではない。


  ゼノンはそう語るのであった——。


  「ユリウスが戦争を起こせばヴェルデバランやカシアスと衝突することになるだろう。そして、少なからずユリウスは消耗する。そこで初めて俺たちは動くのだ」


  「天使たちの犠牲を最小限に抑えつつ、ユリウスをつぶす。それが俺の狙いだ。話し合いだの、脅すだの、そんな上手くいくかどうかもわからん駆け引きでユリウスの標的が天使に向けられたらどうするのだ?」


  「今回、俺が動くとすれば俺たち天使の犠牲が少なく、確実にユリウスを仕留められる場合だけだ。それ以外ならば俺たちは静観しているつもりだ」


  事前にユリウスの行動をとめるつもりはない。


  ゼノンはそう語った。

  だが、ゼノンの言っていることが間違っていないことはおれにもわかる。


  だって、ゼノンは一人の魔王として自分の配下たちを護ろうとしているのだ。

  わざわざ他人のために自分たちが危険を侵す必要はないだろう。



  だが、魔界最強の魔王である《天雷の悪魔》ユリウスに対抗するとしたら、ゼノンのような強い味方がいるに越したことはないんだ……。


  そんなことを思っていると、ゼノンはゼシウスさんに話を振る。


  「ゼシウス、お前だって俺と同じ意見であろう?」


  すると、ゼシウスさんは申し訳なさそうな表情で、一人の魔王としての立場から意見を述べるのであった。


  「アベルといったか……。残念だが私もこればかりはゼノンに同意見だ。ユリウスは危険な男だ。それこそ、あいつは過去にも戦争を起こそうとしていた」


  「当時はゼノンのおかげで平和的に収めることができたが、現在ユリウスはその時に取り決めた規則を破り動きはじめている。あれはどこかのタイミングで潰して置かないとマズイ」


  「それこそ、私やゼノンが死んでしまえば魔界はユリウスの手に堕ちることになるだろう……」


  「だが、私の使命はあくまでもこの国を……精霊たちを護ることなのだ。だからこそ、自ら進んでユリウスに喧嘩を売ったり、機嫌を損ねるような動きはするつもりはない」


  そんな……。

  ゼシウスさんまで……。


  「アベル様、残念ながらこれが現実です。多くの魔王たちはユリウスのことを恐れています。ですから、同盟を結んでいるわけでもない限り助けを求めることはできません」


  「それに、あの男には対話など通じません。歯向かう者がいれば、容赦なく殺す男です。たとえそれが、自分と同種の悪魔たちであろうと……」


  カシアスは最初からこうなることがわかっていたかのようにそう語る。


  そうか……。

  確か、以前カシアスが語ってくれたんだっけ。


  ユリウスは魔界中に散らばった上位悪魔たちを手下に加える際に、従わなかった者たちを次々と殺していったと……。

  そして、カシアスの仲間の上位悪魔たちもユリウスに殺されたのだと……。


  カシアスにとって、ユリウスは因縁のある相手なのだろう。

  だが、魔王ヴェルデバランは既に死んでいる。

  つまり、カシアスはたった一人でユリウスに立ち向かおうとしているのか……?


  そんなの無謀過ぎるだろ。

  どうにかしてあげたい。

  カシアスのために、おれは何かチカラになれないのか……。



  「小僧、お前は本当におもしろいな。自身がそれほど無力でありながら、なぜそうも他人を助けようとする」


  「似ているな……。無力でありながら、滑稽こっけい足掻あがきもがくその姿はいつ見てもよい。お前もあいつらと同じだ……」


  「なぁ、《原初の魔王》に見捨てられ、見限られた精霊たちの王よ。お前が無謀にも足掻きもがく姿はおれにとって、この上ない愉悦であるぞ、二代目精霊王——。クックックッ……」



  ゼノンはゼシウスさんに視線を向けて嘲笑するのであった。

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