290話 魔王たちの対談(1)

  精霊王であるゼシウスさんに案内され、おれたち四人は円形のテーブルに着いて語り合う。

  おれの右側にはカシアス、左側には精霊王ゼシウスさん、正面には大天使ゼノンが座っている。


  魔王序列の第2位から第4位までが揃っての対談。

  そんなところに下界の劣等種であるおれは放り込まれてしまった……。


  そんな中、おれはビクビクとしながら彼らの会話を聴いているのであった——。



  「質が落ちたな……。これがお前の国で採れる最高品質のマナの実を使った茶なのか?」



  ゼノンは出されたお茶について文句をいう。

  あれは確か、ハルとのお茶会のときにカシアスが飲んでいたものと同じだ。


  精霊体にとって魔力とは命の源である。

  その魔力を大量に含んだマナの実で作るお茶は、精霊体にとっての嗜好品なのだとカシアスは語っていた。


  しかし、天使ゼノンはゼシウスさんに出されたそのお茶を酷評するのであった。


  「すまないな。やはり、私は何をやっても先代精霊王様のように上手くはできない。残念ながら、これが今の現状なのだ……」


  重い空気が流れる——。


  「そうか……。そんなようでは精霊の国家が滅びる日も近いかもしれんな。ハッハッハッ」


  ゼシウスさんはゼノンの言葉を受けて悔しそうにしている。

  一方、ゼノンの方はまったく気にしていないようだ。


  しかし、そんなゼノンに対してゼシウスさんは反論するのであった。



  「いいや、決してそんなことはさせん! 私は先代精霊王様からこの国を任されたのだ」


  「何がなんでも、私はあのお方の転生者を探してみせる! そして、再びこの国に光を灯してみせるのだ!」



  ゼシウスさんは力強くそう宣言する。


  確か、精霊王であるゼシウスさんは《原初の魔王》と呼ばれている偉大な『初代精霊王』の転生者を探しているとアイシスが言っていた。

  つまり、ゼシウスさんが言っている先代精霊王というのがその人物なのだろう。


  「クックックッ……。そうかそうか、せいぜい頑張ってくれよ。二代目精霊王殿……」


  そんなゼシウスさんを嘲笑あざわらうかのようにゼノンはそうつぶやく。


  そして、彼はゼシウスさんをイジるのに飽きたのか、標的をおれへと変えてくる。


  「どうした、小僧? さっきからずっと黙っているではないか。もしかして、俺におびえてでもいるのか?」


  魔王たちの戯れを前に固まっているおれに、ゼノンがそう語りかけてくる。


  「えっと……」


  突然のフリにおれは言葉に詰まる。


  当たり前だ!

  お前のような予測不能で危険極まりない存在を前にして、どうリラックスをしろというのだ。


  ゼシウスさんは急にやってきたゼノンについて、何を考えているかわからないやつだと言っていた。

  それにカシアスは身勝手なこの男をユリウスでさえ恐れる存在だと教えてくれた。


  そんな理解不能なバケモノを前にして、おれはこいつの機嫌を損ねないようにするので精一杯なんだ。

  だからこそ、話しかけないでくれと切実に願っているというのに、こいつは……。


  すると、ゼノンはそんな困り果てたおれを見て助言をする。



  「まぁ、かまわん。おそれというのは魔族にしても精霊体にしても誰しもが持ち合わせている感情だ」


  「だからこそ、それを否定するつもりはない。ただ、今は対等な立場での会合なのだ。その感情は不用意に見せるものではないぞ」



  魔王ゼノンはおれにそう忠告してくる。


  これは舐められないような態度をしろということだろうか?

  今、この瞬間は対等な立場での話し合いなのだから、相手にへり下る必要はないのだと……。


  おれはそう受け取るのであった。



  「わかった! そうするよ……ゼノン」



  おれは感情には出さないようにして、ビクビクしながらゼノンを呼び捨てで呼ぶ。

  すると、彼は満足したように笑みを溢すのであった。



  「ふっ……それでいい。だが、俺を前にして敬称を付けぬ劣等種など、もう二度と現れぬと思っていたぞ。なぁ、カシアス?」



  「……」



  カシアスはゼノンの問いかけに黙っている。

  これにはゼノンも不満の言葉を漏らすのであった。


  「お前は本当につまらぬ男に成り下がったな……。牙を抜かれ、飼い慣らされた猛獣など見るにたえん」


  「かつては俺を楽しませてくれる、稀有けうな存在であったというのに……」


  ゼノンはあきれたようにそうつぶやく。


  確か、ゼノンはカシアスに対しても失落者だのなんだって言ってたからな。

  もしかしたら、昔のカシアスは今とは別人だったのかもしれない。


  そんなことを思っていると、話はようやく本題へと向かっていく——。


 

  「そろそろ本題といこうではないか。それで、お前たちは《天雷の悪魔》ユリウスの動向についてどれほど知っているのだ?」



  ゼシウスさんが話を切り出してくれる。

  もしかしたら、ゼノンの暴走を止める目的もあったのかもしれない。


  これに対して、ゼノンがユリウスの動向についておれたちに語る。


  「ユリウスのやつ、自分の駒を使って下界で色々と動いていたみたいだな。特に、一介の上位悪魔だけでなく、十傑の悪魔も動かしているようだ。少なくとも、俺はそう報告を受けている」


  「詳しいことは、そこにいるカシアスがよく知っているんじゃないのか……?」


  ゼノンはそう説明するとカシアスに向けて視線を送る。

  先ほどは黙っていたカシアスであったが、流石にこれには応えることにしたようだ。


  「はい……。私がたまたま出向いていた下界こそが、ユリウスの配下たちが水面下で動いていた下界です」


  「彼らの下界での活動は魔王議会で制定されている規則の範囲内のものでしたので、私たちは基本静観を貫くことにしました」


  おれはカシアスの言葉に思わずピクリと反応する。

  これはカシアスが彼らを誤魔化そうとしているとわかったからだ。


  なぜなら、おれたちは人間界で静観などしていない。

  思いきりユリウスの配下たちの計画を邪魔することになったし、交戦だってしてきた。


  それなのにカシアスがこう言うってことは、この場では隠しておくのが正解ということなのか?

  とりあえず、そういう考えのもとでおれも黙っていることにする。


  「ほう……。そうかそうか、静観していたか……。まぁ、そういうことにしておいてやろう」


  これに対して、ゼノンは何か含みをもつ笑い方をしながらそう告げるのであった。


  「ゼノン、貴様も何か知っているようだな。話してくれないか? そのために此処へ来たのだろう」


  そんなゼノンの態度を見てゼシウスさんが彼に呼びかける。

  すると、ゼノンは特に包み隠すことなどはせずにおれたちに情報を提供するのであった。


  「俺はそれぞれの下界に天使たちを派遣しているからな。もちろん、報告は受けているし、多少なりは知っているぞ」


  「ユリウスは下界で《不完全な魂ハーフピース》の探索をしていた。その過程でこの小僧やカシアスと衝突したようだな」


  どうやら、ゼノンにはおれたちとユリウスの間で起きたいざこざがバレているみたいだ。


  嘘をついてたこと、ゼノンは怒ったりしないよな……?

  おれはそんな風に彼をチラチラと見ながら魔王たちの会話を静かに聴いている。



  「そうか……」



  それに対し、ゼシウスさんは特に何かを言うわけでもなく、ただひと言そうつぶやくのであった。

  そして、ゼノンは続けて語る。



  「だが、ユリウスは既に下界から手を引いたようだな。そして、やつの狙いは現在魔界にさだめられている」


  「それもよりによって、その標的は魔王ヴェルデバランと《氷獄の悪魔》カシアスである可能性が高い。そうだろ、カシアス?」



  ゼノンは自身の考えの裏付けを取るようにカシアスに問いかける。



  「本当なのか! カシアス!?」



  おれは思わず声を上げる。


  ゼノンの言葉が本当だとすれば、魔界最強の悪魔が二人の国へ攻めてくるということだ。

  つまり、カシアスたちが保護している国家の民たちに危機が迫っているということである。


  すると、カシアスは観念したようにこれまで黙っていた事態について語るのであった。



  「はい……。おそらく、間違いないでしょう。数年前から我々の魔王国はユリウスの仕業と思われる不審な襲撃を受けています」


  「そして、ユリウスが各地に散りばめていた配下たちを魔王国に集めて何か企んでいるという報告も受けています。そろそろ、本格的に戦うことになるかもしれません」



  そうか、それでカシアスはおれたちを魔界に来させたくなかったのか……。

  運悪く、おれやサラがユリウスたちの襲撃に巻き込まれることを避けたいと思って——。



  そして、カシアスの答えを聞いたゼノンは静かに語り出すのであった。



  「とりあえず、俺もユリウス同様に各地に派遣していた天使たちをすべて魔王国に招集しておいた。既に戦争の準備は整えてある」



  「時が来たら、始めようじゃないか。第二次霊魔大戦をな……」

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